)” の例文
その頃はもう風もいでただ霧がかかっているだけだった。そうしているうちに疲れが出てきて、立ち上ることを全く忘れてしまった。
単独行 (新字新仮名) / 加藤文太郎(著)
唄と囃が一時にやみ、風が落ちて海がいだような広間の上座から、播磨守がかんを立てた蒼白あおじろんだ顔で次の間のほうをめつけながら
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
幸い海はよくいでいたけれど、断崖の裾は、一帯に白く泡立って見えた。諸所に胎内くぐりめいた穴のある奇巌がそそり立っていた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
海も珍しくいでいた。入江を越えた向うには伊豆が豊かによこたわり、炭焼らしい煙が二三ヶ所にも其処の山から立昇っているのが見えた。
青年僧と叡山の老爺 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
どんなにはげしいあらしでも傷つかずにきりぬけてゆくのに、そのあとで風がぐと、大ゆれにゆれてマストを水につけてしまうのだ。
ぎの晩より少しほやほやと南風の吹く晩がよいので、それにはコンクリートの海の城壁の上で、月を迎へながら魚を待つ方が静的である。
夏と魚 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
が、娘としてこれはまあ自然だらう。しかしたとへば、歩き疲れて白砂にどつかと腰を下す。弟が早速いでゐるなぎさでせつせと砂山を作る。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
私たちは三人で小舟に乗って、沖合はるかに漕ぎ出して行くと、海は一面に美しくいで、餌をあさる海鳥の啼声なきごえ賑々にぎにぎしかった。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
……海がいだら船を出して、伊良子いらこヶ崎の海鼠なまこで飲もう、何でも五日六日は逗留というつもりで。……山田では尾上町の藤屋へ泊った。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「海はいでいました」と、月が言いました。「水は、わたしが帆走ほばしっていたみきった空気のように、きとおっていました。 ...
大分いでは来たが、まだ全く吹き止んだわけではない。その名残の風が松のこずえを吹いて、いわゆる松風らしい音を立てている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
九月末のある日、朝から海は波ひとつたたず、風もいで平穏であったが、急に東南の空に雲があらわれて、小雨がしとしとと降ってきた。
うなづらは、めずらしいぎです。ご渡海には上々な日。島におわせられても、朝夕、み気色けしきうるわしく、お過ごしあらせられますように」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
翌日はうそのように海がいで、船は昼ごろ、揚子ヤンツ江にはいった。はいったと人に知らされて、初めてそうと知ったのである。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
岸には、石炭の人足たちが、もう少しいだらば、本船へ仕事に出かけようとして沢山集まって、そのありさまを見ていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
目がさめた時は、朝日の光が戸のすきからさしこんで、あらしはぎてゐました。谷川の音がしづかに耳にきこえました。
天童 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
これらの一かたまりの人家を抱えこむようにして、左右にのびている岬のかげには小さい漁舟が浮かんで、いだ海面は湖のように静かであった。
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
嵐の後のぎを見測らつて、林太郎と平次から、改めて父庄司右京と、殘る親類達にことの經緯いきさつを説明して聽かせます。
朝曇り後晴れて、海のように深碧ふかみどりいだ空に、昼過ぎて、白い雲がしきりにちぎれちぎれに飛んだ。其が門渡とわたる船と見えている内に、暴風あらしである。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
菓子が三人に分配される、とすぐに去ってしまう、風のいだようにあとは静かになる。静かさが少しく長くなると、どうして遊んでるかなと思う。
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
ぎつくした静穏に封じ込められて、彼らはもう前進することができず、いかなる風にてもあれ帆をはらますべき順風を、待ち焦がれているのである。
午後から東南たつみの風がにわかにいで、陽気もうすら寒くなったかと思うと、三時過ぎる頃から冷たい霧が一面に降りて来て、それが次第に深くなった。
深川の老漁夫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
日は遠く海の上を照している。海は銀泥ぎんでいをたたえたように、広々とぎつくして、息をするほどの波さえ見えない。
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
綺羅きらびやかな群衆がそろそろ散りはじめ、もう人の顔の見分けがつかなくなり、風もすっかりいでしまったが、グーロフとアンナ・セルゲーヴナは
と歌いながら沙上しゃじょうの座に着く源氏は、こうした明るい所ではまして水ぎわだって見えた。少しかすんだ空と同じ色をした海がうらうらとぎ渡っていた。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
また瀬戸内海の沿岸では一体に雨が少なかったり、また夏になると夕方風がすっかりいでしまって大変に蒸暑むしあついいわゆる夕凪が名物になっております。
瀬戸内海の潮と潮流 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
きょうも熱帯の海は、穏やかにいでいる。見渡せば、果しのない碧緑の海であった。そして海ばかりであった。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのうちにいままで向い風であった風がぱったり落ちて、まったくいでしまい、船はあちこちと漂いました。
試みに風ぎたる日、いわの上にたたずんで遠く外洋そとうみの方をながむる人は、物凄き一条のうしおが渦巻き流れて、伊豆の方へ向って走るのを見ることができましょう。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
大風おほかぜぎたるあと孤屋ひとつやの立てるが如く、わびしげに留守せるあるじの隆三はひとり碁盤に向ひて碁経きけいひらきゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
すだれつ風ばかり時にはいかにも秋らしい響を立てながら、それも毎日のように夕方になるとぱったりいでしまって、はさながら関西の町に在るが如く
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
風のいだ海は、穏かで、事実人魚というようなものが、ほんとに海の中に住んでいるなら、波に浮かび出て美しい声で、歌でもうたいそうにさえ思われる。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
するうちあらしいで、書生はその辺を飛びまわっている男の子の機嫌きげんを取るし、色の浅黒い、目の少しぎょろりとした継母は匆々そうそうにお辞儀をして出て行って
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
海は今日もいで美しい色だつた。丘の菜園には、今日も余るほどの、陽光がそそいでゐた。良寛さんのんでゆく道の若草は、ゆくゆくかんばしくにほつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
ざわざわ鳴り続け出した蘆洲の、ところどころ幾筋も風筋に当る部分は吹きたおれてあわをたくさんかした上げ潮がぎあとの蘆洲の根方にだぶつくのがのぞける。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
おまけに上のほうからたるみなく吹き落として来る風に、海面は妙に弾力を持ったぎ方をして、その上をあられまじりの粉雪がさーっと来ては過ぎ、過ぎては来る。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そこでその荒い波が自然にいで、御船が進むことができました。そこでその妃のお歌いになつた歌は
すばらしいぎの晩で、魚のくいもよく、十二時頃までは、ほとんど入れぐいで面白いように釣れた。
水中の怪人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
昨日まで吹きすさんでいた西風がけろりとんで、珍らしく海がいでいた。静浦の沖には、無数の漁船が日光を享楽している水鳥の群のように点々と浮んでいる。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
そうすると、今までふいていた北東風が、急にばったりいで、風がまったくなくなってしまった。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
ナ※ガツシヨン・アリエンヌの飛行家長セエフ・ピロツトルシヤン・ドユマアゼル君が僕等より先に来て、風さへいだならば今日けふこの若鳥の修繕後第一回の飛行を試みやうとして居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
急に烈しい突風が起こって浪が荒れ、少時間の後にまた急にぐことは、山の湖水にはよく起こる現象であって、富士山麓山中湖にも幾度かそういうことがありました。
一つのふたを上げそれをまた閉ざすだけの暇に、彼はま昼間からまったくの暗黒に、正午から真夜中に、騒擾そうじょうの響きから沈黙に、百雷の旋風から墳墓のぎに、そしてまた
ぎきった川の面では、ゆたかな水がたぷッたぷッと鳴っていた。そして、とてつもなく遠い原野の彼方から、ぷすッと穴をあけたように、一条の黄ばんだ光がひらめいた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
午後十時、風はいくらかいだ。高いうねりをものともせず甲斐がいしく救助に向かった若者たちは、水に浸って漂っていた伊東家のボートをいてむなしく引き揚げてきた。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
お互いに「頭禿げてもお酒は止まぬ」組だったじゃないか。ハッハッハッ。風がいだら一つ東莱とうらい温泉へ案内しよう。あすこでモウ一度俗腸ぞくちょうを洗って、大いに天下国家を……。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
子供らはいだ海の、青いかもを敷いたようなおもてを見て、物珍しさに胸をおどらせて乗った。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
日は御荷鉾みかぼ山の後に落ちて、其あたりの天は黄金色に輝き、それより地平線に沿うて東するに連れ、樺色桃色草色と色美しくぎ渡った夕暮の空に、紫と紺とを濁らぬ程に混ぜて
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
峰から峰の偃松は、暴風雨のあとの海原のようにいで、けろりと静まりかえっている、谷底の風の呻吟しんぎんは、山の上が静粛になるだけ、それだけ、一層すさまじく高く響いて来る。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
正木の老人は、ゆったりと歩を運びながら、独言ひとりごとのように言った。秋近い空はすみずみまで晴れて、ぎ切った夜の海のように拡がった稲田の中に、道がしろじろとかわいていた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)