二重ふたえ)” の例文
島々の数を尽してそばだつものは天をゆびさし、伏すものは波にはらばう、あるは二重ふたえにかさなり三重みえにたたみて、左にわかれ、右につらなる。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
二重ふたえに細い咽喉のどを巻いている胞を、あの細い所を通す時に外しそくなったので、小児こどもはぐっと気管をめられて窒息してしまったのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其使用は面部は只眼をいだすのみ、厚き木綿にて巻き二重ふたえとし、頸部も同じ薄藍色木綿の筒袖にて少しも隙無き様にして、且つ体と密着せしむ。
関牧塲創業記事 (新字新仮名) / 関寛(著)
今は待ちあぐみてある日宴会帰りのいまぎれ、大胆にも一通の艶書えんしょ二重ふたえふうにして表書きを女文字もじに、ことさらに郵便をかりて浪子に送りつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
かれの背中せなかはほとんど二重ふたえに曲がっていたが、寒いわりにかれの手はわたしの手の中でかっかとしていた。かれはふるえていたように思われた。
『マア聞き給え。その青い壁が何処どこまで続いているのか解らない。万里ばんり長城ちょうじょう二重ふたえにして、青く塗った様なもんだね』
火星の芝居 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
愛子はそこにある書物をひとかかえに胸に抱いて、うつむくと愛らしく二重ふたえになるおとがいで押えて座を立って行った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
小男の叔父よりもすこし背が低くて、二重ふたえまぶたの大きな眼が純然たる茶色で、眉が非常に細長くて、まん丸い顔の下に今一つ丸まっちいあごが重なっていた。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
此処ここ行燈あんどん部屋のような暗い長四畳で、壁の一部に二寸角の穴が切ってあり、黒いしゃ二重ふたえに張ってある。
追いついた夢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
例の二重ふたえのくびれは一そう厚みを加へてきはだち、なにかしら重たげな、なにかしら大儀さうな気配が、ふとそこに影るやうなこともないではなかつたけれど
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
踊りの輪は、影法師と二重ふたえになった。そこへまた、須賀口すがぐちの踊手たちが来て一緒になった。両方の音頭取りが、美音を競ってこもごもに澄んだ声をはりあげた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから宿直とのいのさむらいたちをはじめ、お供のなかから、腕ききをよりだして三十人ばかり、上段の間を二重ふたえ三重みえにおっとりかこんで阿部豊後守忠秋ただあきが大将になり
幻術天魔太郎 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ぼくは前から、左側のまぶただけが二重ふたえで、右は一重瞼なのです。それを両方共、二重にするためには、眼を大きく上にみはってから、パチリとやれば、右も二重瞼になる。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「さぞまあ、ねえ、どうもまあ、」とばかり見惚みとれていたのが、あわただしく心付いて、庭下駄をひっかけると客の背後うしろ入交いれかわって、吹雪込むかどの戸を二重ふたえながら手早くさした。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二重ふたえ玻璃窓ガラスまどをきびしくとざして、大いなる陶炉とうろに火をきたる「ホテル」の食堂を出でしなれば、薄き外套がいとうをとおる午後四時の寒さはことさらに堪えがたく、はだ粟立あわだつとともに
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
頼政はかねて信頼をよせている郎党、遠江国の住人猪早太いのはやたただ一人を連れた。この男に鷹の羽の矢を持たせ、自分は二重ふたえの狩衣、山鳥の尾ではいだ鋒矢とがりやを二本、重籐しげとうの弓を持った。
ああ彼は今明日の試験準備に余念ないのであろう。彼はわれが今ここに立っているということは夢想しないのであろう。彼と吾とただ二重ふたえの壁に隔たれて万里の外のおもいをするのである。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
眉のりあとが青かった。ふくれた二重ふたえまぶたは上下にひき開けられていた。あおみがかった眼球の中央に、瞳は黒ずんで動かない。むすんだ唇にはおはぐろの色がにじみ出している。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
にんじんは、釣ってきた魚のこけを、今、はがしている最中だ。河沙魚かわはぜふな、それにすずきの子までいる。彼は、小刀こがたなでこそげ、腹を裂く。そして、二重ふたえきとおった気胞うきぶくろかかとでつぶす。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
二重ふたえになっておとなしく腰かけて眠ってしまうの、大変可愛い様子です。
弓なりのまゆ、ながい睫毛まつげのしたにある二重ふたえまぶたのすずしい眼、端正な鼻、二枚のはなびらのような唇、わたしが画家であったならば、生命をかけてでもかきたいと思うようなうつくしい顔です。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
リュウマチスのために身体からだをまるで二重ふたえにして。
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
電信柱でんしんばしらは、二重ふたえにしてこしをかがめていたが
電信柱と妙な男 (新字新仮名) / 小川未明(著)
二重ふたえに月照りてしき露もて
奇麗に囲う二重ふたえまぶたは、涼しいひとみを、長いまつげに隠そうとして、上の方から垂れかかる。宗近君はこの睫の奥からしみじみと妹に見られた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かるく二重ふたえにくびれながら心もち突き出てゐる妹のおとがひ、——あの全体としていささか賑かすぎる妹の円顔に、幼ないころから一脈のきりりとした緊めくくりを与へ
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
二重ふたえまわして、すらりと結び、髪は島田のこうがい長く、そこで男の衣裳と見れば、下に白地の能登おりちじみ、上は紋つき薄色一重、のぞき浅黄のぶッさき羽織ばおり、胸は覚悟の打紐うちひもぞとよ
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「やいっ、今の若党、出てうせいっ。ようも、わしが家来を、投げおったな。出てうせねば、討ち入るぞよ。こんな、古土塀の一重ひとえ二重ふたえ、蹴つぶして通るに、なんの雑作ぞうさもないわ」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すっかり充血したその目はふだんよりも大きくなって、二重ふたえまぶたになっていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
両の肩怒りてくびを没し、二重ふたえあぎと直ちに胸につづき、安禄山あんろくざん風の腹便々として、牛にも似たる太腿ふとももは行くに相擦あいすれつべし。顔色いろは思い切って赭黒あかぐろく、鼻太く、くちびる厚く、ひげ薄く、まゆも薄し。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
二重ふたえに暗い菩提樹の蔭から
女は依然として、肉余るまぶた二重ふたえに、愛嬌あいきょうの露を大きなひとみの上にしたたらしているのみである。危ないという気色けしきは影さえ見えぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小松原が、トすかすと、二重ふたえ遮ってほのかではあるが、細君は蚊帳の中を動かずにいたのである。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二重ふたえに巻いた腹巻を、刃味はあじすごくタテに裂いた剃刀かみそりの切れ口。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
叔父が死んだ今日こんにちでも、何不足のない顔をして、あごなどは二重ふたえに見えるくらいにゆたかなのである。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うしろ片手でとあとをしめて、三畳ばかり暗い処で姿が消えたが、静々と、十畳の広室ひろまあらわれると、二室ふたま二重ふたえの襖、いずれも一枚開けたままで、玄関のわきなるそれも六畳、長火鉢にかんかんと
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手を入れぬままに自然の趣をそなえて何となく人柄に見える。腰はよごれた白縮緬しろちりめん二重ふたえまわして、長過ぎるはじを、だらりと、猫じゃらしに、右のたもとの下で結んでいる。すそもとより合わない。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と思うばかりで、何故なぜと云う次第は民也にも説明は出来ぬと云う。——にしろ、のがれられないあいだと見えた。孰方どっちか乳母ので、乳姉妹ちきょうだい。それともあによめ弟嫁おとよめか、かたき同士か、いずれ二重ふたえの幻影である。
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)