“あゆ”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:アユ
語句割合
36.8%
33.8%
阿諛20.9%
香魚4.7%
歩行2.1%
年魚1.3%
0.4%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
死んだあゆを焼くとピンとそりかえったり動いたりする……、うなぎを焼くとぎくぎく動く、蚯蚓みみずを寸断すると、部分部分になって動く……。
首を失った蜻蛉 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
ここを先途とあゆを呑ませて、ぐッと手許へ引手繰ひったぐっては、咽喉のどをギュウの、獲物を占め、一門一家いちもんいっけの繁昌を企むような
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庸三はあゆ魚田ぎょでんに、おわん胡麻酢ごますのようなものを三四品取って、食事をしてから、間もなくタキシイをやとってもらった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「おかあさん、感情家だけではいけませんよ。生きるという事実の上に根を置いて、冷酷れいこくなほどに思索しさくあゆみを進めて下さい。」
巴里のむす子へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ひめさまは、乞食こじきおんなのことがにかかりながら、おしろうちへとしずみがちにあゆみをはこばれました。
お姫さまと乞食の女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
日影なおあぶずりのゆたうころ、川口の浅瀬を村の若者二人、はだか馬にまたがりて静かにあゆます、画めきたるを見ることもあり。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
いつも何かによって救いあげられ、高められる己だけしか感じなかったのであるが、これは仏恩というものなのか、それとも仏に対する私の阿諛あゆであるのか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
成功を博した役者はすぐに、自分の芝居と、阿諛あゆ的な仕立屋たる自分の作者と、尺度に合わした自分の脚本を、もつようになるのだった。
「対話の精神」の最も忌み嫌ふ性癖は独善と阿諛あゆではないかと思ふ。そして、「対話の精神」の極めて重要な一面は、「よき聴き手」であるといふことである。
そこで砥石といしに水がられすっすとはらわれ、秋の香魚あゆはらにあるような青いもんがもう刃物はものはがねにあらわれました。
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
その折こうも言った。香魚あゆは大きい、とってきてすぐ焼くと、骨がツと放れて、そののよいことと——
香魚あゆは魚なのか香ひなのか。鮎鷹の胃嚢なら知つてゐよう。山女魚やまめは魚なのか、水の気なのか、こんがりとでも焼いたら、その香ひはとろ火で反りかへる。奥さんめしあがつてみてください。
香ひの狩猟者 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
呼吸いきを殺して従いくに、阿房あほうはさりとも知らざるさまにて、ほとんど足を曳摺ひきずる如く杖にすがりて歩行あゆけり。
妖僧記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
車馬の通行を留めた場所とて、人目の恥に歩行あゆみもならず、——金方きんかたの計らいで、——万松亭ばんしょうていというみぎわなる料理店に、とにかく引籠ひっこもる事にした。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
車馬しゃばの通行をめた場所とて、人目の恥に歩行あゆみも成らず、——金方の計らひで、——万松亭ばんしょうていと言ふみぎわなる料理店に、とにかく引籠ひっこもる事にした。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
俯して谷川をのぞむ、皇后そのかみの卯月、河の中の磯にいまして年魚あゆを釣りたまひけるところ。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
かれ四月の上旬の時、女ども裳の絲を拔き、飯粒を餌にして、年魚あゆ釣ること今に至るまで絶えず。
また筑紫の末羅縣まつらがたの玉島の里に到りまして、その河の邊に御をししたまふ時に、四月うづき上旬はじめのころなりしを、ここにその河中の磯にいまして、御裳の絲を拔き取り、飯粒いひぼを餌にして、その河の年魚あゆを釣りたまひき。
ほのかにあゆよひを、
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)