退すさ)” の例文
捧げて來た茶を、平次の前に進めて、少し退すさつてお辭儀をした折屈みは、すつかり御殿風が身について、この娘の非凡さを思はせます。
蚊帳をうかがうこの姿が透いたら、気絶しないでは済むまいと、思わずよろよろと退すさって、ひっくるまるもすそあやうく、はらりとさばいて廊下へ出た。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
智恵子は、自分がその小川家の者でない事を現す様に、一足後へ退すさつた。その時、かたへの静子の耳の紅くなつてゐる事に気がついた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と言って、頬を抑えて無二無三に後ろへ飛び退すさったのは高部で、ほとんど五間ばかり一息に後ろへ飛びさがって、そこで仰向けに倒れて
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、何者かがすがり寄る気を感じて、三次は足をとめた。その瞬間、一陣の寒さが首筋を撫でた。三次は背後へ飛び退すさった。
けだかい隠者は十字を切ると、聖書を取り上げて、それを繰りひろげたが、はつと色を失つて、後ろへ退すさりながら、聖書を取り落してしまつた。
たゞ撃つばかりに目をまろばしゐたるファールファレルロにむかひ、大いなるをさ曰ひけるは、惡しき鳥よ退すされ 九四—九六
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
だが、蝦蟇の方では別に退すさる程の必要もなかつたので、二足、三足のそのそ前へ這ひ出して来た。主殿頭はそれを見ると
しかし、戸口をまたいだとき、滝人は生暖かい裾風を感じて、思わず飛び退すさった。それは、いつもとわしい、死産の記憶をよみがえらせるからであった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
狂気きちがいわらいする。臙脂屋は聞けども聞かざるが如く、此勢に木沢は少しにじり退すさりつつ、益々毅然きぜんとして愈々いよいよ苦りきり
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
あつさにへぬそばかれ退すさつてまたつた。かれ刃先はさきにぶるのをおもいとまもなく唐鍬たうぐはで、またつて木材もくざいけてたふさうとした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
三左衛門から紙包かみづつみを受けとって仏壇の前へ往き、うやうやしく扉に手をかけて開けたが、何かに驚いてあとへ飛び退すさった。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それだけでも、あっぱれ天下の見世物なるに、この野に死屍しかばねをさらし、なんの面目あって、黄泉のもと、漢皇二十四帝にまみえるつもりであるか。退すされっ、老賊
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
南アルプスの山頂はまた一面に眞白になりながら、いつの間にか彼の窓からずつと後へ退すさつてゐた。
恢復期 (旧字旧仮名) / 堀辰雄(著)
薫の供の人々も皆狩衣かりぎぬ姿などで目にたたぬようにはしているが、やはり貴族に使われている人と見えるのか、はばかって皆馬などを後ろへ退すさらせてかしこまっていた。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
血気の男二人に、突き戻され、押遣おしやられて、強情なお杉も漸次しだいあと退すさったが、やがて口一杯にふくんだ山毛欅ぶなの実を咬みながら、市郎の顔に向ってふッと噴き付けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
王 おお! 片意ママで見にくい怒り奴がそろそろとわしの心の臓を荒しはじめたわ、退すさり居ろう。
胚胎 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
夫人は押入の前から、身を退すさってくれた。村川は、近づいて押入のふすまに手をかけようとした、すると、押入の中が、ひとりでにゴトゴトと動いて、宗三が姿を現わした。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
アッと思う間に、相手は本当に小兎のような素早さで、向うの闇の中に飛び退すさっていた。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
窓はまだあけてはなかったけれど、彼は急いで窓の壁ぎわに退すさりこんで身をかくした。
片足退すさって身構える様子だったが、女中の説明を聞くうち、男の子はすっかり笑顔になって、自分も手伝ってきいきいいう小鳥のような動物を空いた鸚鵡籠おうむかごの中へ首尾よく移した。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
はためきおらび、たちまち悪獣のえさに跳るがごとく突き寄らんとするや、若僧は怪しく叫びて谷に下れる森林の中に身を退すさり、妙念これにつづきて二者の姿見えずなる。若僧の悲鳴。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
ホーイ、ホーイと怒鳴どなる声がする、羚羊は石の転がり方を冷たく見て、一、二尺ずつ退すさりながら、大石の側へ、寄って来る、そこには宗義が先刻から、銃を取り直して待っている
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
赤木屋の手代が切尖の届くところへよろけてくると、それとなくうしろへ身を退すさらせて、三尺ほどの間隔を保ち、つくりつけの人形のように八双に刀をふりかぶったまま、荒い息をついている。
ボニン島物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ハッと彼は飛び退すさった。同時に何物か頭上から、恐ろしい勢いで落ちて来た。それは巨大な鉄槌てっついであった。上の窓から投げた物であった。一歩退き方が遅かったなら、彼は粉砕されたかもしれない。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
伊留満喜三郎 (うかれ男に引かれて二足三足、後へ退すさりながら)
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
そして片手で私を押して、机のところまで私を退すさらせて来た。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
退すされ汝ら無禮もの、厭ふべき者こゝに來て
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
女は、じりじりとうしろに退すさりはじめた。
非情な男 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
點燈てんとう柱柱はしらばしら退すさりゆく。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
と、てのひらひらいて、ぱつ、とす。と一同いちどうはどさ/\とまた退すさつた。吃驚びつくりして泥田どろた片脚かたあしおとしたのもある、……ばちやりとおとして。……
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
と言って、弁慶が七戻ななもどりをするように後ろへ退すさって、肩に担いだ棒を斜めに構えて立ちはだかったのは、奇妙であります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
くるり着物の裾を捲くってしゃがみ込もうとする藤吉から、文字若は、白紙のような顔になって飛び退すさっていた。
南アルプスの山頂はまた一面に真白になりながら、いつの間にか彼の窓からずっと後へ退すさっていた。
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
死骸の玉の肌をもとの通りに包んでやると、平次は少し席を退すさって線香の煙の中にを合せます。
とゞまりて少しく後方うしろ退すされば、續いて來れる者は故をしらねどみなかくなせり 九一—九三
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
新子とは幾度も会ったことのある美沢の母は、愛想よく蒲団から、身を退すさらせて、挨拶した。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
正親 神の御告をあざけるやからは惡魔も同然ぢや。退すされ、すされ。(御幣にて加賀を打つ。)
能因法師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
今宵は夜すがら此御堂の片隅になり趺坐ふざなして、暁天あかつきがたに猶一度誦経しまゐらせて、扨其後香華をも浄水をも供じて罷らめと、西行やがて三拝して御仏の御前を少し退すさ
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
片足退すさつて身構へる様子だつたが、女中の説明を聞くうち、男の子はすつかり笑顔になつて、自分も手伝つてきいきいいふ小鳥のやうな動物を空いた鸚鵡籠おうむかごの中へ首尾よく移した。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
と、男は強い弾機ばねに弾かれた様に、五六歩窓側まどぎはを飛び退すさつた。「呀ツ」と云ふ女の声が聞えて、間もなく火光がパツと消えた。窓を開けようとして、戸外そとの足音に驚いたものらしい。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
民部左衛門は壁ぎわまで飛び退すさって
無惨やな (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「ならん、ならんっ。遠くへ退すされっ」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「己れ、早く退すさらんか。」
こいつがされては百年目、ひょいと立って退すさったげな、うむと呼吸いきを詰めていて、しばらくして、そっと嗅ぐと、ぷんと——貴辺あなた
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手代の春之助は不氣味さうに後ろへ退すさり乍ら、それでも一と通りの説明はしてくれました。
少し飛び退すさって、「こうすればいいの!」少女はきくきく笑いながら逃げ去った。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
臙脂屋早く退すさりし、丹下は其人を仰ぎ見る、其眼を圧するが如くに見て
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
京子は少し不意だったので、ギクリとして、二三歩後へ身を退すさった。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
退すされっ! 曲者くせものっ』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)