“酔(ゑ)” の例文
旧字:醉
若(もし)やと聞着けし車の音は漸(やうや)く近(ちかづ)きて、益(ますます)轟(とどろ)きて、竟(つひ)に我門(わがかど)に停(とどま)りぬ。宮は疑無(うたがひな)しと思ひて起たんとする時、客はいと酔(ゑ)ひたる声して物言へり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
月(つき)雪(ゆき)花(はな)は魯(おろ)か犬(いぬ)が子(こ)を産(う)んだとては一句(いつく)を作(つく)り猫(ねこ)が肴(さかな)を窃(ぬす)んだとては一杯(いつぱい)を飲(の)み何(なに)かにつけて途方(とはう)もなく嬉(うれ)しがる事おかめが甘酒(あまざけ)に酔(ゑ)ふと仝(おな)じ。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵、三文字屋金平(著)
信一郎は、美しい蜘蛛の精の繰り出す糸にでも、懸つたやうに、話手の美しさに酔(ゑ)ひながら、暫らくは茫然としてゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
午時(ひる)もややかたぶきぬれど、待ちつる人は来らず。西に沈む日に、宿り急ぐ足のせはしげなるを見るにも、外(と)の方(かた)七九のみまもられて心酔(ゑ)へるが如し。
其れ故、毒婦が遺憾なく其の本領を発揮する場合には観客は道義的批判を離れて、全く芸術的快感に酔(ゑ)ひ、毒婦の迫害に遭遇する良民の暗愚遅鈍を嘲笑する。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
召使ひ居候下女は何か可笑しさに耐(た)へぬ如く殆ど酒に酔(ゑ)ひたる人かと見ゆる様子を致居候。
城中必死の覚悟を極め候ことゝて、皆々よろこぶこと限りなく、此処彼処の櫓(やぐら)にて俄かに酒宴の莚(むしろ)を開き祝ひ酒に酔(ゑ)ひ候。かの人質の女どもは、その折いづこへ参り候やらん。
一 大酒のむべからず、たとへ酔(ゑ)はずとも傍目より見て危ふし。且つは五臓の患ひとなる。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お村も少(すこ)しくなる口なるに、其夜(そのよ)は心爽(さわや)ぎ、興(きよう)も亦(また)深かりければ、飲過(のみすご)して太(いた)く酔(ゑ)ひぬ。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
これだけは聊(いささ)か快とするに足る。なほ又次手(ついで)につけ加へれば、北原君は底抜けの酒客(しゆかく)なれども、座さへ酔(ゑ)うて崩(くづ)したるを見ず。纔(わづか)に平生の北原君よりも手軽に正体を露(あらは)すだけなり。
田端人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
自然の和(なご)みのなかに溶け入る黄金の針のやうに微動し戦慄する感受性を開花させないならば、人工香料の平面的な、固定的な、直線的な表情でも、十分に酔(ゑ)ふことが出来るかもしれない。
くさぐさの事を思ひて尽きざるにこよひ吾等は互(かたみ)に酔(ゑ)ひつ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
絶叫の声は拍手(はくしゆ)の間に響けり、満場既に酔(ゑ)ひぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
酔(ゑ)ひ痴(し)れし遊蕩児(たはれを)の縦覧(みまはり)のとりとめもなく。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
楊貴妃(やうきひ)の酔(ゑ)つた目附(めつき)に変つて行(ゆ)く。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
目をうちつぶり、酔(ゑ)ひを味(あじは)ふ。
悲しき玩具 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
酔(ゑ)ふて羽袖(はそで)もひら/\と
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
貫一は生下戸(きげこ)なれば嘗(かつ)て酔(ゑ)ひて帰りし事あらざれば、宮は力無く又坐りつ。時計を見れば早や十一時に垂(なんな)んとす。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
翌日(あくるひ)の午後(ひるすぎ)に又(また)もや宮戸座(みやとざ)の立見(たちみ)に出掛(でか)けた。長吉(ちやうきち)は恋の二人が手を取つて嘆(なげ)く美しい舞台から、昨日(きのふ)始めて経験した云(い)ふべからざる悲哀(ひあい)の美感に酔(ゑ)ひたいと思つたのである。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
稼(かせ)ぐものあれば遊(あそ)ぶ者あり覚(さ)める者あれば酔(ゑ)ふ者あるが即ち世(よ)の実相(じつさう)なれば己(おの)れ一人(ひとり)が勝手(かつて)な出放題(ではうだい)をこねつけて好(い)い子(こ)の顔(かほ)をするは云はふ様(やう)なき歿分暁漢(わからずや)言語同断(ごんごどうだん)といふべし。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵、三文字屋金平(著)
われは唯(た)だ幸ひの中に酔(ゑ)ひしかば。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
子なきがごとく酔(ゑ)へばうたひき
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その膝に覚ゆる一団の微温の為に溶(とろか)されて、彼は唯妙(ただたへ)に香(かうばし)き甘露(かんろ)の夢に酔(ゑ)ひて前後をも知らざるなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
金色(こんじき)に彩(いろど)りたる高き円天井(まるてんじやう)、広き舞台、四方の桟敷(さじき)に輝き渡る燈火の光に酔(ゑ)はんが為めなれば、余は舞姫多く出でゝ喧(かしま)しく流行歌(はやりうた)など歌ふ趣味低きミユーヂカル、コメデーを選び申候。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
額(ぬか)寄せて心酔(ゑ)ひつつ読みし書(ふみ)なれ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
酔(ゑ)ひのあひだにはっきりと浮く
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「あの………。」お糸(いと)は急に思出(おもひだ)して、「小梅(こうめ)の伯父(をぢ)さん、どうなすつて、お酒に酔(ゑ)つて羽子板屋(はごいたや)のお爺(ぢい)さんと喧嘩(けんくわ)したわね。何時(いつ)だつたか。私(わたし)怖(こは)くなツちまツたわ。今夜(こんや)いらツしやればいゝのに。 ...
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
悪酒(あくしゆ)の酔(ゑ)ひにたふるるまでも
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)