こぼ)” の例文
新字:
どうかすると女は読み掛けた本の上に俯伏うつぶしになって居眠りをしている。額からほつれてこぼれ掛かった髪が、本の上に渦を巻いている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
うしたい。源「ハツ/\。金「おゝ/\お湯もなにこぼれて大変たいへんだ。源「ド何卒どうぞお湯をもう一杯下さい。金「サおあがり。源「へい有難ありがたう。 ...
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
その細君の笑つて涙をこぼす様子が如何にも可哀らしかつたので、己は我慢が出来なくなつて、細君の小さい手を握つて、手の甲に接吻した。
車道と人道の境界さかいに垂れたる幾株の柳は、今や夢より醒めたらんように、吹くともなき風にゆらぎめて、凉しき暁の露をほろほろと、こぼせば
銀座の朝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
叔父なればとて常不断よくも貴様の無理を忍んで居る事ぞと見る人は皆、歯切はぎしりを貴様にんで涙をお辰にこぼすは、しゅうと凍飯こおりめし食わするような冷い心の嫁も
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お別れにお互に涙をこぼしたことは、まだ覚えていらっしゃって。お互に口に出さないつらさを感じましたわね。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
ブランは涙をこぼしてゐる。「さうさな。もう己はおしまひだ。どうせ己は島から外へ出る事は出来ない。己は年が寄つた。もう生きてゐる事は出来ない。」
どうかするとペエテルの腰を掛けてゐた跡に、娘の手からこぼれ落ちた草花が二三本落ちてゐることがある。
老人 (新字旧仮名) / ライネル・マリア・リルケ(著)
路傍には、萩が咲き、葛の廣葉が風にひるがへる間から、紅紫の花がこぼれる。落葉松の密林、白樺の疎林、杉が處々に孤立してゐて、下の谿間を見おろしてゐる。
霧の旅 (旧字旧仮名) / 吉江喬松(著)
月明りに透かしてその針の止まつてゐる所を見て、わたくしは涙をばら/\とこぼして、その時計を海に投げ込んでしまひました。時計は七時に止まつてゐました。
うづしほ (新字旧仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
たすける事も出來できぬとは兄といはるゝ甲斐もなくくやし涙がこぼるゝと手をこまぬけば弟の十兵衞は眞實しんじつぞと思へばいとゞ氣のどくさに兄樣あにさんまでに御心配下されますな御心切を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
一輪の深い濃い殷紅色の大きな花は既に半ば崩れて三四片鉢の上にこぼれ、鉢に餘つたのが二三片更に床の上に飜れてゐる。雄蕋も亦半ば摧けて黄い花粉が散亂してゐる。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
着物も羽織もくすんだ色の銘撰めいせんであるが、長い袖の八口やつくちから緋縮緬ひぢりめん襦袢じゅばんの袖がこぼれ出ている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
足溜りなくける機會はずみに手の物を取落して、一枚はづれし溝板のひまよりざら/\とこぼれ入れば、下は行水きたなき溝泥なり、幾度も覗いては見たれど是れをば何として拾はれませう
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
喬木はしんしんと両岸に立ちふさがって、空を狭くしているが、木の幹がまだらに明るくなるので、晴れてるのだとおもう、どうかすると梢の頭から、水がこぼれたように、ちらりと光って
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
珈琲店キヤツフエに夜かしをして帰つて寝巻に着へようとする度、襯衣しやつの下から迄コンフエツチがほろほろとこぼれて部屋中に五しきの花を降らせた。しか巴里パリイで第一にさかんな祭は三月のミカレエムだと云ふ。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
卷々まきまきの祕密の文字のこぼれ散る、——
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
己はにがい涙をこぼして泣きたくなる。
さざめきりしこぼ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
そうして寝台ねだいの側へ椅子を持って行って病人の手をつかまえて涙をこぼした。その涙は、もう側にいる男の事を考えなくなっても止まらなかった。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
大路おおじの砂は見る見る乾きてあさ露をこぼし尽したる路傍みちばたの柳は、修羅の巷の戦を見るに堪えざらんように、再び万丈の塵を浴びて枝も葉も力なげに垂れたり。
銀座の朝 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
取落せり其の財布の中には命にも替難かへがたき金廿兩入置たれば若何方どなた御拾おひろひ成れし御方あらば何卒御渡し下されよとほろ/\涙をこぼしながら申しける故在合ありあふ人々きよう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
みな白錦しろにしき御旗みはたでございます。つるぎやうなものもいくらもまゐりました。うち御車みくるま曳出ひきだしてまゐりまするを見ますると、みな京都きやうとの人は柏手かしはでを打ちながら涙をこぼしてりました。
牛車 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
蘭軒は一々証拠を挙げて論じてゐるが、わたくしは此に蘭軒が鮑本香薷散かうじゆさんくだりを論ずる一節を抄出する。「香薷散犬がこぼして雲の峰。」これは世俗の知る所の薬名だからである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
噫悪かつた、逸り過ぎた間違つた事をした、親方に頭を下げさするやうな事をした歟あゝ済まないと、自分の身体みうちの痛いのより後悔にぼろ/\涙をこぼして居る愍然ふびんさは、何と可愛い奴では無い歟
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
巣を喰ってもいるし、運搬は不便だし、一向引き合わぬと愚痴をこぼしながら、ドシドシおのを入れさせる、その伐木を何に使用するかと問えば、薪材にして、つぶすよりほか、致し方ないと言っている。
上高地風景保護論 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
兎に角こぼさないように願います。
庭にあるほどの草も木もしずかに眠って、葉末はずえこぼるる夜露の音もきこえるばかり、いかにも閑静しずかな夜であった。
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「あなたのいきていらっしゃる最後の一秒まで、わたくしはお側を離れません。あなたの唇かられる溜息ためいきや、あなたのまつげからこぼれる涙を、わたくしの唇で受けて上げます。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
笛を切つたら、すぐ死ねるだらうと思つたが息がそこから漏れるだけで死ねない。深く/\と思つて、力一ぱい押し込むと、横へすべつてしまつた。こぼれはしなかつたやうだ。
高瀬舟 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
駄目だから止せてえと、御処刑を受けても殺されても、おらア死んだ両親の恨みを晴らさねえば子の道が済まぬと云うのを聞いて、私は隣座敷で胸が一杯になって涙をこぼしながら聞いて居やした
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
つけよきやうにしてくれられんと男泣をとこなきに泣ながら氣のどくさうに言けるにぞ女房にようばうのおやすうらめしげにをつと十兵衞の顏を見つゝ餘りの事になみだこぼさずたゞ俯向うつむいて居たりける茲に十兵衞夫婦がなかに二人の娘ありあね
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
底は髪の毛一筋も見え透く雪解水ゆきげのみずであるが、へききわまって何でもこの色で消化してしまう、水底の石は槍ヶ岳の刃のこぼれた石英斑岩、蝶ヶ岳から押し流された葉片状の雲母片麻岩、石そのものが
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
池袋もあてにはならぬと愚痴をこぼしていると、それから二日経ち、三日経つ中に、石は次第に数が減って、五六日の後には一個も降らぬようになったのも不思議
池袋の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
笛を切つたら、すぐ死ねるだらうと思つたが息がそこから漏れるだけで死ねない。深く/\と思つて、力一ぱい押し込むと、横へすべつてしまつた。刃はこぼれはしなかつたやうだ。
高瀬舟 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
去年のこぼれ種が生えたりする度に、それをあちこちに植ゑ替へるに過ぎない。
田楽豆腐 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
金剛石こんごうせきの露こぼるるあだし貴人の服のおもげなるをあざむきぬ。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)