かっ)” の例文
何気なく隣境の空を見上げると高い樹木のこずえに強烈な陽の光が帯のようにまつわりついていて、そこだけがかっと燃えているようだった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ただかっとして、初手のは分らなかった。瞳を凝らして、そのすっと通った鼻筋と、睫毛まつげが黒く下向にそこにたたずんだのを見出みいだした時
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれはかっとなって思わず杖をとり直したが、清治の怖い眼に睨まれてすくんでしまった。藻は知らぬ顔をして悠々とゆき過ぎた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
武芸者気質ぶげいしゃかたぎで、一心斎は竜之助の剛情がかっしゃくに触ったものですから、自身立合おうという。飛んだ物言ものいいになったが、事は面白くなった。
わっしも一時はかっとして、見つけ次第にと恨んでいたが、そうやさしくいう者を、なぶり殺しにするようなことはしますめえ。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は秀岡の顔を見るとかっとなりました。胸の中がたぎるような昂奮に襲われて了ったのです。秀岡もおどろいていたようです。
旅客機事件 (新字新仮名) / 大庭武年(著)
何だかもうかっとなって、夢中で、何だか霧にでも包まれたような心持で、是から先は如何どうなる事やら、方角が分らなくなったから、彷徨うろうろしていると
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ロハ台は依然として、どこの何某なにがしか知らぬ男と知らぬ女で占領されている。秋の日はかっとして夏服の背中を通す。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
光一はお堂の前にでた。そこのさくらの下に千三が立っている。光一はかっとした。かれは野猪のじしのごとく突進した。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
あゝしからん不孝非道な女とかっと致して飛込み、殺す気はなかったが、怒りに乗じ思わず殺す気になったのはわしが殺したのではなく全く天がの悪婦の行いをゆるさず
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お島は頭脳あたまが一時にかっとして来た。女達の姿の動いているあかるいそこいらに、旋風つむじがおこったような気がした。そしてじっとうつむいていると、体がぞくぞくして来て為方しかたがなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは黒いうろこのぎらぎらとしている大きな蛇で、頭を切り放したらしいそのはしの切口から赤い血がしたたって、それが流槽の上に置いたコップの中へたまっていた。登は頭がかっとなった。
雑木林の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この教師は彼の武芸や競技に興味のないことを喜ばなかった。その為に何度も信輔を「お前は女か?」と嘲笑ちょうしょうした。信輔は或時かっとした拍子に、「先生は男ですか?」と反問した。
彼はかっとなった。が、心の底から別の感情が、彼女の言葉に暗示された忌わしい感情が、熱を持って浮び上ってきた。啜り泣きとも憤りともつかないのが、喉元にこみ上げてきた。
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そこで根が律義勇猛のみで、心は狭く分別は足らなかった与一はかっとしたのである。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
かっと顔がほてって、心臓がどきどきした。何となく、女は済まぬような気がした。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
「なんだ。貴様、すりの癖に、生意気な事を云うなっ」と泰雲がかっとなった。
怪異暗闇祭 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
晃々こうこうとしてさし昇る日輪の強い光に、ぼい消されて、空がかっとする、もう仰いでいると、眼のまわりが、ぼやけてしまって、空だか山だか、白金のように混沌として分らない、霞沢岳や八右衛門岳は
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
政吉 (かっとなり、振り払う)何をするんだ。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
嫉妬でかっとなったお篠は呶鳴った。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
経之はかっとして眉をあげた。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
父はかっと怒った。
恭三の父 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
酒を多く飲めば酒乱のきざしがあり、今も飲んだ酒が醒めたというわけではないのですから、主膳はかっと怒り、一時に逆上のぼせあがりました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かっとなった赤熊が、握拳にぎりこぶしかぶるとひとしく、かんてらが飛んで、真暗まっくらに桜草が転げてかえると、続いて、両手で頬を抱えて、爺さんは横倒れ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さなきだに可愛い子の命を不意に奪われて、これも半狂乱のようになっている女房は、亭主に激しく責められて、いよいよかっと逆上したらしい。
と賢ちゃんが言掛けると、仲善なかよしの友の言う事だが、私は何だか急に口惜くやしくなって、かっ急込せきこんで
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
古き五年は夢である。ただしたたる絵筆の勢に、うやむやを貫いてかっと染めつけられた昔の夢は、深く記憶の底にとおって、当時そのかみを裏返す折々にさえあざやかに煮染にじんで見える。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「火のようなご性格だ。ふだんはあたたかでいらっしゃるがかっほのおをおたてになると人をも我をもお焼きになる。……燃えさかっているときには何事もお耳に入るまい」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と云いさま拳固で長二の横面よこつらを殴りつけました。そうでなくッても憎い奴だと思ってる所でございますから、長二はかっいかりまして、打った幸兵衛の手をとらえまして
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
老人は、頭脳あたまかっとなって来ると、この内儀さんの顔へ、物を取って投げ着けなどした。得がたい瀬戸物が、柱に当って砕けたり、大事な持物が、庭の隅へほうり出されたりした。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
寒い冷たい風が酒に火照った頬に当った。門の建物に近づいたところで、怖ろしい物の気配がして一抱位ある火の光がかっと光った。かと思うとそれが末拡がりに監物の顔にかかった。
不動像の行方 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と言って土間へ出たが、振返ると、若いひとは泣いていました。露がきらめく葉を分けて、明石に透いた素膚すはだを焼くか、と鬼百合がかっあかい。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
迷惑がった連中も、実はそれが面白いので、大いにおだてて踊らせたいくらいであるが、神尾主膳はその物騒がしさを聞くとかっと逆上しました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
すると、お常はかっとなって、そんなら私の面晴めんばれに、これから由兵衛の家へ行って、十両の金を取戻して来ると、時雨の降るなかを表へかけ出した。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
中にも恒太郎は長二が余りの無作法にかっいかって、突然いきなり長二のたぶさを掴んで仰向に引倒し、拳骨で長二の頭を五つつ続けさまに打擲ぶんなぐりましたが、少しもこたえない様子で
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
年長の友人が誘っても私が応ぜぬので、調戯からかいに、私は一人で堕落して居るのだろうというような事を言った。恥かしい次第だが、推測通りであったので、私はかっとなった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
拍子ひょうしに胸の血はことごとく頬にす。くれないは云う、かっとしてここにおどり上がると。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
牛の草鞋わらじが飛んで来て、三平の胸にきたないものをつけた。かっとして
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山家やまがの茶屋の店さきへ倒れたが、火のかっと起つた、囲炉裡いろり鉄網てつあみをかけて、亭主、女房、小児こどもまじりに、もちを焼いて居る、此のにおいをかぐと
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
栄之丞もかっとなった。妹に暇をくれるという以上は、やはり我々を疑っていると見える。奇怪至極のことである。いよいよ打っちゃっては置かれないと思った。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
林の茂みにねらいをつけていた金蔵は、このときかっとしてあわや火蓋ひぶたを切ろうとしたのを、あわてて、傍に見ていた鍛冶倉かじくらが押えたのは、時機まだ早しと見たのであろう。
昔のようにかっと激して、すぐ叔母の所へ談判に押し掛ける気色けしきもなければ、今まで自分に対して、世話にならないでも済む人のように、よそよそしく仕向けて来た弟の態度が、急に方向を転じたのを
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
相手が、冷ややかになると、彼女はむしろかっとして
夏虫行燈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
来客らいかくの目覚しさ、それにもこれにも、気臆きおくれがして、思わず花壇の前に立留まると、うなじからつまさきまで、の葉も遮らずかっとして日光した。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わたくしはかっとなってすぐに飛び込もうかと存じましたが、なにぶんにも相手は二人でございますから、何だか気怯きおくれがして、しばらく様子を窺って居りますと
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
これを一読したその時の先生は、よほど短気の先生であって、これを見るとかっとばかりに怒り
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お秀はかっとした。同時に一筋の稲妻いなずまが彼女の頭の中を走った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かっとなった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と二人で見ているうち、夕日のなごりが、出崎のはなから𤏋ぱっと雲を射たが、親仁の額もかっとなれば、線路もさっと赤く染まる。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おかんはかっとなって男の喉をしめた。在所ざいしょ生まれで、ふだんから小力こぢからのある彼女が、半狂乱の力任せに絞めつけたので、孱弱かよわい男はそのままに息がとまってしまった。
半七捕物帳:34 雷獣と蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)