鬱金うこん)” の例文
そうかと思うと一人の女は、鬱金うこん手拭てぬぐいで鉢巻をし、赤いたすきを十字に綾取り、銀色の縄で熊を結え、それを曳きながら歩いて行く。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
平次はお萬の部屋の箪笥たんすの中から、隣の部屋でお縫の手を後ろに縛つてあつたといふ、鬱金うこん扱帶しごきと全く同じ品を見付け出したのです。
「探し物というのはお金でしょう、鬱金うこんの財布に入れたお金のことでしょう、それをお前さんは探しておいでなさるんでしょう」
大樹の蔭に淡黄色たんくわうしよくの僧堂と鬱金うこん袈裟けさを巻きつけた跣足はだしの僧、この緑と黄との諧調は同行の画家のカンバスに収められた。(十二月八日)
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
むねを、萌黄もえぎこぼれ、むらさきれて、伊達卷だてまきであらう、一人ひとりは、鬱金うこんの、一人ひとり朱鷺色ときいろの、だらりむすびが、ずらりとなびく。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
壁に垂れた鬱金うこん木綿の三味線胴や、衣紋竹えもんだけにお鳥のぬけ出した不斷着などが見えるのがいやさに、堅く目をつぶつてその目を枕に押し伏せた。
治六はじっと俯向いて聴いていたが、やがて肌に着けていた鬱金うこん木綿の胴巻から三両の金を振り出して亭主の前にならべた。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
と清水粂之助の指さす部屋の一隅には、まぎれもないこけ猿の茶壺が、古びた桐箱にはいり、鬱金うこん風呂敷ふろしきに包まれて——。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私は早速光子の後に廻って鬱金うこん縮緬の扱帯しごきを解き、結いたての唐人髷がこわれぬように襟足の長い頸すじへ手を挿し入れ
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
路用として六円余、また東京へ着して三四ヶ月の分とて三十円、母が縫いて与えられし腹帯と見ゆる鬱金うこん木綿の胴巻に入れて膚にしっかと着けたり。
良夜 (新字新仮名) / 饗庭篁村(著)
風が吹くたびに、空気は揺れて、チューリップの紅と鬱金うこんとのよじれた色が、閃きうねり宙に上昇するように見えた。
唇草 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その川面へ、向こう河岸の横網町の藤堂さまの朱い御門が映り、それが鬱金うこんいろの春日にキラキラ美しく揺れていた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
その下半身を埋めた雑草の緑は見るも鮮かであった。国境の安別で見た女郎花おみなえし風の鬱金うこん色の花もむらがっていた。だが、凄まじい飛沫しぶきのなだれであった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
食卓をへだてて顔を見合せながら、たがいの無事を祝っていると、さっきの男が鬱金うこん色の前掛けタブリエを胸から掛けて、スウプの鉢を持ち出して来た。コン吉は
石菖せきしょうの水鉢を置いた欞子窓れんじまどの下には朱の溜塗ためぬりの鏡台がある。芸者がひろめをする時の手拭の包紙で腰張した壁の上には鬱金うこんの包みを着た三味線が二梃にちょうかけてある。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
けさ着いた停車場ワグザルの建物をすぐ眼のまえに見せて、鬱金うこん木綿の筒っぽのどてらのようなものに尨大な毛の帽子をいただいた支那人の御者が、車輪から車体から座席
踊る地平線:01 踊る地平線 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
生蝋きろう鬱金うこん、朱粉、薬種、牛馬、雑紙等も、一手に委任するから、力を貸してくれと、頼み込んだ。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
桐箱とひとしくキチンとすわって、鬱金うこんのきれで鼈甲脚べっこうあしをふいていた新助しんすけは、のれんのすそから見える往来へ、色の小白いよい男にしては、ちょッとけんのある目を送って
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど晴れていたので、樺太の晩秋のが、高緯度の土地に特有な景色を鮮かに描き出していた。草原の草は既に土黄色どおうしょくに枯れ、陽の当った所は鬱金うこん色に光っていた。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それにあんな派手な花模様のズボンを穿いたり、鬱金うこんの南京繻子で出来たフロックコートを著てゐる人間は、あの男のほかには一人もゐないから、すぐに見分けがつく。
視線の先は駅の入口で、そこには乳呑子を背負った二人の中年のおかみさんが、必死の面持で通行人をつかまえては、鬱金うこん木綿に赤糸で千人針をたのんでいるのであった。
築地河岸 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それを聞いた叔父さんも下座敷したざしきへ来て、チョイ/\外出よそゆきに着て行かれるやうな女物を見せて貰つた。番頭は糸織の反物、鬱金うこんの布に巻いた帯地などをみんなの前に取出した。
出発 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
うぬ等は猫間ねこまの落人だらう、ふざけた真似をしやがるなと云つて、二人の衣類を剥ぐ。わん平は剥身絞むきみしぼりの襦袢と鬱金うこん木綿の越中褌とになり、おだるは例の長襦袢一つになる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それから抱えていたはこひざの上に置いた。さしわたし五寸ばかりの円い螺鈿らでんの筐で、紫の丸紐まるひもが打ってある。女は紐を解き、蓋をあけて、中から鬱金うこん木綿に包んだ物をとりだした。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ふん、あいつはあの首に鬱金うこんを巻きつけた旭川あさひかはの兵隊上りだな、騎兵だから射的はまづい、それだから大丈夫れ弾丸は来ない、といふのは変な理窟りくつだ。けれどもしんとしてゐる。
柳沢 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
揃ひの浴衣をきた町内の若い者からやつと足の運べる子供までが向ふ鉢巻にかひがひしく鬱金うこんの麻襷をかけ——私はあの鈴だのおきあがり小法師こぼしだのをつけた麻襷が大好きである。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
よく見るとおまるちゃんだった。赤いはだぬぎで、おんなじように鉢巻きをしていた。それをとりまく男女の一群は、みんな片はだぬぎで、赤や鬱金うこんの木綿の鉢巻きをしてはしゃいでいた。
川水牛角なきをあやしみ訳を聞いて貰い泣きしてその水からくなる、杜鵑ほととぎす来り訳を聞き悲しみの余り眼をつぶし商店に止まって哭き、店主貰い泣きして失心す、ところへ王の婢来り鬱金うこんを求めると胡椒
秋まつり鬱金うこんの帯しを鳴らし信田の森を練るは誰が子ぞ
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
姫向日葵ひめひまはり鬱金うこんの花のさきだけが見え
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
と、うなずいた作爺さん、さっと押入れをあけて鬱金うこんの風呂敷に包んだ例の茶壺の木箱をとりだし、四人の前におきました。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この可愛らしい十八娘が、自分の鬱金うこん扱帶しごきを持出して、年上の從姉を縛つて殺すなどといふことは、どう折合つても考へられないことでした。
屋台のまがきに、藤、菖蒲あやめ牡丹ぼたんの造り花は飾ったが、その紅紫の色を奪って目立ったのは、膚脱はだぬぎより、帯の萌葱もえぎと、伊達巻の鬱金うこん縮緬ちりめんで。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、娘は鬱金うこんの風呂敷をほどいて、中から岩井杜若いわいとじゃくの似顔畫のたとうに包まれた女羽織と、一通の手紙とを取り出した。
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
刳袴くくりばかま袖無そでなしを着、鬱金うこんの頭巾を冠っている。他でもない猿若さるわかである。悪人には悪人の交際まじわりがあり、人買の一味と香具師の一味とは、以前まえから交際を結んでいた。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
行って見ると、瑛子は南に向った八畳いっぱいに鬱金うこんだの、唐草だのの風呂敷づつみをとりひろげた中に坐りこんでいる。しかも、もう永いことそうやっていた模様である。
雑沓 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しかしながら、こうして部署を定め、旗幟はたのぼりを割振ったところで、いずれも同じような赤と白とのほかに、鬱金うこんだの、浅黄だの、正一位稲荷だの、八雲明神だのばかりでは困る。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
横風なことをいいながら、鬱金うこんの布に包んだ丸味のあるものを、脇間の床の上に置いた。
春の山 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
桜には上野の秋色桜しゅうしきざくら平川天神ひらかわてんじん鬱金うこんさくら、麻布笄町長谷寺こうがいちょうちょうこくじ右衛門桜うえもんざくら、青山梅窓院ばいそういん拾桜ひろいざくら、また今日はありやなしや知らねど名所絵にて名高き渋谷の金王桜こんのうざくら柏木かしわぎの右衛門桜
手ぬぐいを首に巻きつけて行くもののあとには、火の用心の腰巾着こしぎんちゃくをぶらさげたものが続く。あるいは鬱金うこん浅黄あさぎ襦袢じゅばん一枚になり、あるいはちょんまげに向こう鉢巻はちまきという姿である。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
常盤ときわ樹林の黒ずんだ重苦しい樹帯の層の隙間すきまから梅の新枝がこずえを高く伸び上らせ、鬱金うこん色の髪のやうにそれらを風が吹き乱した。野には青麦が一面によろ/\と揮発性のほのおを立てゝゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
そのめざましい鬱金うこんはあの待宵まつよいの花の色、いつぞや妹と植えたらば夜昼の境にまどろむ黄昏の女神の夢のようにほのぼのと咲いた。この紫は螢草ほたるぐさ、螢が好きな草ゆえに私も好きな草である。
折紙 (新字新仮名) / 中勘助(著)
撲殺人の粗末な宿所、その外の砂地に散乱した白い獣骨、鬱金うこん色の岩菊。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
鬱金うこん木綿の財布を、七瀬の前へ置いて、部屋の隅へ小さく腰をかけた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
あゐ鬱金うこんに染まるつめ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
平次は何時どこから持つて來たか、二尺ばかりの鬱金うこんの布を疊んだのを出して見せました。おびたゞしく血が附いてをります。
櫛巻くしまきの髪に柔かなつやを見せて、せなに、ごつ/\した矢張やっぱ鬱金うこんの裏のついた、古い胴服ちゃんちゃんこを着て、身に夜寒よさむしのいで居たが、其の美人の身にいたれば
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
現にぎっしり詰った鬱金うこん木綿の財布の紐を首から下げて死んでいるのでも目的あて鳥目ちょうもくでないことは知れる。
「赤い手甲てこうに赤い脚絆きゃはんに、長い振り袖に鬱金うこん襷姿たすきすがたのほうが縹緻よりも、もっともっと結構だと」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのめざましい鬱金うこんはあの待宵まつよいの花の色、いつぞや妹と植えたらば夜昼の境にまどろむ黄昏たそがれの女神の夢のようにほのぼのと咲いた。この紫は蛍草ほたるぐさ、蛍が好きな草ゆえに私も好きな草である。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)