なぎさ)” の例文
彼方の人影もまた、なぎさのほとりを、あちらへ向いて進んでいるのか、こちらを向いて引返しておいでになるか、それもわかりません。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかしその目はなおも、和田、兵庫、生田、西ノ宮の長いなぎさにわたる明日の攻防修羅の作戦図をじっと思いえがいているふうだった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
波の音もしない芝浜は、いちめんに濃い乳色の霧に包まれ、ときどき波のよせる音が聞えるほかは、海も、なぎさも見わけがつかなかった。
あすなろう (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
悦ばせはりある魚はなぎさに寄る骨肉こつにくなりとて油斷は成じ何とぞ一旦兩人の身を我が野尻のじりへ退きて暫時ざんじ身の安泰あんたいを心掛られよと諫めければ傳吉は是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
湖は日に輝きながら、溌溂はつらつとその言葉に応じた。彼は——そのなぎさにひれ伏している、小さな一人の人間は、代る代る泣いたり笑ったりしていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なぎさけし芭蕉ばせをざしにかざあふぎらずや。ほゝかひなあせばみたる、そでへる古襷ふるだすきは、枯野かれのくさせたれども、うらわかえんとす。
婦人十一題 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
背の立つところまで来たらしく、先頭の義兄はヌックと立ちあがると、波をちらしながらなぎさの方へ歩きだした。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おだやかな波は、小石だらけのなぎさへぽしゃりぽしゃりと静かな音をたてて打ち寄せている。一体波の音というものは、宇宙間に於ける最も美妙な音楽であると私は言いたい。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
長等ながら山の山おろしに吹かれて立ちさわいでいる浪に身をのせて、志賀の浦のなぎさに泳いで行くと、徒歩かちで行く人が着物のすそを濡らすほどみぎわ近くを往来するのにおどろかされて
結局、なぎさから二十間ばかりの・丈の立つ所まで来た時、ナポレオンは追い付かれた。並よりも身体の小さい少年一人と、堂々たる体格の青年二人とでは、結果は問うまでもない。
坂本から堅田まではなぎさづたひに二里弱離れてゐるから、私の凭つてゐる窓から燈火の見えてゐる處まで直徑どのくらゐあるか、私は兎に角、早く一度そちらに降りていつてみたくなつた。
湖光島影:琵琶湖めぐり (旧字旧仮名) / 近松秋江(著)
蜒々えんえんとしたなぎさを汽車はっている。動かない海と、屹立きつりつした雲の景色けしきは十四さいの私のかべのように照りかがやいて写った。その春の海を囲んで、たくさん、日の丸の旗をかかげた町があった。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
私たちはそれをなぎさまで持って行って洗ひそれからそっと新聞紙に包みました。大きなのは三貫目もあったでせう。掘り取るのが済んであの荒い瀬の処から飛び込んで行くものもありました。
イギリス海岸 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
ただ鹿の仔が従順について来るのが可愛らしかつたので、ふりかへりふりかへり、石につまづいたりしながら、ぢき近くの海のなぎさへ下りていつた。金ちやんと勝ちやんと豊ちやんもついて来た。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
自分はもって来た小説をふところから出して心長閑のどかに読んで居ると、日はあたたかに照り空は高く晴れ此処ここよりは海も見えず、人声も聞えず、なぎさころがる波音の穏かに重々しく聞えるほか四囲あたり寂然ひっそりとして居るので
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
さては敵兵早急さっきゅうに攻むると見えた、急き船をなぎさに付けよと命じた。
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
暁の下に彼らは遠い祖先の宇治川先陣を、今朝の自分にしながら、もうなぎさから白波をあげて、大河のうちへ馬首をすすめていた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
向島のなぎさは浅瀬によしが茂っていて、じかに船は着けられないが、長命寺の下に当るひとところだけ水が岸まで深く、土堤へすぐに着けることができた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なぎさの、斜向はすむこうへ——おおきな赤い蛇があらわれた。蘆かやを引伏せて、鎌首を挙げたのは、真赤まっかなヘルメット帽である。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
河下の方へ歩き出した彼は、やがて誰一人飛んだ事のない、三丈ほども幅のある流れのなぎさへ足を止めた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なぎさから二間と隔たらない所、大きなタマナ樹の茂みの下、濃い茄子なす色の影の中で私は昼寝をしていたのである。頭上の枝葉はぎっしりと密生んでいて、葉洩日もほとんど落ちて来ない。
なぎさに打ち伏したまま泣き叫ぶ姿に、誰も声が出なかった。
なぎさの水をんでゐる。
楢ノ木大学士の野宿 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
武行者は二度も三度も谷水のなぎさにすべってズブ濡れになった。冬十一月の寒冷な谷水、さすがの酔も、ぶるッと一瞬にめかけた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なぎさで、お誓を抱いた時、惜しや、かわいそうに、もういけないと思った。胸に硝薬しょうやくのにおいがしたからである。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少し風のある日で、長いなぎさには寄せ返す波が白く泡立あわだち、はるかな沖に漁をする舟が幾つか見えていました。
失蝶記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
千曳ちびきの大岩をかついだ彼は、二足ふたあし三足みあし蹌踉そうろうと流れのなぎさから歩みを運ぶと、必死と食いしばった歯の間から、ほとんど呻吟する様な声で、「いか渡すぞ。」と相手を呼んだ。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
なぎさなみも打って来るし
楢ノ木大学士の野宿 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
このへんは、富士の五といわれて、湖水の多いところだった。みるとなぎさにちかく、白旗しらはたの宮とがくをあげた小さなほこらがあった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
青木はふいと立って、黙ってなぎさのほうへ歩いて行った、清三も康子も無言のままその後を見送る、間もなく水の鳴る音がし始めた、青木が石を投げるのであった。
須磨寺附近 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
で、折れかかった板橋をまたいで、さっと銀をよないだ一幅いっぷくながれなぎさへ出ました。川というより色紙形の湖です。一等、水の綺麗な場所でな。居士が言いましたよ。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なぎさの水をんでいる。
楢ノ木大学士の野宿 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
沢庵は、予期しなかったお通のさけびに、折角静かに網へすくいかけていた魚をなぎさから逃がしたように、これも、あっとあわてて
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
役目を済ませて、藤六が長屋へ帰って来ると、妹のなぎさが買物に出ようとするところだった、珍しく髪を結いあげているせいか、ちょっと眼をみはりたいくらい美しくみえる。
足軽奉公 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ちょうどなぎさの銀のあしを、一むら肩でさらりと分けて、雪にまがう鷺が一羽、人を払う言伝ことづてがありそうに、すらりと立って歩む出端でばなを、ああ、ああ、ああ、こんな日に限って、ふと仰がるる
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おばしまの下をのぞくと、水は青く、橋杭はしぐいの根をめぐって、白い水鳥が、花をいたように游んでいた。このあたりのなぎさにたくさんいるにおであった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おみやはなぎさまで転げ落ち、夢中ではね起きると、こっちへ来るその侍をみつけた。
それに玄蕃允の弟、佐久間安政などの諸将が、余吾ノ湖の白いなぎさを、暁闇ぎょうあんの下に見出でた頃が——ちょうどその刻限でなかったろうかと思われる。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
坂は長くはないが、かなり勾配こうばいが急で、おまけに岩がごろごろしている、栄三郎がその岩を一つ一つ踏むようにおりてゆき、下の砂浜へ出たと思うと、おつるがなぎさのところで叫びたてた。
扇野 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ああ……そこらの花陰や泉のなぎさで、後宮の美人たちがすすり泣きしているようだ。兵馬の使命は、新しい世紀を
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東海のなぎさに出れば、塩焼く小屋や、漁師の生活も、もう下総の辺りとは、文化のちがうここちがした。駿河路するがじとなれば、見た事もない町があり、寺院がある。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然し、青年時代の苦勞などは、殆ど、なぎさのさざ波である、三十歳臺、四十歳臺と、沖に出れば出るほど、次々に大波が待つてゐるものと思はなければならない。
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
すると、たちまち、郎浦湾ろうほわんなぎさ、数里にわたる蘆荻ろてきが、いちどにザザザザとそよぎ立った。見れば、よしあしのあいだから帆を立て、を押出した二十余艘の快足舟はやぶねがある。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なぎさへ跳ぶと、さながら河童かっぱのようなものが、いきなり水中から半身を出して、何濤の足をつかみ、あッというまに、ぶくぶくぶく……と沼底へ深く消え込んでしまった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
新九郎は片手に抜刀、片手に血みどろな膝を押さえて、草むらからなぎさの水ぎわまで転げ出した。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
燃やしておる。そして楠木勢の参陣も見たいまだ。——総じて、なぎさの戦いは、陸地の兵に強味がある。——舟で来る敵は、こなたの二倍三倍の兵力をそそいでも、勝目はうすい
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風浪の日はおそろしいが、晴れた日は、山をめぐる白雲、太古の密林、そして、目路めじのかぎりな芦のからよしなぎさとつづいて、まるで唐画の“芦荻山水ろてきさんすい”でも見るような風光だった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近づけば近づく程、敵が舟底に身を伏せているものと、疑心はさらに暗鬼を生んで、なぎさへ寄るとも躍りこむ者はなく、出ろ、自滅しろ、姿を出せ、と両岸から、空声からごえばかりで影を追う。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とある、その宏大壮麗な一地域であって、殿楼でんろう数寄すきはいうまでもないこと、園内にはひろやかな池水をたたえ、峰からは滝津瀬のひびきをくだし、浮島のなかに夢殿を、なぎさには法水院を。
裏の畑の地先は、すぐ沼のなぎさだった。頼朝はもうそこの小舟にかくれていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)