ひま)” の例文
旅行をする折にも手がこはばるとけないからといつて、ピアノを汽車のなかに担ぎ込んで、ひまさへあれば鍵盤キイを打つてゐる人である。
第七 人間山はひまのときには、朕の労役者の手助をして、公園その他帝室用建物の外壁に大きな石を運搬するのを手伝わねばならぬ。
『あいつめ、浪人以来、ひまに体を持ちあつかって、この夏は、法帖を出して、毎日夏書げがきをして居るのでござるよ、手習いをな。はははは』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夕食前のひまつぶしに読んでいた小説を、太鼓腹の上に伏せて、片手で美事な禿げ頭をツルリと撫で上げながら、大きな欠伸あくびを一つした。
霊感! (新字新仮名) / 夢野久作(著)
唯これだけならば別にお話の種にもならないのですが、その晩は宿屋もひまだったと見えて、女中ふたりが座敷へ来て酒の酌をする。
半七捕物帳:68 二人女房 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
女給達は、ひまなもので、四五人も私達のそばに来てゐた。そして、てんでに流行歌を、外は風や雨なので、大きい声で唄つてゐた。
亡弟 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
文学志望ではやくから私の家に出入していた。沼南が外遊してからは書生の雑用がひまになったからといって、殊にシゲシゲと遊びに来た。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
仰付おほせつけられけるにぞ徳太郎君をも江戸見物えどけんぶつの爲に同道どうだうなし麹町なる上屋敷かみやしき住着すみつけたり徳太郎君は役儀もなければ平生ふだんひまに任せ草履取ざうりとり一人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
別にこれという意味はなかったのだけれど、恰度ちょうどその方向が、帰りみちになっていたせいもあり、又、彼の「ひま」がそうさせたのだ。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
傳「そうです、変な言葉の奴ばかりいますから貴方あなたのような方に逢うと気丈夫でげす、ひまで遊んで居りますから何時いつでも参ります」
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「今日こそは今日こそは、と、婆さんと二人で、そなたのひまをねろうていたのよ、今こそその折をつかまえたと云うものじゃ——」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そのうちひまを得てすっかり書きなおそうといく度か考えたことがある。しかしそういう閑を見いださないうちに著者はまた東京へ帰った。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「僕は大丈夫だ、ほんとうに嫌ひだ、あゝいふ処は。周子も何もない。全く嫌ひなんだ。馬鹿な……チエツ! そんなひまがあるもんか。」
熱海へ (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
要するに真剣にはたらいたあとの一服が一番うまいということになるらしい。ひまで退屈してのむ煙草の味はやはり空虚なような気がする。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
商売の方がすっかりひまになって来た壮太郎は、またまちの方へ出て行って、遊人仲間の群へ入って、勝負事に頭を浸している日が多かった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
もし今後こんご中央公論ちゅうおうこうろん編輯へんしゅうたれかにゆずってひまときるとしたら、それらの追憶録ついおくろくかれると非常ひじょう面白おもしろいとおもっていました。
夏目先生と滝田さん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
夜は一時か二時に寝、朝は朝で女中よりも先に起き出る幾は、昼間のひまな時刻にはごろりと居間の暗い片隅で横になり、直ぐにいびきを立てた。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
半蔵はそれを機会に、往復数日のわずかなひまを見つけて、医薬の神として知られた御嶽の神の前に自分を持って行こうとした。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それから藁葺きの屋根が小山のやうに高い母家おもやとに取り圍まれたこの眞四角な廣場が、百姓のひまな此頃はガランとしてゐた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
意味なんか聞くひまもなし、答える閑もなし、調べるのは大馬鹿となってるんだから至極しごく簡単でかつ全く実際的なものである。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こつちの方は悪くいつても二日か三日のひまをつぶしただけの損で、なに、それだつて、くだらぬ寄席で欠伸あくびするよりましなぐらゐのものである。
盗まれた手紙の話 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
とにかくに是にって、且つ糯米の利用によって、しとぎで物の姿を作る必要は半減した。従うてまた手杵と舂女つきめとはまったくひまになったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ひまな連中で、意志もなく、目的もなく、存在の理由をも有せず、勉強の机を恐れ、自分一人になるのを恐れ、肱掛椅子ひじかけいすにいつまでもすわり込み
この人も良い人であったけれども小普請いりになって、小普請になってみればひまなものですから、御用は殆どないので、つりを楽みにしておりました。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ひまにまかせて自分の一代記を書いてみているところだ、今は先祖の巻を書き終えて、次は父の巻にうつろうとしているところだ、第三冊が母の巻
一首の意は、今日は御所に仕え申す人達も、おひまであろうか、梅花を揷頭かざしにして、此処の野に集っていられる、というので、長閑のどかな光景の歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
ひまある身なれば、宮は月々生家さとなる両親を見舞ひ、母も同じほどひ音づるるをば、此上無こよなき隠居の保養と為るなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私はこの塀を見て実に喫驚びっくりした。もちろん前にも見ない事はないけれどもその日は殊に閑暇で心も自からひまでしたからそういう事にもよく気が付く。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それはこの頃のように段々忙しくなって来ては、どうにも油絵など描いているひまはなくなってしまったからである。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
水仙の鉢を置いてそれを見て楽しむというのも畢竟ひっきょうひまがあっての上の事で、多忙となるとなかなかそういう悠長なことに時間をつぶしているひまがない
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
前に言ったとおり、彼女はかつて祈祷きとうの何たるやを知らず、またかつて教会堂に足をふみ入れたこともなかった。「どうしてそんなひまがあるものか、」
丁度父がひまになって独りでいました時、私が小走りに庭を通りますと、『お前は詩経を学んだか。』と申します。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
と松本さんもデスクから頭をもたげなければならない。うっかりしていると叱られる。社長は尚おひまを見て昔話をする。
ガラマサどん (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
私は身仕度をして立ちあがる、駅長殿ものそのそあとから山を下りる、発車は午後二時四十分、それまでひまそうな駅長室に、煙草をふかしながら座りこむ。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
この頃はひまだからと、早速がりを食ってやっこさん行処ゆきどころなし、飲んだ揚句なり、その晩はとうとうお宮の縁の下に寝ましたッさ。この真似もまた宜しくねえてね。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは彼の女の物思ひであつた。彼の女は今歩きながら考へふけつて居る、暑さを身に感じるひまもないほど。
「すっかりお見それして居りましたの……こんどおひまでしたら、宅へもお遊びにいらしって下さいませ」
聖家族 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
これが手紙やなにかを書きますと、そう考える余裕やひまがないので、すらすらと大概の人は書きます。
ひまな警官が二三人そこへ来て笑いながらいろいろと昨夜の話しをして聞かせた。それによると、何でもまだ十時をちょっと過ぎたばかりぐらいの時刻だったそうだ。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
荻生君はちょうど郵便局がひまなので、同僚にあとを頼んでやってきて、庭にえた草などをむしった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ことに、大した落度おちどがない限り、世襲の禄を保証されて食うに困らない役人などは、自然、ひまに任せて、愚にもつかないことで他人をろうし楽しもうというようになる。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「なあにね、今日は不漁しけで店がひまだから、こんな時でなけりゃゆっくり用足しにも出られないって」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
船の頂辺のボオト・デッキから、船底のCデッキまで、ぼくはひまさえあると、くるくる廻り歩き、あなたの姿を追って、一目遠くからでも見れば、満足だったのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
若手のうちでは、語り手とされていて、師匠から、「春昇しゅんしょう」という芸名まで貰っていた。戸畑にいるときも、若松に移ってからも、ひまさえあれば、稽古を怠らなかった。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
『娘共の料理では、大したこともあるまい。明日は、からだがひまだから一番僕が手をかけて、このすっぽんを割烹して進ぜよう。お腹をすかせて置いて、やってきませんか』
すっぽん (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その日はほんとにひまだった。まだ足が続いてる馴染のお客で、やって来そうな人もなかった。
溺るるもの (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「いやいや、わしは、そんな心のひまはない——場所柄も何も、言っていられぬ破目なのじゃ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
好きなにほひの高い煙草たばこも仕事の間に飲んだ時と、外出そとでの帰りに買つて来て、する事のないひまさに飲むのとは味が違ふ。新しい習慣に従ふことを久しい間の惰性がしばらく拒むらしい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
鎖国でひま多かりしゆえにもあるべけれど、要は到る処神社古くより存立し、斎忌ものいみの制厳重にして、幼少より崇神の念を頭から足の先まで浸潤せることもっともその力多かりしなり。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
昼も夜もどんどん往来してやすむときがありません。ただひま人が定まった生業ももたずに暮らしていたならば、泰山たいざんのようなたくさんのものもたちまち食いつくしてしまうでしょう。