退しり)” の例文
しばらく黙然もくねんとして三千代の顔を見てゐるうちに、女のほゝからいろが次第に退しりぞいてつて、普通よりはに付く程蒼白あをしろくなつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
云立いひたて九條家を退しりぞき浪人らうにんして近頃美濃國の山中にかくれ住ければ折節をりふしこの常樂院へ來り近しくまじはる人なり此人奇世きせい豪傑がうけつにて大器量だいきりやうあれば常樂院の天忠和尚も此山内伊賀亮を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
おもひでのれなるに此身このみあるゆゑじようさまのこひかなはずとせばなんとせん退しりぞくはらぬならねど義理ぎりゆゑくと御存ごぞんじにならば御情おなさけぶかき御心おこゝろとしてひともあれわれよくばとおほせらるゝものでなしらでも御弱およわきお生質たちなるに如何いかにつきつめた御覺悟おかくご
五月雨 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
一人ひとりわかそうちながら、むらさき袱紗ふくさいて、なかからした書物しよもつを、うや/\しく卓上たくじやうところた。またその禮拜らいはいして退しりぞくさまた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
得る事大望成就の吉瑞きつずゐなりと云ば天忠は早々御對面ありて主從の契約けいやくあるべしと相談さうだんこゝに一決し天忠はつぎ退しりぞき伊賀亮に申樣只今先生の事を申上しに天一坊樣にも先生の大才だいさい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
彼女が一口拘泥るたびに、津田は一足彼女から退しりぞいた。二口拘泥れば、二足退しりぞいた。拘泥るごとに、津田と彼女の距離はだんだんして行った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
待居たり或日將軍家には御庭おんにはへ成せられ何氣なにげなく植木うゑきなど御覽遊ごらんあそばし御機嫌ごきげんうるはしく見ゆれば近江守は御小姓衆おこしやうしう目配めくばせし其座を退しりぞけ獨り御側おんそば進寄すゝみより聲をひそめて大坂より早打はやうちの次第を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
代助はめししくなかつたので、らないよしを答へて、門野かどのかへす様に、書斎から退しりぞけた。が、二三ぷんたない内に、又手を鳴らして呼びした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
学問は社会へ出るための方便と心得ていたから、社会を一歩退しりぞかなくっては達する事のできない、学者という地位には、余り多くの興味をっていなかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十二時過から御仙は通夜つやをする人のために、わざと置火燵おきごたつこしらえてへやに入れたが、誰もあたるものはなかった。主人夫婦は無理に勧められて寝室へ退しりぞいた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
學問がくもん社會しやくわいるための方便はうべん心得こゝろえてゐたから、社會しやくわいを一退しりぞかなくつてはたつすること出來できない、學者がくしやといふ地位ちゐには、あまおほくの興味きようみつてゐなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ただ機一髪と云う間際まぎわで、煩悶はんもんする。どうする事も出来ぬ心がく。進むのがこわい。退しりぞくのがいやだ。早く事件が発展すればと念じながら、発展するのが不安心である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
細君の父を閑職から引っ張り出して、彼の辞職を余儀なくさせた人は、自分たちの退しりぞく間際に、彼を貴族院議員に推挙して、幾分か彼に対する義理を立てようとした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大勢おほぜいうしろから、のぞき込んだ丈で、三四郎は退しりぞいた。腰掛に倚つてみんなを待ち合はしてゐた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
かえって知らぬがほとけですましていた昔がうらやましくって、今の自分を後悔する場合も少なくはない、私の結論などもあるいはそれに似たものかも知れませんと苦笑して壇を退しりぞいた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
みずから進んで母に旅費を用立ようだった女婿むすめむこは、一歩退しりぞかなければならなかった。彼は比較的遠い距離に立って細君の父を眺めた。しかし彼の眼に漂よう色は冷淡でも無頓着むとんじゃくでもなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
代助ははあと答へて、ちゝへや退しりぞいた。座敷へあにさがしたが見えなかつた。あによめはと尋ねたら、客間きやくまだと下女が教へたので、つて戸をけて見ると、縫子のピヤノの先生がてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「下らない」と自分は一口に退しりぞけた。すると今度は兄が黙った。自分はもとより無言であった。海にりつける落日らくじつの光がしだいに薄くなりつつなお名残なごりの熱を薄赤く遠い彼方あなた棚引たなびかしていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ彼の落ちつき払って曲彔にる重々しい姿を見た。一人の若い僧が立ちながら、むらさき袱紗ふくさを解いて、中から取り出した書物を、うやうやしく卓上に置くところを見た。またその礼拝らいはいして退しりぞくさまを見た。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)