下々しもじも)” の例文
まず下々しもじもの者が御挨拶ごあいさつを申上ると、一々しとやかにおうけをなさる、その柔和でどこか悲しそうな眼付めつきは夏の夜の星とでもいいそうで
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
ところが当節の御時勢は下々しもじもの町人風情ふぜいでさえちょいと雪でも降って御覧ごろうじろ、すぐに初雪や犬の足跡梅の花位の事は吟咏くちずさみます。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ねがわくば、このき日にあたって、下々しもじもへも、ご仁政のじつをおしめしたまわらば、宋朝の栄えは、万代だろうとおもわれますが
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかで下々しもじもの侮りがなくて済もうや、これが一大事でなければ、もはや武士とほいと賤人との区別はない、士風の根本が崩れ申す
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一日も早くくだんの悪僧を誅戮ちゅうりくなし、下々しもじもの難儀を救い取らせよとの有難い思召おぼしめしによって、はるばる身共を差遣さしつかわされた次第じゃ。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
よくしたもので、うえがたはまあ少々はおでこでもそこは事が済みますが、下々しもじもが出世をしようというには、さらりと打明けた処で容色きりょうじゃ。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひとつには当時の上流と目される大名の奥方や、姫君などは、かごとり同様に檻禁かんきんしてしまったので、勢い下々しもじもの女の気焔きえんが高くなったわけである。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「な。な、なりませぬ。これは下々しもじもの者などが、みだりに用いてはならぬ御上様おかみさまの御乗用駕籠でござりますゆえ、折角ながらお貸しすること成りませぬ」
思うに盲目の少女は幸福な家庭にあってもややもすれば孤独こどくおちいやす憂鬱ゆううつになりがちであるから親たちはもちろん下々しもじもの女中共まで彼女の取扱とりあつかいに困り
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これは皇室をはじめたてまつり、下々しもじもとしても大事なことで、これをどうだってよいと思っている者はあり得ない。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
なんでもこんな事を下々しもじもに聞かせてはならない。昨日奥さんの御病気になられたのでからが、御隠居様を疎々うとうとしくなされた罰だなんぞとささやき合っているらしい。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
とかく人と申すものは年をとるに従ってじょうばかりこわくなるものと聞いております。大御所おおごしょほどの弓取もやはりこれだけは下々しもじものものと少しもお変りなさりませぬ。
古千屋 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この証書でみると、大名の借金というのは下々しもじもの場合と異なり、預申金子之件と書くものであったらしい。借金するにも、大名の面目は忘れなかったものと見える。
増上寺物語 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
建武の中興はかみおぼし召しから出たことで、下々しもじもにある万民の心から起こったことではない。だから上の思し召しがすこし動けばたちまち武家の世となってしまった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
粉黛ふんたいをも施し例のはかまなども穿いておる、下々しもじものものが取乱したような醜態ではないに相違ない。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
何んしろ、暇だからのう、下々しもじも様のように何処どこ此処ここと、のたくり、ほっつける訳じゃあなしさ——今だって、七人か、八人かの御子様だろう。それが、四ふくか、五腹さ。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
とみすの中から躍るように出て来て、喜び声で高らかに告げたのは中宮亮重衡ちゅうぐうのすけしげひら卿、法皇を初め、関白太政大臣以下の公卿たち、下々しもじもにいたるまで、どっと歓びの声をあげた。
下々しもじもの者より見れば及ぶべからざるようなれども、そのもとを尋ぬればただその人に学問の力あるとなきとによりてその相違もできたるのみにて、天より定めたる約束にあらず。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
下々しもじもの者の手で隠された上は、やはり親分のような方に捜して頂く外はございません。
鼻紙みたいにつかんでくる札束が七八万円はあるという下々しもじもには見当もつかない景気で、遊ぶこと、おいしい食べもの、美しい着物、豪奢ごうしゃの好きなあやかさんはお金に惚れてしまった。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
いまのような選挙法では下々しもじもの意見はどこにはけ口があるか? 怪しからんのは、徴兵法も、保安条例も、一切合財じゃ、これを貴様達になり代って改正してやろうというんじゃから
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
また『太平記抄』慶長十五年作二十四巻、巻纓けんえいの老懸の註に、老懸とは下々しもじもの者の鍋取というような物ぞと見え、寛永十九年の或記に浅黄あさぎ指貫さしぬき、鍋取を冠り、弓を持ち矢を負うとあり。
「小使いなんて下々しもじものものは石炭を倹約してもうけようとするんだ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
おお我が民よ! 我が戦士! わが聖なる下々しもじもの者よ!
その地位になき下々しもじもが、あげつろうていられるような実状でない深刻さをも示しているものであろうが——という反説も、一方にはある。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雲井に近きあたりまで出入することの出来る立身出世——たま輿こしの風潮にさそわれて、家憲かけん厳しかった家までが、下々しもじもでは一種の見得みえのようにそうした家業柄の者を
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
いよいよ自分の成功に貫禄がついて、たとえば従三位文部卿のような地位にまで上り、下々しもじもに訓諭を垂れたりする場合になると、売りこんだのろま清次の名がかえって仇をなす。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
先代の妻は実に優しい女で、夫の言うことに何一つそむいた事がない。そして自分を始め、下々しもじものものをいたわって使ってくれた。あすで二七日ふたなぬかになるというのは、この女の事である。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
下々しもじもの口かられて、たちま京中きょうちゅう洛中らくちゅう是沙汰これさただが——乱心ものは行方が知れない。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
今のような選挙法では下々しもじもの意見はどこにはけ口があるか? 怪しからんのは、徴兵法も、保安条例も、一切合切じゃ、それらを貴様達になり代って改正してやろうと言うんじゃから
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
牛馬売買渡世のものには無鑑札を許さず、下々しもじもが難渋する押込みと盗賊の横行をいましめ、復飾もしない怪しげな修験者しゅげんじゃには帰農を申し付けるなど、これらのことはあげて数えがたい。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これは私ども下々しもじもには、何とも確かな事は申し上げる訳に参りませんが、恐らくは御承知の通り御闊達な御姫様の事でございますから、平太夫からあの暗討やみうちの次第でも御聞きになって
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「こいつは大名屋敷の女部屋にあるという話は聴いたが、下々しもじもでこんな仕掛けを見たのは初めてだよ。この桟をおろしておくと、外からは障子を破りでもしなければ、まず開ける工夫はあるまいな」
銭形平次捕物控:130 仏敵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
下々しもじもの人民がこんなでは仕方しかたがないと余計な事を案じた事がある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と、よく下々しもじもの噂にも聞かぬ沙汰ではなかったが、御所の築土ついじて、御垣守みかきもりの影すら見えない。栗鼠りすや野良犬さえそこを越えているのだ。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それがし高坂弾正かうさかだんじやうと申して、信玄公被管ひくわんの内にて一の臆病者也、仔細は下々しもじもにて童子わらべこどものざれごとに、保科ほしな弾正やり弾正、高坂弾正にげ弾正と申しならはすげに候、我等が元来を申すに
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
馬廻うままわり以上は長上下なががみしも徒士かち半上下はんがみしもである。下々しもじもの者は御香奠ごこうでんを拝領する。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「いや、戦国の武将ぶしょうたちは、みんなそれを忘れている。もうひとつ忘れていることがある。それはまずしい下々しもじもたみだ。われらの味方みかたするのはその人たちだ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
罪科つみとがもねえ人間を、寝床から縄にかけて、調べもせず、叩っ込んでおくのが、下々しもじものためのご改革けいっ。こんな悪政が、ご一新なら、俺たちは、真ッ平ご免だ
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのせいか時々、中国なまりが出るし、また思いがけない下々しもじものことばなどを戯れにせよよくもてあそぶ。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いや、なかなか。一朝には、そこまでのお運びにはいたらぬ。この河内はもとより近畿一帯、ひでりの雨を待つように、世の世直しを望む風は下々しもじもにまで見えてはおるが」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やいやい日ごろはさんざッ腹、おかみろくを食らって、贅沢三昧ぜいたくざんまい、あげくに下々しもじもの中を、肩で風を切って歩く奴がよ、俺たちの前に両手をついて、兄哥なんていっていいのかい。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神護建立じんごこんりゅう勧進かんじんのため、院の御所へ踏み入って、折から、琵琶びわや朗詠に酒宴さかもりしていた大臣おとどどもに、下々しもじもの困苦ののろい、迷路のうめきなど、世の実相さまを、一席講じて、この呆痴輩たわけばら一喝いっかつした所
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「殿のお目は真正面に過ぎまする。後宮も世間のうち。抜け目ない唐者からもの商人などは、准后じゅんごうさまといえば、下々しもじも以上にお話もよくわかり、利に賢いお方とれて、うまい商売さえしておりますに」
「畏れ多いおうわさでございますが、高倉天皇の第四の王子、上皇とおなり遊ばしてからは後鳥羽院と申し上げているあの御方おんかたほどな達人は先ずあるまいと下々しもじもの評でございまする」禅閤兼実かねざねはうなずいて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おうわさ申しては、勿体ないですが、一国一城の御主君という身も、お側近くに仕えてみると、なかなか下々しもじもの思うているようなものではありません。世間から見ている信長公と、那古屋なごや城の中の信長公とは、たいへんな相違ですよ」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)