らち)” の例文
お由良と幾松が、幼な友達といふらちを越えて、樂しい將來を夢みる間だつたことは、お關の説明をまつまでもなく明らかなことです。
試合の催しがあると、シミニアンの太守が二十四頭の白牛を駆ってらちの内を奇麗に地ならしする。ならした後へ三万枚の黄金をく。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこで竿をいたわって、しかも早くらちくようにするには、竿の折れそうになる前に切れどこから糸のきれるようにして置くのです。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その果てが、もつれに一そう、もつれを深め、相互、「かくてはらちもあかじ」とばかり、ついに陸奥みちのくの火の手になったものだという。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これならば立退たちのくであろう、と思うと、ああ、らちあかぬ。客僧、御身が仮に落入るのを見る、と涙を流して、共に死のうと決心した。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
出来上った人と云う意味はまあ簡単にらちを明ければ、一家を成した人と思えば好い。或は何も他に待たずに生きられる人と思えば好い。
一方、被害民が県庁へ請願してもこれもらちがあかない。こんなことでは、この火急を要する事態が何時解決されるかまことに覚束ない。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
「例の一件はなにぶんはかがいかねえので申し訳がありません。まあ、もう少し待ってください。年内には何とからちをあけますから」
半七捕物帳:27 化け銀杏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
それがこれこれになるといって、すぐらちの行く民さんらしい即答そくとうの妙を現わしたが、手間代なぞどっちに廻っても自身のものだからと
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
出しては読み出しては読み、差し上げる手紙を書く料簡りょうけんもなく、昨夜ひとばんらちもなく過ごしました。先夜はほんとに失礼いたしました。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
老婆がその通り、給仕に出た小僧もまた不愉快千万な奴で、遙々楽しんで来たこの古めかしい山上の幻の影はらちもなくくずれてしまった。
青年僧と叡山の老爺 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
御仮屋の北にあたるらちきわに、源の家族が見物していたのですが、両親の顔も、叔母の顔も、若い妻の顔すらも、源の目には入りません。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いつまでっても少しもらちがあかぬので、一体どうなっているかと、随分きびしいことを、手紙でいってよこしたことはたびたびあります。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
窪垣内くぼかいとと云うあざへ行って見ると、そこには「昆布」の姓が非常に多いので、目的の家を捜し出すのになかなからちが明かなかった。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そしてこの内心の闘ひがやうやく彼の心のらちを越えて立ち現れたとき、それは情欲の上に蔑みと憎悪とが勝利を占めた形に於いてであつた。
垂水 (新字旧仮名) / 神西清(著)
「君。待つてゐ給へ。兎に角僕がこれから急いで君の上役の所へ駆け付けて見よう。どうせ我々がこゝで彼此云つてもらちは明かないから。」
れったいというか、苛立いらだたしいというか、我々の方でも少しき込んだ傾きはあったが、どうにもらちがあかないのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
らちもない対話をしているのに、一一いちいちことばに応じて、一一の表情筋の顫動せんどうが現れる。Naifナイイフ な小曲に sensibleサンシイブル な伴奏がある。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かりにも没義道もぎどうに取り扱ったとは……葉子は自分ながら葉子の心のらちなさ恐ろしさに悔いても悔いても及ばない悔いを感じた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
小山はおもむろに席に就き「中川君、非常に面倒で大きに弱ったがやっと今日らちいたよ」とこの一語は天の福音ふくいんとしてお登和嬢の耳に響きぬ。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
誠にらちもない話であるが、斯うした癖が高じると狂になるのだなと思って、其時、僕は微の字の付かぬ苦笑を漏らした事を一寸告白して置く。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
西鶴の『胸算用むねさんよう』に橙のはずれ年があって、一つ四、五分ずつの売買であったため、九年母くねんぼを代用品にしてらちを明けた、という話が出ている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
「……ちょっと待ちな、あそこへ手桶が流れて来る、手じゃらちがあかないからあいつを取って来て掛けよう、ちょっとのまがまんしてるんだ」
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一向らち明かずとあってカリブ人、また鼠を遣わすとこやつ小賢こざかしく立ち廻ってたちまち獏の居所を見付けたが、獏もさる者
遊興の取持とりもちを勤めと心得ているらちもないてあいばかりだが、新規に目附になった押原右内おしはらうないという男は、お家騒動で改易になった越後えちごの浪人者で
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
つまり正面から掛け合っては、らちが明かない上に金がかかるから、それで悪辣の手段を講じておいて善後策を上手にやる。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
われ裏面よりらちに近き處に席を占めしに、こゝは歌者の席なる斗出としゆつせる棚に遠からざりき。背後には許多あまた英吉利イギリス人あり。
晋では当時はん中行ちゅうこう氏の乱で手を焼いていた。斉・衛の諸国が叛乱者の尻押をするので、容易にらちがあかないのである。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
家柄は禰宜様——神主——でも彼はもうからきしらちがないという意味で、禰宜様宮田という綽名あだながついているのである。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「ここの電話じゃ急のことにはらちがあかないから、わたしお隣の緑軒みどりけんでかけてきましたわ」お絹はそう言って、鼻頭はながしらににじみでた汗をふいていた。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それから、女二人の旅券だの船だの信用状だのを、自分一人でき込むようにしてらちを開け、神戸まで見送ってれた。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
蒲田が一切を引受けて見事にらち開けんといふに励されて、さては一生の怨敵おんてき退散のいはひと、おのおのそぞろすすむ膝をあつめて、長夜ちようやの宴を催さんとぞひしめいたる。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
けれど穴に引きこもって、考え込んでいるだけではらちがあかぬとあって、いよいよ厩橋の城下へ繰り出すことにした。
純情狸 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
栃本へ行って話をしたが一向らちが明かない、といったようなことを話して、一服してぞろぞろ下りて仕舞った跡は急に淋しさが増したように感じた。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
時々は遠からぬ新宿しんじゅくへなりと人知れず遊びに出掛けたき心持にも相なり候へども、これまた同様にてらち明き申さず。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「おい、れ! 娘を借りようかの。このとおり、野郎ばかりでらちの明かぬところ。酒の酌が所望じゃ——。」
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
硝子窓がらすまどから形ばかりらちを結った自然のまゝの小庭こにわや甘藍畑を見越して、黄葉のウエンシリ山をつい鼻のさき見る。小机一つ火の気の少ない箱火鉢一つ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
燃えあがる悲しみやよろこばしさを、不自由もなく歌える詩と云うものを組しやすしと考えてか、らちもない風景詩をその頃書きつけてたのしんでいました。
文学的自叙伝 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
よろしう御座んすたしかに受合ひました、むづかしくはお給金の前借にしてなり願ひましよ、見る目と家内うちとは違ひて何処いづこにも金銭のらちは明きにくけれど
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
が、かれこれ二時間あまりも歩き廻ったけれど一向にらちが明かず、激しく疲れが出、空腹を感ずるばかりだった。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
というのも、畢竟ひっきょう町人が非常に火事を恐怖したところから、自然、大勢の人心を頼みにしました。何んでも非常の場合とて、人手を借りねばらちが明かない。
始て怖気付おじけづいてげようとするところを、誰家どこのか小男、平生つねなら持合せの黒い拳固げんこ一撃ひとうちでツイらちが明きそうな小男が飛で来て、銃劒かざして胸板へグサと。
囲炉裏を前にして、おのぶを口説いていた「こび権」は話のらちがあかないのに業を煮やしていた。いや、業を煮やしているように見せかけていたのである。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
以上炭のうわさまで来ると二人は最初の木戸の事は最早もう口に出さないで何時いつしか元のお徳お源に立還たちかえりぺちゃくちゃと仲善く喋舌しゃべり合っていたところはらちも無い。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
人と人との間のらちが倒れ去ってしまう気分、心は見ず知らずの人にも打ちひらかれるし、口は平生なら恥ずかしくて言えそうもないことを語る気分である……
質問の要点には少しも触れないで、聞いていると枝葉の話ばかりで続くのである。それでいて、此方こちらには口一つきかせないで、一人でらちもなく喋るのである。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
倫理のらちを越えて、もとより重々の遺憾を感じながら、野性を暴露した最後の非常手段を取ろうとします。
食糧騒動について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
われもし政宗公の時代に生れていたならば、とらちも無い空想にふけり、また、俗に先代萩せんだいはぎ政岡まさおかの墓と言われている三沢初子の墓や、支倉六右衛門の墓、また
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
さっぱりらちがあかず、赤瀬春吉も、民政党の奴どもが反対しているのだから、一遍正式に願書を拵らえて一般の輿論に訴えてみるがよい、などとは云うものの
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
二三度人を介して談判したが、らちがあかない。そのうちに面倒くさくなって、そのままになっている。