退)” の例文
「そんなばかげたことが、世の中にあってたまるものか、お前はおれ、武士がひとたび云いだしたからには、あと退くことはならん」
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そしてその組の者は、みんなで相談して、その「週間」の間に四度だけ、学校が退けるとすぐ、みんなでイナゴとりに行くのでした。
栗ひろひ週間 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
お組の聲はすつかりしをれてをります。お園と張合つて、一寸も退けを取らなかつたお組にしては、それは思ひも寄らぬくじけやうです。
社が退けて家に帰ると、ぼんやりして夜を過ごした。銀座へ出かける目標めあても気乗りもなかった。勿論もちろん、明子はもう誘いに来なかった。
越年 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
本は書棚にしまわずに投げだすし、インキつぼはひっくりかえる。椅子は投げたおすやらで、学校はふだんよりも一時間も早く退けた。
これが、頼朝に気に入られれば入られるほど、忠義立てを見せたがり、義経らには、寵をたのんで自己を事ごとに主張して退かない。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「原稿料じゃ当分のうち間に合いません。稿料不如しかず傘二本か。一本だと寺を退く坊主になるし、三本目には下り松か、遣切やりきれない。」
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「もう何時なんじ」とひながら、枕元まくらもと宗助そうすけ見上みあげた。よひとはちがつてほゝから退いて、洋燈らんぷらされたところが、ことに蒼白あをじろうつつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「お初さん、頼みというのは外でもねえが、おまはんが現に手を出しかけていることから、一ばん綺麗に、身を退いて頂きてえのだ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ここまで深入りして来た以上カンジンカナメの点をったらかしたまま、後へ退く事は、学者としての良心が第一、許さないだろう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこで技手の平岡ひらおかは田川お富に頼んで、お秀の現状ありさまを見届けた上、局を退くとも退かぬとも何とか決めて呉れろと伝言つたえさしたのである。
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
この時分には潮が退き始めていたので、船は錨の周りをぐるぐる動いていた。例の二艘の快艇の方角で微かにおういと呼ぶ声が聞えた。
「己もずうずうしい方じゃ退けを取らねえ積りだけれど、あの女にはかなわねえや、あの洋服で此処へ押し出して来ようてんだから」
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それは、言うまでもないので、大岡越前、さっきからこんなに、口をすっぱくして詫びているんですが、愚楽老人、いっかな退かない
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「まあ、貴君まで、私をいじめていらっしゃるわ。そんなに好きだったら、たとい相手が妹だって、身を退いたりなぞ致しませんわ。」
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
退かして芸者屋を出させ、抱えも二人までおいてやった女を、たとい二年たらずの刑期の間でも、置いて行くのは心残りであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
日米両艦隊の戦闘は、いまや順序を捨て、予測を裏切り、いずれが進むか退くか、にわかに計り知ることの出来ない疑問符号に包まれた。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
予等の外に白耳義ベルジツクの青年詩人が一人先に来合せて居た。翁は自分の椅子を予に与へて暖炉シユミネの横の狭い壁の隅へ身を退いて坐られた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それで、纏のばれんは焼けても、消し口を取ると見込みをつけた以上、一寸も其所をば退かぬといって大層見得なものであった。
退け時の工場の門をあふれる勞働者の波にもまじつた。勞働者のあつまる飯屋の片隅の席にかけて、彼等の話に耳を傾けもした。
第一義の道 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
郵船会社の永田は夕方でなければ会社から退けまいというので、葉子は宿屋に西洋物店のものを呼んで、必要な買い物をする事になった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いて手向かいすれば斬ってしまえと、父からかねて云い付けられているので、長三郎は一寸も退かなかった。彼は迫るように又訊いた。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もう後へは退かれぬようになって、未練なわしの心にもどうぞ死ぬ覚悟がつこうかと、それをたのみにあんな真似まねをしてみたのだ。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
夕方学校から帰ると、伯父さんの先生はもううに役所から退けていて、私の帰りを待兼たように、後から後からと用を吩咐いいつける。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
かねて其の方は頼まれては退かんとは聞いたが、大抵の事柄は…う/\人の為ばかりしても身でも痛めるとくない、母の居るうちは慎めよ
子供じみた彼の顔から血紅が落潮の早さで退いて行くのを明子は見た。それと反対に、彼は屡〻しばしば子供つぽい反抗を彼女に示すやうになつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
これが、ゆっくりと、寛々かんかんと、まるで象がうなずいて、また鼻を退く、そのように、立てた六、七吋ばかりの高さの丸太を、ちょいとやる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
すこしく感ずるところがあって、常磐橋の役所も退くつもりだ。そのことを彼は多吉夫婦に話し、わびしい旅の日を左衛門町に送っていた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その帰路かへりである。静子は小妹いもうと二人を伴れて、宝徳寺路の入口の智恵子の宿を訪ねた。智恵子は、何か気の退ける様子で迎へる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それにも一つこゝを海岸と考へていゝわけは、ごくわづかですけれども、川の水が丁度大きな湖の岸のやうに、寄せたり退いたりしたのです。
イギリス海岸 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
彼は附近の人に恥かしい顔を見られ乍らも、足を退いて謝罪の言葉を繰返さなければならなかった。それでも婦人のいかりは解けそうでなかった。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
「学校はまだすっかり退けてはいないよ」と、幽霊は云った。「友達に置いてけぼりにされた、独りぼっちの子がまだそこに残っているよ。」
ここではじめて、正三は立留り、叢に腰を下ろすのであった。すぐ川下の方には鉄橋があり、水の退いた川には白い砂洲さすが朧に浮上っている。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
机竜之助は抜討ち横なぐりに高部を斬ると共に、当然踏み込んで行くべき二の太刀たちを行かずに、後ろへ退いてその刀を青眼に構えたままです。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これにはんし自分に最善ベストを尽しておらぬものは、何かの時に退けを取りやすい。恥ずかしいが、僕もしばしば自分でこれを経験したことがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「やや、これは困った。ここへおいてゆかれたんでは進退きわまってしまう。進めば族長カボラル退けば山賊チュシナ、……タヌ君、一体どうしたものだろう」
海は遠浅で、干潮のときには平生でも二、三町は底があらわれるし、月の初めと満月の前後には十四、五町も水が退いた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
クリストフは、どんなことが彼の心中に起こってるかを見てとって、自分で身を退きながら彼の選択を容易にしてやった。
「六波羅勢わずか五百騎というか! ……牽制けんせいする手間暇はいらぬ! ……機会は来た、さあ右衛門、退がねをお打ち、さあ退き鉦を! ……」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして水が退くと一緒に、いつの間にかまたもとの位置に帰つてゐる。丁度鳰鳥かいつぶりの浮巣が潮の差引さしひきにつれてあがつたりりたりするやうな工合に……
ある島に一ぴきの椰子蟹がおりました。大変おとなしい蟹で、珊瑚岩さんごいわの穴に住まっておりました。しお退くと、穴の口にお日様の光りがのぞき込みます。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
ひろびろしたトウモロコシ畠をもった多くのほほえむ谷は水の退いた、こういう「恐ろしい深淵」をなしているのだが
そうして四、五杯も詰めこんで腹が充ちて来ると、今日の学校の帰りでの出来事が想い起こされて来た。今日は土曜で学校は午前に退けるのだった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
一番の兄が富豪であるのに、自分が大学の僅かな月給に生活する助手であっても、自分に退けめを感じさせない丈の自立心を持っていると思います。
男女交際より家庭生活へ (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
以て氏郷が危険を物の数ともせずして、自分の身を自分が置くべきとする処に置いた以上は一歩も半歩も退かぬ剛勇の人であることがうかがい知られる。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「もう三十分はいいでしょう。だって、学校が九時に退けて電車が十分かかると九時十分でしょう。それなら、まだ二十五分や三十分はいいですよ」
「おれはあいつにもうじき学校を退かせて、どこか手びろくやっている店へ、見習いにやろうという意見なのだ。」
道化者 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
そのとき、次郎左衛門は、栄之丞の前に手をつかへて、男として一生の頼みには、どうか一ヶ月丈けこの八つ橋を、退かせて自分の手許へ置かせて呉れ。
吉原百人斬り (新字旧仮名) / 正岡容(著)
いつも学校が三時に退けると、此処まで来る時間が二十分ばかりかかる。きっとその時刻になるとやって来るのだ。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
そうでなくても大概退け時には一度丸ビルを通過して東京駅に来るのである。丸ビルの下の十字街が雑踏するのは、正午の食事時とこの退け時である。
丸の内 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)