間際まぎわ)” の例文
雅楽所を出る時は、それがほんのつけたりになってしまった。自分はいよいよ彼に別れる間際まぎわになって、始めてかどすみに立った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
めいめいがもう帰る間際まぎわであったらしく洗った道具を携えていた。そして何かがやがやいっていたが、その中から一人の僧が出て来て
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし彼は、その間際まぎわになっても、ピシアスは決してうそをついたのではない、ただ、やむをえない事情でおくれたのだと信じていました。
デイモンとピシアス (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
とにかく、幕府はすぐ瓦解してしまい、明治政府は成立間際まぎわの事なので、この戦争についても、戦記の正確なものが乏しいのは、遺憾である。
鳥羽伏見の戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ところが脱稿の間際まぎわになって、僕はすっかり、力が弱り堅い思索に耐えないほど、気力のない弱々しい人間になってしまった。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
盃をする間際まぎわに、近所の飲み屋で酒をあおっていたのも、みんな揶揄からかっていたように、きまりの悪いせいばかりとも思えなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
我々の名づけて民間伝承というものの中には、今ちょうどそういう消滅の間際まぎわにあるものが多い。各地比較の殊に大切な時期といってよい。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
今度の初午の芝居を丁度幸いに、日蔭ちょうから出来合いの刀を買って来て、幕のあく間際まぎわにそっと掏りかえて置くと、それがうまく行って……。
勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
バッハはもちろん敵に背後うしろを見せなかったが、挑戦者なるマルシャンの方が、いざという間際まぎわになって臆病風おくびょうかぜに誘われて姿を隠してしまった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
折角卒業の間際まぎわまで漕付けながらはかまを脱ぐ如く暢気のんきに学校をめてしまい、シカモ罷めてしまって後に何をする見当もなく
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
さてまた、弦月丸げんげつまる沈沒ちんぼつ間際まぎわに、船長せんちやうをはじめ船員せんゐん一同いちどう醜態しゆうたいは、ひとおどろいからざるなく、短氣たんき武村兵曹たけむらへいそうひからして
その悔改くいあらためと受洗間際まぎわの感動とで震えているような髪を、霊によって救われたという肉を、あたかも一の黙示に接するかのようにして眺めていた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
月日は四年を過ぎて、昭和二年の春お妾さんが丹毒たんどくで死のうという間際まぎわに至っても、その生死は依然として不明であった。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
審議にのぼっていた時に、清子さんと蒲原房枝とをめぐる事件の、世評がやかましくなったので、ほとんど通過する間際まぎわになって否定されたということだ。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
クラリモンドが死んで、永遠にわたしから離れる間際まぎわになって、わたしが再び彼女に逢うことが出来たという不思議な運命について、わたしは考えました。
いつぞや大菩薩峠の上で生胴いきどうためしてその切味きれあじに覚えのある武蔵太郎安国のきたえた業物わざものを横たえて、門弟下男ら都合つごう三人を引きつれて、いざ出立しゅったつ間際まぎわ
ちょうど第二回の競技会の開催される間際まぎわつかりました。確か、二十一年の十一月であったと覚えます。
その時静子の語った、彼女の身の上をごく簡単に記すと、彼女の郷里は静岡しずおかであったが、そこで彼女は女学校を卒業するという間際まぎわまで、至極しごく幸福に育った。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
死ぬる間際まぎわまで女難を戒しめ、どうか早く立身してくれ、草葉の蔭から祈っているぞと言って死にました。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
大時計を見ると、今発車という間際まぎわだった。仏はおどろいて、アンをかかえるようにして十三号車に飛びのった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
出発の間際まぎわの変事 するとその帰って来た夜です。これまで全く頼みにして居ったカルカッタ行きのシナ人について、全く変ったところの一事件が起って来た。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ようやく出立の間際まぎわに駅頭へけつけ、混雑に紛れて義兄にも姉にも簡単な挨拶をしただけであったが、帰りしなに、プラットフォームから改札口へ歩いて行く途中で
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「くりかえすものか、同じ苦痛を! ない方がいい、ない方がいい。今ばっかりだ! 死の間際まぎわの」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は本当は、引越し間際まぎわになって、伊豆へ来るのが、どうしても、なんとしても、いやになってしまったの。西片町のあのお家に、一日でも半日でも永くいたかったの。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
女は嘉十郎妻お高、と言うよりはお茶漬音頭で先刻馴染の狂女お艶、足拵えも厳重に今や二人は高飛びの間際まぎわであった。五百両はそっくりそのまま久兵衛の手に返った。
いざっという間際まぎわになると、おさんは夢中で男の名を呼びはじめる、おれの知らねえ男の名をだ、——それを聞くと、とたんにおれは、からだぜんたいが凍っちまうように思った
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一一分解して現す必要が何処にあるか、とあれに書いてあったね。一応もっともに聞えるよ。しかしあの理窟に服従すると、人間は皆死ぬ間際まぎわまで待たなければ何も書けなくなるよ。
五分もすきのない名探偵の威嚇力と、絶対に逃れみちのない共犯者の脅迫力とを同時にあらわしつつ、あらゆる犯罪に共通した唯一、絶対の弱点となって、最後の息を引取る間際まぎわまで
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
真黄まっきに咲いた日廻草ひまわりそうは、脊高く延びて、朝日が、まだ東の空をほんのりと染めた間際まぎわに東を向いて開いたかと思うと、日が漸々ずんずん上って、南へ南へと廻る時分には、この大きな黄色の花輪は
(新字新仮名) / 小川未明(著)
停車場ステエションを、もう汽車が出ようとする間際まぎわだったと言うのである。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところがいよいよ子爵夫人の格式をおさずけになるという間際まぎわ
忘れ形見 (新字新仮名) / 若松賤子(著)
それに私の論じたその時の題目が、若い聴衆の誤解を招きやすい内容を含んでいたので、私は演壇を下りる間際まぎわにこう云った。——
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いざとなる間際まぎわの日に、必ず、堂上二十七家のうちから、グラつきだす者が出て、禁門お味方と称する西国大名も、素早く旗色を引っこめる。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくし武村兵曹たけむらへいそうとは今迄いまゝで喜悦よろこび何處どこへやら、驚愕おどろき憂慮うれひとのために、まつた顏色がんしよくうしなつた。今一息いまひといきといふ間際まぎわになつて、この異變ゐへん何事なにごとであらう。
其処そこ白金プラチナの時計のことが、書いてあるでしょう。お兄さんは、死なれる間際まぎわに、その時計を返してれと云われたのです。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
病気のためにも病床の慰みにもまた死後のはかりごとの足しにもならないこういう高価の大辞典を瀕死の間際まぎわに買うというは世間に余り聞かないはなし
もう一年で卒業という間際まぎわに父に死なれた。とても学校などへ行ってはいられない。祖母は父の弟の方へ引取られたが、家には母がある。弟がある。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
まだ出発間際まぎわまでにはいくらかの時間があった。かねて岸本はこの都を去る前に、一番しまいにもう一度見て行きたいと思うほど好きな薔薇園ばらえんがあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ストラウスの楽劇サロメが演奏間際まぎわになって突然米国風の輿論のために禁止となった事などはその一例でしょう。
亜米利加の思出 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
死ぬ間際まぎわにも、おちょうがつれに来たって、譫言うわごとを言っていたらしいから、父さんも姐さんにはれていたんだから、まんざら放蕩親爺ほうとうおやじでもなかったわけね。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
目的を達して怱々そうそう引き揚げようとする間際まぎわに、それまで観客席の何処かに潜んでいた奥畑に抑えられたと云う訳であろう、奥畑はいつから入場していたのか分らないが
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
目的のムーア彗星に到着する間際まぎわになって、アシビキ号は、ようやく本隊と合体することが出来た。
大宇宙遠征隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
酔っているのじゃありませんか、仮令悪人にもせよ、死の間際まぎわに書き残したあの告白が、出鱈目だなんてあり得ないことです。君こそ出鱈目を云っているとしか考えられませんね。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もう十年もそれ以上も、昔の話でございますけど、あれが卒業間際まぎわに死んだ時には、帝大の先生やら学生さんやら、たくさんの人からおくやみ状をいただき、また、こんな片田舎にまで
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ちょうど私の製作を終ろうという間際まぎわにそれがっ附かったのです。
代助はただ難有ありがとうと答えただけであった。いよいよ汽車の出る間際まぎわに、梅子はわざと、窓際に近寄って、とくに令嬢の名を呼んで
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
七日や八日の急稽古をして、不覚な怪我けがでもいたしたなら、却って大なる不忠ではないか。総じて、間際まぎわと相成っては、はや稽古の日ではない。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
就いては自分の屋敷を他人ひとに譲り、そのほかの家財なども売り払って百両ほどの金をこしらえ、いよいよ二十八日には江戸を立つという間際まぎわになって
半七捕物帳:51 大森の鶏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
到頭岸本は何事なんにびずじまいに、ただその心を行為おこないに表すだけのことに止めて、別れ行くあによめを見送ろうとするような自分をその引越間際まぎわの混雑の中に見つけた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
前に出ている薄暗い春日燈籠かすがどうろうや門燈もスウィッチを切られ、町は防空演習の晩さながらの暗さとなり、十一時になるとその間際まぎわの一ト時のあわただしさに引き換え
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)