くだん)” の例文
くだん古井戸ふるゐどは、先住せんぢういへつまものにくるふことありて其處そこむなしくなりぬとぞ。ちたるふた犇々ひし/\としておほいなるいしのおもしをいたり。
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
玉のような子であるかも知れないが、また、くだんのような怪物であるかも知れなかった。秋子は右の眼が左の眼よりだいぶ小さかった。
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
くだんの両人相親しむ時は余らは皆その麾下きかに属してさまざまなる悪戯をして戯れしが両人仲違なかたがひしたる時は余らもまた仲間割れをせり。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
先年せんねん自分じぶんに下されしなり大切の品なれども其方そのはうねがひ點止もだし難ければつかはすなりと御墨付おんすみつきを添てくだんの短刀をぞたまはりける其お墨付すみつきには
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
くだんの学者博士たちの造詣のほどに優り劣りはないとして、再建論者の第一陣、喜田博士の如きは、武者ぶり特に鮮かで、敵も味方も
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
くだんの『風俗通』に出た諸説をかんがえると、どうも最初十二月の臘の祭りの節、鶏を殺して門戸に懸けたのが後に元日の式となった事
くだんのザポロージェ人だが、これが恐ろしく口軽に喋りまくるので、祖父と、それからもうひとり同行に加はつてゐた呑み仲間とは
吾人は此の意を持して必しもくだんの要求を排せざるべし。されど何が故に此くの如き模糊もこたる一語を提して此の要求を標せんとはするぞ。
国民性と文学 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
その後アンナは豆満江国境でスパイとして検挙され、彼はくだんの写真が彼女の手元から出て来たために、同じく嫌疑を受けて留置された。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
もはや便々とよりよいお沙汰を待っていることは出来なかった。彼は、投げるようにあたえられたくだんの土地の実地踏査に取りかかった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
と答えるともなく、押し戻される拍子にベタリとその場へ膝をついたくだんの男……つづみの与吉はだらしなく肩息のありさまだった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
けれどもくだんの侍は、あたりの眺めに心をひかれるさまもなく、思いありげなふところ手で、肩を落して、なぎさを北へと辿たどってゆきます。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ぎょッとなったようにして立ち止まっているくだんの男の側に歩み寄ったかと見えましたが、ここら辺もまた退屈男の常人じょうじんでない一面でした。
ところがどうだろう、——こんな話をしているうちに、人もあろうにくだんの紳士が入って来て、酒場でビールを引っかけていたのだ。
因子上京の報ひとたび伝はるや、因子自ら雄姿の片鱗だに現はさぬうち生殖細胞の混乱たるやくだんの如し。私は然し冷酷なまで冷静だつた。
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
何処まで一体子供騙しのようなことをするのか、平次はひどくいまいましい心持になって、金の環をくだんの穴の中にポンと投り込みました。
といったところでおれの月給はいろいろな勘定を差引かれているからたいしてはない、天青のもくだんごとしというくらいだったんだろうさ。
陽気な客 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
我国わがくににては地中の水気すゐき雪のために発動うごかざるにや、雪中には雨まれ也、春はことさら也。それゆゑくだんのごとく日にさらすはれのつゞく事あり。
だが、それは糠喜ぬかよろこびであつた。原氏は夕方宿へ着くと、こつそり高橋氏を陳列所にやつた。そして態々わざ/\くだんの鯛の刳盆を買ひ取らせて来た。
仲間と一緒にくだんの共同墓地に連れて行かれ、(刑務所のかこひの外で働くかうした受刑者のことを、刑務所用語では外役といふ、)
随筆「断片」 (新字旧仮名) / 河上肇(著)
そこに倒れているコルシカ人を発見すると、口々になにやら叫びかわしながら、くだんのコルシカ人をかつぎあげ、林の奥に走り込んで行った。
一日も早くくだんの悪僧を誅戮ちゅうりくなし、下々しもじもの難儀を救い取らせよとの有難い思召おぼしめしによって、はるばる身共を差遣さしつかわされた次第じゃ。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
またその水滴に光りのあるのは、その水滴がくだんの空気の触接している表面が恰も鏡の如く強く光線を反射するからであります。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
しからざる時には反逆と認め執事の職を解くのみならず討手を遣わして命を召すものなり……使者の口上くだんの如し……いざ返答をなさるよう
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
兵さんは、皆のからかい半分の冷笑のなかに、着物を脱ぐと、くだんの二十貫以上もある大石をゆすって見たが、さすがに自信がないらしかった。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
いぬる日くだんの聴水を、途中にて見付しかば、名乗りかけて討たんとせしに、かへつてかれ方便たばかられて、遂にかかる不覚を取りぬ
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
その手をくだんの島人が木刀を振上げて打とうと致しますから、文治は手早く其の手を取って押え、其の儘舟へ飛上りまして
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こう言いながらくだんの男はよろけるように部屋の中へはいってきて、深尾みな子と称する女の脚下あしもとにばったりつくばった。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
人々のうちにて一番早く心を推鎮おししずめしは目科なり彼れ五六遍も嚊煙草の空箱を鼻にあてたるすえくだんの巡査に打向いて荒々しく
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「いつもいつもお気の毒さまですねエ、どんなに喜びましょう」と言いつつ子爵夫人はくだんの瓶をテーブルの上に置きぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
くだんの狆を御覧じて課長殿が「此奴こいつ妙なかおをしているじゃアないか、ウー」ト御意遊ばすと、昇も「左様で御座います、チト妙な貌をしております」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
何はともあれ、先ず、彼と結婚する娘の身許を探らねばならぬと思い、種々探索の結果、くだんの男は××区のある旧家へ養子をするのだとわかりました。
暴風雨の夜 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
然し其後に玄關へ來たのはやはりくだんの老人で、青年を案内して、ある狹い室に導いた。その室は黒い土の壁で、床の間には眞四角な懸物が懸つて居た。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
われわれの近づくのに気がついたか、くだんの男はこちらをふり向いた,見覚えの貌だ,よく見れば山奉行やまぶぎょうの森という人で、あとの二人は山方中間やまかたちゅうげんであッた。
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
六町韋駄天いだてん走りに逃げ延びて、フウフウ息を切らしながら再び振返ってみると、これはしたり、一行中の杉田子は、くだんの大女につかまって何か談判最中。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
と眼の色をかえてわめき、「馬鹿にするな!」とくだんの小皿を地べたにたたきつけて、ふっと露路の夕闇ゆうやみに姿を消した。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
答は無くて揮下ふりおろしたる弓の折は貫一が高頬たかほほ発矢はつしと打つ。めくるめきつつもにげ行くを、猛然と追迫おひせまれる檳榔子は、くだんの杖もて片手突に肩のあたりえいと突いたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
百余名の腕利きの川並が水防組の揃いの袢纏はんてんで、川中に繋いだ幾組かの筏の上へ陣取る、式が済むと一斉にくだんの筏の縄を切る、角材はバラバラと崩れる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
健三は「しかる上は後日に至り」とか、「后日ごじつのため誓約くだんの如し」とかいう言葉を馬鹿にしながら黙読した。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この頃内田百間うちだひやくけん氏の「冥途めいど」(新小説新年号所載)と云ふ小品を読んだ。「冥途」「山東京伝さんとうきやうでん」「花火」「くだん」「土手どて」「豹」とうことごとく夢を書いたものである。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
近所近在の人々が大勢寄ってたかって居る。くだん古家ふるやを買った人が、崩す其まゝ古材木を競売するので、れを買いがてら見がてら寄り集うて居るのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いやが上にけがれなく見せるだけで、何の役にもたたない、それはいいが、くだんの顔で、肉をかじると、厚く切ったベイコンなんか、頬張る程には口が開けないし
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
夕暮になると、くだんの松蘿や、蔓は大蜘蛛の巣に化けて、おだまきの糸の中に、自分たちを葬るに違いない。
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
記に「然る間さき大掾だいじよう源護の告状に依りて、くだんの護並びに犯人平将門及び真樹まき等召進ずべきの由の官符、去る承平五年十二月二十九日符、同六年九月七日到来」
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
突然歯をむき出して気たゝましい叫びと共に前脚を挙げて、くだんの乗り手に踊り掛つた。僕の祖父も、馬よりも仰天して把手ハンドルを廻すがいなや全速力で逃走をくはだてた。
そして、その中へくだんの青龍刀を突込むと、さも本当に人間の首を切る様な、ゴリゴリという音をさせた。
踊る一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ロゼッテイは同志の詩人スウィンバーンと一緒にくだんの店に出かけて行って、ちょっとその本をのぞいただけで直ちにその価値を認め、おのおの数冊ずつ買って帰った。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
一本のの蔭に、横向きになって寝ていた。彼は、くだんの鷓鴣が、刈りたてのまぐさの間で、ちょこちょこ、餌を拾っているのを見つけた。彼は立ち上って、撃とうとした。
くだんの尊き魂は肉に歸りて(たゞ少時しばしこれに宿りき)、己を助くるをうるものを信じ 一一二—一一四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
これを受け取ったくだんの雲水、非常にわが身の浅慮を後悔し、再び瓢水翁を訪れて一晩じゅう語り明かしたということです。まことに「浜までは海女も簑きる時雨かな」です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)