あゆ)” の例文
「いや、帰って来たところです」と帯刀が答えて云った、「あゆがくだりはじめたというので、ゆうべ夜半すぎてからでかけたのです」
死んだあゆを焼くとピンとそりかえったり動いたりする……、うなぎを焼くとぎくぎく動く、蚯蚓みみずを寸断すると、部分部分になって動く……。
首を失った蜻蛉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
八月の半ばも過ぎてから、爺さんは自分の甥とかのいる田舎いなかあゆを食べに行こうと、奥さんとお嬢さんをしきりに誘っていました。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
とある陳列箱の中の小さな水族館では、茎のような細いあゆが、何尾も泳いでいた。銀座の鋪道ほどうが河になったら面白いだろうと思う。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「今日の容態はどうかしら」道太は座敷へ帰ってから、大きなあゆの塩焼などにはしをつけながら、兄が今ごろどうしているかを気づかった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
男だって、あゆは照り焼きにかぎるとか、にしんや棒だらなんて人間の食うもんでない肥料だ、なんていう向きもなきにしもあらずだから。
鮪を食う話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
... それに鰻は何といっても日本風の蒲焼が一番美味おいしゅうございますね」玉江嬢「西洋料理にあゆ酢煮すにという事があるそうですがどう致します」
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
三百年の鎖国の事情も顧みないで進み来るような侮りがたい力でもって、今は早瀬を上るあゆのようにこんな深い山間までも入り込んで来た。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
三四郎はあゆの煮びたしの頭をくわえたまま女の後姿を見送っていた。便所に行ったんだなと思いながらしきりに食っている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夕餉ゆうげの時老女あり菊の葉、茄子など油にてあげたるをもてきぬ。鯉、いわなと共にそえものとす。いわなは香味こうみあゆに似たり。
みちの記 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
F町へついて当ズッポウに歩いていたら、ヤナがあって、あゆを食わせるところが見つかったから、鮎を食って、ヒルネをして、帰ってきましたよ
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
かつら川のあゆ加茂かも川の石臥いしぶしなどというような魚を見る前で調理させて賞味するのであったが、例のようにまた内大臣の子息たちが中将をたずねて来た。
源氏物語:26 常夏 (新字新仮名) / 紫式部(著)
それから起きて行ってみるというと自分の知っているなにがしがいて、今日釣に行ってあゆがとれたからして、少しわけてやろうといってその鮎をくれた。
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それはあゆを釣るにカガシラ鉤(蚊頭)を用ゐ、鮠を釣るにハイガシラ(蠅頭)を用ゐ、ウルメを釣るにシラベ(白き木綿糸を合せたるもの)を用ゐ
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
……ウム、わんのものか、鳥? よかろう、竹の子の木のあえ、それもいい、それから、網源あみげんへ聞き合せて、まだあゆは育っていまいが、何か相模川さがみがわ
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若い青年男女は、あゆのとも釣のようなわけで、深い意味もわからず、その団体に暴力を以て加盟させられた。一味幹事の統制ぶりは、実に美事であった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いささか、あやかしがついていて、一層寂れた。くわえたあゆは、殺生ながら賞翫しょうがんしても、獺の抱えた岩魚は、色恋といえども気味が悪かったものらしい。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
佐助は鯛のあらの身をむしること蟹蝦かにえび等のからぐことが上手じょうずになりあゆなどは姿をくずさずに尾の所から骨を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ことしの六月、あゆの解禁の日にも、佐野君は原稿用紙やらペンやら、戦争と平和やらを鞄にいれ、財布には、数種の蚊針を秘めて伊豆の或る温泉場へ出かけた。
令嬢アユ (新字新仮名) / 太宰治(著)
ここらはあゆが名物で、外山から西根尾まで三里のあいだに七ヵ所のやなをかけて、大きい鮎を捕るのである。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
竿が動き、糸が動き、糸のさきにつながれて居るおとりあゆまで銀色の水の中から影を表すことがある。いま彼のあはれな全生命は懸つてその竿の一端にあるのだ。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
そうして、その附近をのぞいて見ると、あゆがかなりにいることを発見しました。ははあ、鮎がいるな——今の飯屋で食わせたのも、焼いて乾かした鮎であった。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
伊勢へななたび熊野へさんど、と言ふ文句があるが、私は今年の夏六月と八月の二度、南紀新宮の奥、とろ八丁の下手を流れる熊野川へ、あゆを訪ねて旅して行つた。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
「さあ、飯だ、飯だ、今日きょうは握り飯二つで終日いちんち歩きずめだったから、腹が減ったこったらおびただしい。……ははは。こらあ何ちゅうさかなだな、あゆでもなしと……」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
魚によって占ったので、魚へんに占と書いてあゆと読ませると妙な理くつをつけたが、唐では鮎という字を「ナマズ」と読ませる。これは土師先生に教えていただいた。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
明治も改元して左程さほどしばらく経たぬ頃、魚河岸うおがしに白魚とあゆを専門に商う小笹屋という店があった。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
第三に——最も意外だったのはこの事件である。第三に下宿は晩飯のぜんに塩焼のあゆ一尾いっぴきつけた!
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その時『みんな知つてんべ、最上川は日本三急流の一だぞ』と先生がいつた。その日の夕食にはあゆの焼いたのが三つもついたし、翌朝はまたはやの焼いたのが五つもついた。
最上川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
多摩川たまがわべりの寺内であゆを賞したときのことなど、私には忘れられない記憶となって残っている。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
福岡県筑後ちくごにて聞いた狐話があるが、夏の夜、一人の漁夫が筑後川の岸にてあゆの釣りをしていた。その背面にあしが茂っており、その薦を隔てて小道が川に並んでついている。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
夜食にあゆのフライが出た。日本の様な風味だ。にはとりにあしらつた米も日本まいの様に美味うまかつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
透きとおらんばかりの淡い色をした・あゆに似た細長い魚や、濃緑色のリーフ魚や、ひらめの如きはばの広い黒いやつや、淡水産のエンジェル・フィッシュそっくりの派手な小魚や
秋には近いがまだ却々なかなかに暑かった。奥二階で駒越左内奥野俊良の二人と、朝日川のあゆさかなに散々酒を過した金三郎。独り離れの隠居所にと戻った。蚊いぶしの煙が早や衰えていた。
備前天一坊 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
其れにび出される様に、むぎがつい/\と伸びてに出る。子供がぴいーッと吹く麦笛むぎぶえに、武蔵野の日は永くなる。三寸になった玉川のあゆが、密漁者の手からそっと旦那の勝手に運ばれる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この面倒な法は加州かしゅうやなんぞのような国に行くと、あゆを釣るのに蚊鉤かばりなど使って釣る、その時蚊鉤がうまく水の上に落ちなければまずいんで、糸が先に落ちてあとから蚊鉤が落ちてはいけない
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そういいながら、なみ子は村川のお膳についていたあゆの塩焼を取り上げた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
とうの卓とかごの椅子と、ひやした麦茶のコップと鉢の緑の羊羹ようかんあゆの餅菓子。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
かつらをとめはかはしもに梁誇やなぼこりするあゆみて
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
あゆりたいものじゃが」
赤い土の壺 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
秋風やあゆ焼く塩のこげ加減かげん
自選 荷風百句 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
あゆア瀬に
おさんだいしよさま (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
水底の岩の間に、ひれを休めている魚たち、うぐいやあゆや、山女魚やまめなど、六七寸もあるのを、びっくりするほど巧みに掴んで来る。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
梅干を使わない時はものこしらえるとか百合のない時には款冬ふきとうとかあゆのウルカとか必ず苦味と酸味を膳の上に欠かないのが五味の調和だ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
庸三はあゆ魚田ぎょでんに、おわん胡麻酢ごますのようなものを三四品取って、食事をしてから、間もなくタキシイをやとってもらった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あゆとか、ごりとか、いわなとか、そういった深い幽谷ゆうこくに産する魚類が常に生かしてあって、しかも、それが安かった。
鮎の食い方 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
三輪田みわたのおみつさんがあゆをくれたけれども、東京へ送ると途中で腐ってしまうから、家内うちで食べてしまった、等である。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御覧なさい、御城の周囲まわりにはいよいよ滅亡の時期がやって来ましたよ……これで二三年前までは、川へ行って見てもあゆやハヤ(鮠)が捕れたものでサ。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あゆには早し、涼みの人は元よりなし、ほかに客らしい声もせず、至って閑散なところが殊に三人にはくつろげる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また「梅咲きぬあゆものぼりぬ」の「も」は梅と鮎とを相並べていふ者なればこれも理窟には相成不申候。
あきまろに答ふ (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
七兵衛が、多摩川の岸の岩の上に立って、水の中を見ながら、それそこにはあゆがいる、山魚やまめがいる、かじかがいる、はやがいる、おこぜがいる、ぎんぎょがいる。