とい)” の例文
「水道橋の下手しもて——上水のといの足に引っ掛っていたのを、船頭が見付けて引揚げましたが、もう虫の息さえもねエ——可哀想に——」
ひとりの男が、長いといをつたって、だんだん下へおりてくるのです。この真夜中に、焼けビルの樋をはう男、じつにふしぎな光景です。
透明怪人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
シンシンと鳴る鉄瓶の音と、スヤスヤという看護婦の寝息と、雨戸の外でチョロチョロとといを伝い落ちる雪水の音ばかりになった。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
短い棒を手にして梯子はしごを登って行って、といの中にすっかりまって巣をねらって、逃げようともしない蛇を、やっと追立ててくれました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
もう一おせんはおくむかって、由斎ゆうさいんでた。が、きこえるものは、わずかにといつたわってちる、雨垂あまだれのおとばかりであった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
血のまじった水はつぎに小さいといに流しこまれ、最後にはこの大きな樋に流れ入り、この大きな樋の流出管は穴へと通じています
流刑地で (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
ここから流れ出すものがたくさんなといに分流しそれにいろいろの井戸から出る水を混じて書物になり雑誌になって提供される。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
雨は相変らず強く降っている、どこかといいたんでいる処があるのだろう、裏手のほうでざあざあとあふれ落ちる水音が聞えた。
金五十両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
戸を細めている真暗な居酒屋の軒下に立って、一角は、ますをうけ取った。といの雨水が、ざっざと、背なかを打つのであった。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滝のようなどよめきがといを流れ落ちて、半ばしめられた雨戸の間からは、水滴を含んだ冷かな空気が室の中に吹き込んだ。
掠奪せられたる男 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
この酷い大雨の中をといから落ちる雨垂れの音の合間合間に、トントントンとかすかに店の大戸を叩くものがございました。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
人の心を他界に誘うようにザッとさびしく降って通るかと思うと、びしょびしょと雨滴あまだれの音が軒のといをつたって落ちた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
雨戸の外は五月雨さみだれである。庭の植込に降る雨の、鈍い柔な音の間々あいだあいだに、亜鉛あえんといを走る水のちゃらちゃらという声がする。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
いつまで争って見ても勝負がつかぬので、両方の山の頂上にといをかけ渡して、水を流して見ようということになりました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それは、屋根からといをつけて、その中に雪を入れて下へすべらせるのである。樋はななめに遠くまでやっておき、その樋の内側に蝋をひいておくのである。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そして鉛を引きぬく仕事、すなわち鉛板職と称する方法で屋根をめくりといをはがす仕事に、大なる進歩をもたらした。
……池は、の根にといを伏せて裏の川から引くのだが、一年に一二度ずつ水涸みずがれがあって、池の水がようとする。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
雨滴あまだれといに集まって、流れる音がざあと聞えた。代助は椅子から立ち上がった。眼の前にある百合の束を取り上げて、根元をくくった濡藁ぬれわらむしり切った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは故意か偶然か、変電所の壁を通って向いの家のひさしへ渡り、其の端が錻力ブリキで作ったといに触れていたのである。
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
点滴のといをつたわって濡縁ぬれえんの外の水瓶みずがめに流れ落る音が聞え出した。もう糠雨ぬかあめではない。風と共に木の葉のしずくのはらはらと軒先に払い落されるひびきも聞えた。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
東の方の空が少しずつあかるんできました。やがて、雲の間から太陽が現れました。薔薇ばら色の雲の間かられて来る光は、といのところの羽子を照らしました。
屋根の上 (新字新仮名) / 原民喜(著)
瀬はといから吐き出すように流れ落ちる。瀬の中にがんばっている岩は家ほどもある。その急流へ立ち込んで、水に脚をさらわれれば、もうあの世行きである。
利根の尺鮎 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
しばらくすると、毛布の下にかがまっていた子供は、そっと顔をのぞき出す。屋根の上には風見かざみきしっている。といからは点滴しずくがたれている。御告みつげいのりの鐘が鳴る。
ひどいやつになりますと、といを逆さに伏せて、それを軒から軒へ渡して、わざわざ火を呼ぶと言いますよ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
で、葉の色も花の色も、活々いきいきと明るく健康に見えた、近くに泉水でもあるのであろう、といから水でも落ちてくるのであろう、トコトコという音が聞こえていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やがて近いところのといの水を引いて、釜の中へ適度に流しかけたかと思うと、今度は、近いところの落葉枯枝をかき集めて、その釜の下へ火を焚きつけました。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
三宅島時代で最も印象に残っているのは、小学校の五、六年ごろと思うが、断崖にかけてあるといを渡って母にしかられた思い出だ。三宅島は火山島で水に不便だ。
私の履歴書 (新字新仮名) / 浅沼稲次郎日本経済新聞社(著)
門のかたわらの板塀に沿ってといが取りつけてある(それは職工や、組合労働者や、辻馬車屋つじばしゃやなどのたくさん住んでいる、こんな風の家によく設けてある種類のものだ)
水の音に消されて雨の音は聞こえないが、時々に軒のといをこぼれおちる雨だれの音で、今夜もまだ降りつづけているのが知られた。例の河鹿の声が哀れに寂しく聞こえる。
河鹿 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一円で買った菓子折を大事にかかえていんしまといのように細い町並を抜けると、一月の寒く冷たい青い海が漠々と果てもなく広がっていた。何となく胸の焼ける思いなり。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
松からはといのように下の岩へ雨だれを落としている。空気は強い吹き降りの雨に満ちている。
屋根の流れを集めたといが、まだ乾きもやらず、大粒な雨垂あまだれをたたくように地面へ落とす。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
手桶ておけに五六ぱい流しといて、といの水を引きながら湯かき棒で掻回かきまわそうとした時です。棒の先にぬらりと黒い物がからんできた。と、それに続いて、大きな白い影がゆらりと動いた。
浴槽 (新字新仮名) / 大坪砂男(著)
炊事場の棚をつけなおし、落葉でつまっていたといを掃除して、清水しみず流場ながしへ流れこむようにした。雑草のなかに倒れていたドアをひきおこし、骨を折ってこれを入口にとりつけた。
キャラコさん:04 女の手 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
日のある間急しく雪解の水のむせび流れて居たといも今は静かで、小さい町の暗さが襖の際まで迫って来るようだ。其日の新聞を読んで居ると、隣りの室で急に電話のベルが鳴った。
町の展望 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
垣根をくぐったときにね、頭に気をつけないと、物置からさがってるといにぶつかるよ。
病む子の祭 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
この建物の軒や横にわたしたといすみなどにはたくさんのすずめが巣くっていた。春先、多くの卵がかえり、ようやく飛べるようになり、夏の盛りにはそれはおびただしい数にふえていた。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
吐き出す人は雪崩なだれをうって又改札口に押し寄せる。しか流石さすがに東京駅である。改札口の人の渦は直ちに消え去ってしまう。後から後から来る人は、よく掃除されたといの水のように流れて行く。
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ところが或る夏の晩、プセットは肱掛椅子の上に寝ていたが、ふと焦々いらいらしく起きあがって、暗がりをのっそりのっそり歩きはじめた。外では、よその猫等がといの中でしきりに呼び声を立てていた。
老嬢と猫 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
岩角へのしかけて、三方に板を囲った見張りやぐら。二人ぐらいしか並べないといのような監視所、その板囲いの隙間から、直下の砂浜を差し覗いた——この驚駭、この動顛、この大畏怖、この寂光。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
積っていた雪は解け、雨垂れが、絶えず、快い音をたててといを流れる。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
それで仕方なしに窓から出て、といを伝って下りて、教会へ馳けて行った。門番の老爺が庭掃除をしていたが、隙をうかがって乃公は会堂に飛込んだ。何人だれも来ていない。最早占めたもんだと思った。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
家は二た間に勝手だけで、井戸はないけれども、背後のがけき水があり、といで勝手へ引いてあるのが、いくら使っても余るほど豊かであった。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それはね、水はけ——ではないえきはけをよくすることだ。上から滲みこんで来た液は、といとか下水管げすいかんのようなものに受けて、どんどん流してしまうことだ。
翌朝も、細かい雨が煙っていて、竹のといの裂け目から落ちるしずくに、勝手の板の間がびしょ濡れになっていた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小畑が熊谷からやって来るという便たよりがあったが、運わるく日曜が激しい吹き降りなので、郁治と二人といから雨滴あまだれが滝のように落ちる暗い窓の下で暮らした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
血が何百というすじを引いて流れ、水ともまじらず、また小さなといも今回はどうにもならなかった。そして今度は、さらに最後のことまでがうまくいかなかった。
流刑地で (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
崖づくりを急流で落ちます、大巌おおいわの向うの置石おきいしに、竹のといあやつって、添水そうず——僧都そうずを一つ掛けました。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
藤六は、そう言いながら、ガラッ八に手伝って貰って、三重になっている、水槽のといを開きました。
あたかもむらさきの雲のたなびけるがごとし。されどもついにそのあたりに近づくことあたわず。かつて茸を採りに入りし者あり。白望の山奥にて金のといと金のしゃくとを見たり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)