かば)” の例文
「妹は私をかばつてゐるんです。さう言ふ生意氣な妹なんです、——揃ひにこしらへた自分の櫛は、半歳も前に落してしまつたくせに」
『な、なにをいうのじゃ』と、お菅は、懐中ふところ乳呑ちのみでもかばうように、又、母性の聖厳しょうごんを、髪の毛に逆だてて、叱咤するかのように
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひとに接するとき、少し尊大ぶる悪癖があるけれども、これは彼自身の弱さをかばう鬼のめんであって、まことは弱く、とても優しい。
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
(井菊と大きくしるしたる番傘を開く)まあ、人形が泣くように、目にも睫毛まつげにもしずくがかかってさ。……(傘を人形にかざしてかばう。)
山吹 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを見ると、二人は曽て恋仲であり、最近には疎んぜられていたにも拘らず、なおかつ幡江は、ロンネの身をかばおうとしている。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
苦笑しながら逸作はそう言ったが、わたくしが近頃、歌も詠めずにうつしているのを知ってるものだから、かばってついて来てれた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして彼をかばうどころか、彼女もまた訳も分らない先から彼を打ち始め、あやまらせようとした。彼は怒って言うことをきかなかった。
かばうのはよいが主人の云い付けをなぜ聴かぬ隠し立てをしてはかえってこいさんのためになりませぬ是非ぜひ相手の名を云ってごらんと口を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
梅子の態度は、父の怒りから代助をかばう様にも見えた。又彼を疎外そがいする様にも取れた。代助は両方のいずれだろうかとわずらって待っていた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と母親は少しやな顔をした。お父さんに内証で独息子を悉皆すっかり馬鹿にしてしまう。男親が厳し過ぎると思ってかばう気があるからいけない。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そして如何にも姉らしい情愛を示しつゝ、私をいたはつたり慰めたりかばつたりしながら、物馴れた老成ませた態度で案内して歩いた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
それを聞くと、くだんの中学校長は気恥しさうにひよつくりと頭を下げた。辞書は校長をかばふやうに両肩をいからして、禿頭を隠し立てをした。
そして、もしシルヴァーが僕をかばってくれなかったら、僕は今時分は死んでいたでしょう。それで、先生、これを信じて下さい。
「そんな声をだすと、あたしが同情するだろうと思うなら、見当ちがいよ。あなたをかばってあげる義理なんか、ないんだから」
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
親方がいかに六三郎をかばっても、彼の手ひとつで世間という大きい敵を支えることはできなかった。親方もしまいには考えた。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
またそうした先輩達のむちから、いつもかばってくれるコオチャアやO・B達に対しても、ぼくの過失はなお済まない気がします。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
あの方は燒け跡から助け出されました、生きてしかしみじめに傷ついて。一本のはりが幾らかあの方をかばふやうに落ちてゐました。
泣いている少女とそれをかばっている少年との群像であった。又たとえば、着物が吊されてある大きな浮彫を作った事がある。
自分と詩との関係 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
すると、男は必死になったらしく、道中差を抜くと、妻を後にかばいながら身構えした。市九郎は、ちょっと出鼻を折られた。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ここではその人にかばわれているという意識からも気は大きく、またここの空気には私などにも親しみ易いものがあったのだ。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
つもる思いのありたけを語りつくそうとあせれば、一時ひとしきり鳴くとどめた虫さえも今は二人が睦言むつごとを外へはもらさじとかばうがように庭一面に鳴きしきる。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「何をするんだ。何でこんなやつをかばうんだ。どけ、どけ」と、父は叔母に怒鳴どなった。けれど叔母は岩のようにへたばりついて動かなかった。
「弦おじちゃん、大変でしたね」あによめ喜代子きよこも、お妻について弦三をかばった。「さあ、ミツ子、おじちゃん、おかえんなさいを、するのですよ」
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
左なる二人の女は同楼の鴇手やりてと番頭新造にして、いづれも初花の罪をかばひしとがによりて初花と同罪せられしものなりと云ふ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お家を無瑾むきずかばって進ぜようと思うたればこそ、主水之介わざわざ参ったが、それをお出しとあらば致し方ござらぬわい。
これは別に定家をかばう意味でなく、これが定家にとっては窮して通ずる唯一の道であったのだろうと想像されるのである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
もうひとりはほんとうの中国人らしく、中国語で客に向って何かわめき立てていた。その大声は俺をかばっているようだった。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
その土地の肥膏ひこうさに力づけられ、そういうときにあたって、降りつづく雨からかばってくれたこのオンコ樹は、天の加護でもあろうかと思われた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
櫛まきお藤が忽然こつねんと姿を見せてふところ鉄砲ひとつで左膳をかばってともに落ちのびていった、そのすこし前のことだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あの灰色の柔かい傘を有ったきのこが、丘一面に集り合って生い茂るようにも見える。山に眠る家、家をかばう山、人と自然とがここでは互に抱き合う。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
恩人とか旦那とか云って命に掛けてくまア斯うしてかばってくれて、それに附けても、これ粥河、此女こりゃア芸者だ、一人はな侠客肌いさみはだの女郎屋の弟で
池内操縦士は、同僚をかばうように昂然と言った。が、三枝はすっかり顔色を失って峻烈そのもののような署長の前に
旅客機事件 (新字新仮名) / 大庭武年(著)
「ああ驚いた」お袖が持っている盃を片手でかばいながら云った、「ときどきになるとびっくりさせるのね、ひどい方」
古今集巻之五 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
妹になつては居るのだけれど姉のやうな心持で双生児ふたごの一人をかばふことを何時いつ何時いつも忘れませんでしたね、大抵の病気は二人が一緒にしましたね
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
各人は自ら中心となり、勝手に文明をまもり助けかばっていた。だれも皆社会の救済をもっておのれの任務としていた。
勇敢なことにかけては雄の鵞鳥もかなわないくらいで、悪い犬などが来ても立派に姉妹きょうだいの鵞鳥たちをかばってやる。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「君の心はよく分っている。私がいいように計ってやるから心配することはない。」しかし私は彼らのかばうような態度や彼らの情熱のない口の利き方から
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
この一町内の住民の一人がたしかにそれであるとまでわかっていても、ようするにそこで、神秘の壁が犯人をかばって、すべての探偵を嘲笑しているのだった。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
グラムダルクリッチが私をかばうために、馬の揺れですぐ自分の方が疲れてしまうと言ってくれたからです。
初のうち油断なくかばっていた親鳥も、大きくなるに連れて構わなくなる。石田は雛を畳の上に持って来て米を遣る。段々馴れて手掌てのひらに載せた米をついばむようになる。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
それをかばう様に跛ひきながら歩くので、笹に埋れた倒木に行き当ると乗り越すに手間が取れる。二人はドンドン先へ行って、気が付くと立ちどまっては待っている。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そこで、常さんは現場のサックを見ると、ハッとして、甲田君をかばう為めにそれを隠した次第である。
何者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すると猩々が走って来て二人の仲をさえぎった。鈴のような眼で私を睨み紅玉エルビーを背後へかばおうとする。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今までニヤ/\してゐた千代松も、少し眉をひそめて、京子の容子を見詰めつゝ、竹丸をかばふやうにして、短刀の切先きつさきを避ける風にしながら、黄色くなつた疊の上に坐つた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
あのときサッと光が突然わたしの顔をりつけた。あっと声をあげたとき、たしかわたしの右手はわたしの顔をかばおうとしていた。顔と手を同時に一つの速度がすべり抜けた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
両方とも自分の無実をかばうために、やすやすと仲間の罪をいいたて、やがていっそう苦しい拷問をかけられると、ついにロオペ博士こそ陰謀の中心人物であると証言してしまった。
浪人が抜いたと見ると、雪之丞は大地に片手の指先を突いたまま、片手で、うしろにうずくまってわなないている供の男を、かばうようにしながら、額越しに上目を使って、気配を窺った。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
居残っております十人ほどの青侍あおさぶらいや仕丁の者らと、兼ねてより打合せてありました御泉水の北ほとりに集まり、その北に離れておりますお文倉ふみぐらをそびらにかばうように身構えながら
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
それで人は道路を掃くこともできるしいしにすることもできるし、焚きつけを割ることもできるしろものであり、馭者はそれをたてにしてわが身と積荷とを太陽と風と雨とからかば
「きみたちはそれじゃ、正勝の奴を隠そうとしているんだな? かばっているんだな?」
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)