月代さかやき)” の例文
「大層寢起きが良いな、八。挨拶だつて尋常だし、月代さかやきだつて、當つたばかりぢやないか、つかに結構な婿の口でもあつたのかえ」
「こいつ相当にやるな!」と思ってこの男の人相を見直すと、頭のところの月代さかやきの中に、大小いくつもの禿はげが隠れつ見えつしている。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小姓がふすまを静かに引くと、白髪しらがまじりの安井の頭と、月代さかやきに赤黒いしみがぶちになっている藤井又左衛門の頭とが、並んで平伏していた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
月代さかやきの伸びた荒くれ男どもは本職の渡世人らしく、頬冠りや向う鉢巻で群がっている穢苦むさくるしい老若は、近郷近在の百姓や地主らしい。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
月代さかやきひげも伸び放題だし、あかじみた着物やはかまは継ぎはぎだらけで、ちょっと本当とは思えないくらい尾羽うち枯らした恰好である。
日日平安 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いつまでもひとりで寝かしておきたかねえんだ。無精ったらしいっちゃありゃしねえ。寝ていて月代さかやきをそれとは、何がなんですかよ
五分月代さかやきの時代めいた頭が、浮彫うきぼりのようにきりっとしていて、細身の大小を落し差しと来たところが、約束通りの浪人者であった。
客は毛受けうけという地紙じがみなりの小板を胸の所へささげ、月代さかやきを剃ると、それを下で受けるという風で、今と反対に通りの方へ客は向いていた。
朝の内に月代さかやき沐浴ゆあみなんかして、家を出たのは正午ひるすぎだったけれども、何時いつ頃薬師堂へ参詣して、何処どこを歩いたのか、どうして寝たのか。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長髪に月代さかやきをのばして仕合い道具を携えるもの、和服に白い兵児帯へこおびを巻きつけてくつをはくもの、散髪で書生羽織を着るもの、思い思いだ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「何んの禿げたるもんか、入れ毛なんぞしてえへん。」と、千代松は頭の祕密を押し隱すやうに、右の手で月代さかやきあたりを押へた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
むかしは男は月代さかやきといふものを剃つたものだが、それは髭を剃る以上に面倒くさいものであつた。伊勢の桑名に松平定綱といふ殿様があつた。
茶話:12 初出未詳 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
のりになりて首をうごかすと、権太も釣込まれてその通に首を揺かし、極りの悪き風にて顔を下げ、月代さかやきの上に右の手をす。
七月に蘭軒は病中ながら月代さかやきをした。「七月九日疝積追々快方には御座候得共、未聢と不仕候間、月代仕度奉願上候所、早速願之趣被仰付候」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
月代さかやきみののやうにのびつらは狐のやうにやせたり、幽灵とて立さわぎしものちは笑となりて、両親はさら也人々もよろこび
彼地あちらの若い衆は顔を出して皆後方うしろへ冠ります、なるたけ顔を見せるように致しますから、髷の先と月代さかやきとが出て居ります。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その日も千代子は坐るとすぐ宵子を相手にして遊び始めた。宵子は生れてからついぞ月代さかやきった事がないので、頭の毛が非常に細くやわらかに延びていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
譴責中は月代さかやきや髭を剃ることも出来ぬから、長く伸びた月代で髭も蓬々としていたから、何だか怖く、また衰えた風体をしていたので、気の毒に思った。
鳴雪自叙伝 (新字新仮名) / 内藤鳴雪(著)
今あるのは猿が瓢箪ひょうたんなまずを押へとる処と、大黒だいこく福禄寿ふくろくじゅの頭へ梯子はしごをかけて月代さかやきつて居る処との二つである。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
現われた武士は浪人らしくて、尾羽おは打ち枯らした扮装みなりであって、月代さかやきなども伸びていた。朱鞘しゅざやの大小は差していたが、鞘などはげちょろけているらしい。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
重成の首は月代さかやきが延びていたが異香薫り、家康これ雑兵の首にまぎれぬ為のたしなみ、惜む可きの士なりと浩歎した。
大阪夏之陣 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
頭は月代さかやきが広く、あお向いた頸元くびもとに小さなまげねじれて附いていて、顔は口を開いてにこやかなのは、微酔ほろよい加減で小唄こうたでもうたっているのかと思われました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
般若はんにゃとめさんというのは背中一面に般若の文身ほりものをしている若い大工の職人で、大タブサに結ったまげ月代さかやきをいつでも真青まっさおに剃っている凄いような美男子であった。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
色が抜けるように白く、月代さかやきのあとが青々として、髪の毛のつや/\しく黒いことは、今その首を扱っている娘の、肩から背中へ垂れている房々としたそれにも劣らない。
しかもその顔色が土気色をしていて、月代さかやきが延びて、髪の結びもみだれて、陰気この上もない挙動なのであった。何か村方の秘事について密告私訴するつもりではなかろうか。
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
芝居に出る浪人者のように月代さかやきを長くのばして、肌寒そうな服装みなりをした四十恰好の男が、九つか十歳とおぐらいの男の子と一緒に、筵の上にしょんぼりと坐って店番をしています。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
無反むぞり長物ながものを落差しにし、右を懐手にして、左手で竿をのべている。月代さかやきは蒼みわたり、身なりがきっぱりとしているから浪人者ではあるまい、相当の家中かちゅうと見わけられるのである。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
吃驚びっくりして見上げると、腰をかがめた供の男の前に、立ちはだかった一人の浪人——月代さかやきが伸びて、青白い四角な、長い顔、羊羮色ようかんいろになった、黒い着付けに、茶黒く汚れた、白博多しろはかたの帯
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
重ずべき病中とてくるしからず月代さかやきせよとの御意なれば掛りの役人やくにんも是非なく御櫛おくし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
挿絵には、頭の月代さかやきの所に蟻を戴いた亭主が妻子と共に梨のシンや茄子なすのヘタなどを乾して日和ぼこりをして居る所へ、蝉を頭に戴いた男が悄然として訓戒を受けて居るさまが描かれてある。
春水と三馬 (新字新仮名) / 桑木厳翼(著)
円珍十兵衛が家にもいたりて同じことをべ帰りけるが、さてその翌日となれば源太は鬚剃ひげそ月代さかやきして衣服をあらため、今日こそは上人のみずから我に御用仰せつけらるるなるべけれと勢い込んで
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
 に其の五分月代さかやき
中村仲蔵 (新字新仮名) / 山中貞雄(著)
「ヘエ——じゃないよ、相手のり好みをしているうちに、月代さかやき光沢つやがよくなってよ、せっかくのいい男が薄汚くなるじゃないか」
今に、その傷が禿げてくぼんでいるが、月代さかやきる時は、いつにても剃刀がひっかかって血が出る、そのたび、長吉のことを思い出す。
まさに絶えなんとする息の下で、お前の母は、原士のおさの老武士へ頼んだ。——孫兵衛が改心するまで月代さかやきをのばすことはなりませぬ。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しばらくぶりで半蔵の目に映る勝重は、その年の春から新婚の生活にはいり、青々とした月代さかやきもよく似合って見える青年のさかりである。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、右門は答えずにぷいと表へ出ていくと、行きつけの権十郎床で、何を考え出したものか、しきりと念入りに月代さかやきを当たらせました。
ところが間もなく光政は参覲のため江戸へ出立することになり、その日が来ると、長門は急に月代さかやきり衣服をえ、門を開いて外へ出た。
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
手甲脚絆に草鞋に合羽、振分の小荷物が薄汚れて、月代さかやきの伸び按配も長旅の終りと読める。肩で息して首を振りながら
左樣さやうでござります。愚老ぐらうあたま草紙さうしにして、御城代樣ごじやうだいさまのお月代さかやきをする稽古けいこをなさいますので、るたけあたまうごかしてくれといふことでござりまして。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
六月の十五日は、私の誕生日で、その日、月代さかやきって、湯に入ってから、紋着もんつきそでの長いのをせてもらいました。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何ういうことでございますか水色に染紋の帷子かたびらを着まして、茶献上の帯を締め、月代さかやきを少し生やして居ります。
……月代さかやきの跡も青々しい水の垂れそうな若侍がツト姿を現わした。鶯谷で姫を救った深編笠の侍である。
善悪両面鼠小僧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
月代さかやきと鬚は近頃剃ったものらしいが、何を使ってどうして剃ったものか、アチコチに切込疵きりきずだらけで、ところマンダラに毛が残っているのが、ホコリだらけの町人あたま
考えてみると日本でも徳川時代には武士はちゃんと月代さかやきを剃った。病気のときのほかは綺麗に剃った。それであるから男のみじまいは何も今日の西洋のみに限ったことではない。
独居雑感 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
月代さかやきを剃って貰ったり、あの残酷な微笑を含んだ眼でじっと視つめて貰ったりする、そのことだけが羨ましいのでなく、殺されて、首になって、醜い、苦しげな表情を浮かべて
正面には一間に一間半位の小さい家をかいて、その看板に「御かみ月代さかやきだい十六文」とかいてある。その横にある窓からは一人の男が、一人の髯武者ひげむしゃの男の髯をつて居る処が見える。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
茶店に休んで、青竹の欄干にりながら、紺地に金泥で唐詩をった扇子で、海からの風の他に懐中ふところへ風をあおぎ入れるのは、月代さかやきあとの青い、色の白い、若殿風。却々なかなかの美男子であった。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
あしたは月代さかやきでもして、それから改めて出かけるつもりであった。もう再び故郷の佐野へは帰らない。江戸に根を据えてしまう覚悟であるから、さすがに一夜を争うにも及ばないと思った。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
御助け下され有難く御禮言葉ことばに盡し難し少々は打疵うちきずを受たれども然までの怪我にも是なしと云ながら女房は後藤を熟々よく/\るに月代さかやき蓬々ぼう/\はえまなこするどき六尺有餘の大男なれば又々仰天なし一旦命を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)