持余もてあま)” の例文
旧字:持餘
しかも彼は依然として屈伏しないばかりか、更に疲労衰弱のけしきも見えないので、係りの役人たちもほとほと持余もてあましてしまった。
拷問の話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「返礼には伊豆ほとほと持余もてあましてりまする。恐れながらこれは御上おかみへお願ひ申し上げますよりほかに致し方も御座りますまい。」
巣を造るか造らないに最早もうこういう難題が持上ろうとは、三吉も思いがけなかった。お杉やお倉ですら持余もてあましている宗蔵だ。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
門衛の持余もてあますを見て、微笑えみを含みたるお丹乞食、杖をもって門の柱を、とん。「同宿、構わずに、しけ込めしけ込め。」
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それで手強く幕府へ懸合っで老中共も持余もてあましている時、毒殺だと噂された位急に死んでしまったのである。死際しにぎわ
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
自然主義発生当時と同じく、今なお理想を失い、方向を失い、出口を失った状態において、長い間鬱積うっせきしてきたその自身の力を独りで持余もてあましているのである。
母は堅く信じて疑がわないので、僕等も持余もてあまし、の鎌倉へでも来て居て精神を静めたらと、無理に勧めてつい此処ここの別荘にいれたのは今年の五月のことです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ところが、持余もてあまし気味になってみると、そこがこの花の自然の納まり場所であるらしい。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
流石さすがの目科も持余もてあまして見えたるが此時彼方なる寝台の下にていぬこわらしくうなるを聞く、是なんかねて聞きたる藻西太郎の飼犬かいいぬプラトとやら云えるにして今しも女主人が身をあやうしと見
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
いささか持余もてあましたかたちだったが、やがて、彼は出し抜けにからからと笑いだした。
狂女 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
小説家の奇癖きへきには慣れっこになっている雑誌記者も、春泥の人嫌いを持余もてあましていた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
亭「へえ、どうも世間じゃアあんまく申しやせんが、お客様ゆえ断る訳にもきやせんで、お泊め申して置くとは云うものゝ、実は持余もてあましてるんでやす、あとこおうござりやすからなア」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
一々底意ありて忽諸ゆるがせにすべからざる女の言を、彼はいと可煩わづらはしくて持余もてあませるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その頃辰夫のほかに全く友達を持たなかったので退屈を持余もてあましていたから。
(新字新仮名) / 坂口安吾(著)
尾州から父に伴われて父の任地島根に行き、ほとんど幼時の大部分を島根に暮した。その頃の父の同僚であって叔姪しゅくてつ同様に親しくした鈴木老人その他の話に由ると、すこぶ持余もてあましの茶目であったそうだ。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
蒸暑い夏の或真夜中に、お島はそこらを開放あけはなして、蚊帳かやのなかで寝苦しい体を持余もてあましていたことがあった。っぱいような蚊の唸声うなりごえ夢現ゆめうつつのような彼女のいらいらしい心を責苛せめさいなむように耳についた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
少しでも明るいところへかかへ出すと、かれは火のつくやうに泣き立てるので、両親も乳母うば持余もてあまして、よんどころなく彼女を暗い部屋で育てた。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
今宮辺の堂宮の絵馬を見て暮したという、ひま医師いしゃと一般、仕事に悩んで持余もてあました身体からだなり、電車はいつでも乗れる。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
階下したで繁の泣声が聞える——輝子も、節子も、一人の小さなものを持余もてあましているように聞える——そのたびに岸本は口唇くちびるんで、二階から楼梯はしごだんを駆下りて来て見ると
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
裸松そのものがあぶれ者で持余もてあまされていただけに、それを倒した勇者の評判が高い。で、例によって輪に輪をかけられて、街道の次から次へと二人の行く先が指さしの的となる。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
はや谷川たにかはおとくと我身わがみ持余もてあまひる吸殻すひがら真逆まツさかさま投込なげこんで、みづひたしたらさぞいゝ心地こゝちであらうと思ふくらゐなんわたりかけてこはれたらそれなりけり。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
お繁はまた母に抱かれたまま泣出して、乳を宛行あてがわれても、ゆすられても、泣止なきやまなかった。お雪は持余もてあました。仕方なしにお繁をおぶって、窓の側でったり坐ったりした。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
駐在所でも終末しまいには持余もてあまして、彼等が悪事を働かないかぎりは、そのままに捨てて置くらしい。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いつぞやはまた上野の山下で、持余もてあまものの茶袋を、ちょいと指先をつまんで締め上げて、ギュウと参らせてしまったところなんぞは、どのくらい柔術やわらの方に達しておいでなさるんだか底が知れねえ。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
はやその谷川の音を聞くと我身で持余もてあます蛭の吸殻すいがら真逆まっさかさまに投込んで、水にひたしたらさぞいい心地ここちであろうと思うくらい、何の渡りかけてこわれたらそれなりけり。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うあってもの邸には居られませぬと思い入ったる気色けしきに、兄も殆ど持余もてあまして、これには何か仔細があろう、妹の片言ばかりでは証にならぬから、兎もかくも一応先方へ問合せた上
お住の霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
上手にこしらえるよりも上手に捨てるのが本当の色師だ、いい幸いでお譲りを受けて、持余もてあまものをおっつけられて、それで色男でそうろう脂下やにさがっているには、がんりきは、こう見えても少し年をとり過ぎた
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「まあ、どうしたんだろう、この児は」とお雪は持余もてあましている。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
……けんども、やきもきと精出せいだいてひと色恋いろこひむのが、ぬしたち道徳だうとくやくだんべい、押死おつちんだたましひみちびくもつとめなら、持余もてあました色恋いろこひさばきけるもほふではねえだか、の、御坊ごばう
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「判らないの。」と、少しく持余もてあましたようなお葉の声も湿うるんで聞えた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
予は万々ることのあるべからざる理をもて説諭すれども、かれは常に戦々兢々せんせんきょうきょうとしてたのしまざりしを、ひそかに持余もてあませしが、今眼前まのあたり一本杉の五寸釘を見るに及びて予はおもいなかばに過ぎたり。
黒壁 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これには彼等もほと/\持余もてあましたが、まへに云ふような事情であるから、彼等は自分たちの責任上、無理無体にも彼女を連れ出さなければならなかつた。そのうちに、彼等の一人がう云ひ出した。
梟娘の話 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
大きな、ハックサメをすると煙草たばこを落した。おでここッつりで小児こどもは泣き出す、負けた方は笑い出す、よだれと何んかと一緒でござろう。鼻をつまんだ禅門ぜんもん苦々にがにがしき顔色がんしょくで、指を持余もてあました、塩梅あんばいな。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)