一旦いったん)” の例文
そういうわけで、遠距離へとぶときには、一旦いったん成層圏へとびあがって、そこを飛行するのが時間的にも燃料消費の上にも経済である。
成層圏飛行と私のメモ (新字新仮名) / 海野十三(著)
いや、一旦いったんはもうくいを打つたんですが、近所が去年焼けたもんですから、又なんだかごたいて……。一体どうなるんでせうかねえ。
赤い杭 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
それをよく洗って一旦いったん美味おいしく下煮をしてそのつゆへ醤油と味淋と水とを加えてお釜の底へ煮た松茸を入れて御飯をその汁で炊きます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
手塚は一旦いったん光一に忠告されて改心したもののそれはほんのつかの間であった、かれはどうしても娯楽なしには生きていられなかった
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
一旦いったんお返し下さったこの時計を——改めて、そうです、青木君の意志として——私は、改めて貴女あなたに受取っていたゞきたいのです。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一旦いったん、師匠の家へ行った以上、どういうことがあろうとも、年季の済まぬうちにこの家の敷居をまたいではならんといったではないか。
天然の水溜りは地味も肥え、取り付く際には相当の誘惑であるが、わずかに水位が下ればすぐに乾いて、一旦いったんの耕地を荒さねばならぬ。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この縁談が、結納を交換とりかわすまでに運ぶには、彼女は一通りならぬ苦心を重ねた。随分長い間かかった。一旦いったんはなしが絶えた。復た結ばれた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
其時余は始めて離別した第一の細君を後からなつかしく思う如く、一旦いったん見棄みすてたペリカンに未練の残っている事を発見したのである。
余と万年筆 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
政道は地道じみちである限りは、とがめの帰するところを問うものはない。一旦いったん常に変った処置があると、誰のさばきかという詮議が起る。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
……一旦いったん縁を切ってしまった上では、私が心持にも、また世間の義理にも、やましいことはないんですから、それが未練というんでしょう。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一方青眼先生は、一旦いったんはすっかり気絶してしまって、何も解からなくなっていましたが、やがて自然と気が付いて見ますと、どうでしょう。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
一旦いったんことわったけれどもダース先生は既に英語とチベット語の大字典をこしらえ、それについて完全なるチベット語の文典が必要であるけれども
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ひたすらにあしき世を善に導かんと修行に心をゆだね、ある山深きところに到りて精勤苦行しゐたりけるが、年月としつきたち一旦いったん富みし弟の阿利吒ありた
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「譲与の額の多寡は問題ではない。男が一旦いったん明言した事をはたの者のために左右せられるのは、弟の将来のために頼もしくない」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
とにかく一旦いったん、帰国し、故郷の弟とも相談して一緒に文芸雑誌を出して、そう、その雑誌の名前も、きょう、いま、はっきりきまりました。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それらは一旦いったん陸揚げされた。ここにこうして滞在している間に、手入れの出来るものは手入れをした方がよかったからである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そして一旦いったんそれが解れば、始めに見た異常の景色や事物やは、何でもない平常通りの、見慣れた詰らない物に変ってしまう。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
一旦いったん千里眼が実際に可能であるという判定になれば「そんな事が出来るはずはない」という議論は、もはや意味はない。
千里眼その他 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
ひとは自分が破滅したと考えるようになる、ところが一旦いったん何か緊急の用事が出来ると、彼は自分の生命が完全であるのを見出みいだすといった例は多い。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
そして労苦に使いへらされて、一旦いったん不景気が——あの悲しい不景気——来れば、の報いとして餓死する。これが果して諸君の一生の憧憬どうけいであろうか
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
思いきって一旦いったん出て去った家へ帰るのは、それは仲に入って口を利いた柳町に対しても好かあないと思ったけれど
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
即ち、作家の角度から選択され一旦いったん書くべく算出された事柄は、あくまで完膚なく書きつくさねばならないのだ。
ナオミは一旦いったんそう云う風に曲り出したら驚くほど強情で、始末に負えないたちでしたから、最後は私が根負けをして、うやむやになってしまうのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「それから一旦いったん内地に帰って、また大連に行きました。最早もう主人は私達に取合いません。面会もしてくれません」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
一旦いったんもう、作り話になったからには」と、彼女は言った。——「こんどはみんな、何か話をすることにしましょう。自分で考えた話でなくちゃ駄目だめよ」
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
一旦いったん他国に出て異郷にさまようてみたならば、如何いかに日本の国土が自然の豊富な現れを持って私等を親しく抱擁しているかという事を知るでありましょう。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
殊に少し酒がまわっていると、君僕の交際範囲が広くなる。そこで一旦いったん君僕で話をした人に、跡で改まった口上も使いにくい。とうとう誰彼たれかれとなく君僕で話す。
勿論、人間の本心は子供の時代を離れ一旦いったん神様から見離された以上、人間は、今度こそ、自分自身の努力によって神様を呼び戻さなくてはならないのである。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
しかし、こうした疑いは、ジョヴァンニの心を一旦いったんかきみだしたものの、彼を抑制するには不十分であった。
「八人前八銭ではないか、余分を返せ」と談判に及べば、船頭は一旦いったん握った金を容易に放してたまるものかと
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
そして一旦いったん切れた声音はふしぎに秘密をまもるように、再び続けられることがなく、野の道を馳って行った。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
然し一旦いったんこう集ってしまえば、一つの勢いにき込まれて、案外大したことにならないかも知れない。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それよりもくだり掛った時は構わないで打棄うっちゃって置いて其の車が爼橋まないたばしまで下ってから、一旦いったん空車からぐるまにして、あとで少しばかりの荷を付けて上げた方がよろしいようなもので
トいってまだ年端としはも往かぬに、ことにはなまよみの甲斐なき婦人おんなの身でいながら、入塾などとはもっての外、トサ一旦いったんは親の威光で叱り付けては見たが、例の絶食に腹をすか
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
河伯も気の毒かつその短気に恐縮し三度まで投げ帰したので、一旦いったん見切った物を取り納むるような男じゃねーぞと滅明滅多無性にりきみ散らし、璧をこわして去ったと出づ。
既に重井と諸所を遊説せし身のことに葉石との同行をいなまんようなく、かつは旧誼上きゅうぎじょう何となく不人情のように思われければ、重井の東京に帰るを機として妾も一旦いったん帰郷し
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
五日の午後一時、昨日のすさまじい濁流はいくらか青みをえ立たして来たが、一旦いったん激増した水量はなかなかひきそうに見えない。だが、裸の子供が飛び込む、飛び込む。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
併し一旦いったんおれになびき寄ったお前のことだから、お前の決心を待っていよう、もう一度思案して、おれと一しょに寝ないかというので、男が女にむかっていうように解釈した。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
八合目より一旦いったん七合に引返したりといえり、二人は山頂の光景を見て、如何いかに感じけん、予に向いて、いずくんぞこれ千島ちしまたぐいならんや、きみは如何にして越年を遂げんとするか
しかし兵さんは、一旦いったん、弟をおぶって村の方へ遊びに出ると、そんな事は何時いつも忘れていた。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
あるいは社交術によってただ無意味に微笑ほほえんでいるばかりになろうとも、眠っている火が、どんなに冷たい胸でもその奥にひそんでおり、一旦いったん燃えあがれば、はげしく燃えさかり
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
女というものは、一体に夫に対しては常に彼の社会的地位が低いことを痛罵つうばするくせに、一旦いったん、ひと前へ出ると、その同じい夫の地位を本能的にとてつもなく自慢するものである。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
この兇漢が一旦いったん自分が罪に陥し入れた岩見を、夜分に又復また/\刑事にばけるような危険を冒して、岩見を連れ出したのは何のためでしょうか。それは恐らく岩見のあとをつける為めです。
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
そして高城が一旦いったん戻りかけて又追って来た気持を考えた。高城の眼に涙が溜っているのをはっきり見たとき、先ず彼の胸にのぼって来たのは、一種のやり切れない感じであったのだ。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
と云うのは何んでも夜になると、その鳰鳥は一瞬間ほんのひととき現世このよから黄泉あのよへ行くそうじゃ。言い換えるとつまり死ぬのじゃな。そうして一旦いったん死んで置いて、それから間もなく生き返るそうじゃ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうして他に種々な事情も加わり一旦いったん仕事は中止され、出版は新しく靖文社せいぶんしゃの手へ移されました。かくするうちに戦争は終結し、厳しい統制は崩壊し、「文協」もまた程なく解体しました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
余りにやつれていては、一旦いったんの籠城にかばかり老いさらばいつるかと、中国武士の荒胆あらぎもを軽んぜられも致そうか。——さもありては口惜しきゆえ、かくは男をつくりて候ぞや。わらうな。嗤うな
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この街では、はじめてきく高射砲であったが、どんよりと曇った空がかすかに緊張して来た。だが、機影は見えず、空襲警報は一旦いったん、警戒警報に移ったりして、人々はただそわそわしていた。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼が新しい報告をもたらすまで、僅の時間でも寐て置こうと、話に夢中になって、寝衣ねまきのままふとんの上に坐っていたのを、元の様に枕について見ましたが、どうして一旦いったん興奮してしまった頭は
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)