なぞ)” の例文
阿波は由来なぞの国だ。金があって武力が精鋭、そして、秘密を包むに都合のいい国、一朝淡路あわじを足がかりとして大阪をはかり、京へ根を
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
漠然とした恐怖感、なぞめいた危険の暗示、しかも断ちがたい異様な執着。そういったものが、脈絡もなく繰り返してあるだけだった。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして彼はそのなぞを解かんとせず、瘡痍そうい繃帯ほうたいせんとした。万物の恐るべき光景は、彼のうちにやさしき情をますます深からしめた。
それを見ると、彼女の心に深い処からなぞのような不安が上って来た。でふと立ち上って、火鉢の火を何気なく囲炉裡の中に移した。
湖水と彼等 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
わがはじめて入る独逸貴族の城のさまいかならむ。さきに遠く望みし馬上の美人はいかなる人にか。これらも皆解きあへぬなぞなるべし。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
その八五郎が、美しい下女のお菊の動靜を見張つてゐるうち、淺草の日參と、お神籤みくじと、くめ平内へいない樣の格子のなぞを見付けたのです。
そのなぞめいた、甘いような苦いような口元や、その夢の重みを持っているまぶたかざりやが、己に人生というものをどれだけ教えてくれたか。
ヘッケルの『宇宙のなぞ』の翻訳が出て、その一元論が我が国の読書界に紹介されたのが、丁度私たちが高等学校へ入学した頃であった。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
もししからば画の簡単なる割合に趣向は非常に複雑せり。俳句的といはんか、なぞ的といはんか、しかもかくの如き画はまれに見るところ。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
それが分からない以上、なぜ山形警部のたましいが、あの少女にのりうつったのか、それは解けないなぞだった。そして決行の夜が来た。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一つの不可知な魂から形づけられてるその肉体のなぞは、クリストフにとっては、彼女が演じてる脚本以上に人の心を動かすものだった。
絵といい、文字といい、これはお松にとっては容易ならぬなぞとなりました。これを納めた人の心こそ、測りがたいものだと思いました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「どうしたつけ、昨日きのふまめはそんでもたんと收穫れた割合わりえゝだつけが」おつたがなぞのやうにいつても勘次かんじさらにはき/\といはなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
おもむきを如何どういふふういたら、自分じぶんこゝろゆめのやうにざしてなぞくことが出來できるかと、それのみにこゝろられてあるいた。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
頭髪かみの結び方と顔の化粧振りとに対して、余りに扮装なりが粗末なので、全く調和が取れなかった。これでは誰の眼にもなぞで有ろう。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
救世観音の私に与えたなぞは、畢竟ひっきょうその背後に遠く深く漂う歴史の深淵しんえんにひそむのではなかろうか。私には歴史への信仰が欠けていたのだ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
誤ち易きは、人のみち、算盤そろばんの珠。迷ひ易きは、女衒ぜげんの口、恋のみち、なぞ、手品、本郷の西片町、ほれぼれと惚れてだまされたるかなし。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「モナリサの唇には女性にょしょうなぞがある。原始以降この謎を描き得たものはダ ヴィンチだけである。この謎を解き得たものは一人もない。」
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「空を飛ぶ必要はないが、」とまた繰返して言い、「眠りながら歩く、という事は出来ないものかね。」と遠廻とおまわしになぞをかけた。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
尤もフロイド風に分析すれば持って廻った底の方になぞを解くかぎもあろうけれども、ポーズの方が重要なのさ、と思いこんでいたかも知れぬ。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
いた太陽おひさまの夢を見たんだらう。何だかなぞのやうな事を言つてるわね。——さあ/\、お寝室ねまこしらへをして置きませう。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
……遠回しにそっとなぞをかけてみるのよ。(間)ほんとに、いつまでそう、どっちつかずじゃあねえ。……ね、いいでしょう。
何故なぜ、襖ぎはに立つてゐたかがなぞでもあつた。亭主はもういい気持ちになり、鼻水をすゝりながら、東京へ出て一旗あげたい話をしてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
彼はおりを見てこの少年を捜し出し、不思議ななぞを解かなければならないという気になった。それにしても、今はそんな暇はないのである。
二人はちゃんと坐って向い合いそんな押し問答をしばらく繰り返していたが、彼女は黙って考えていたあげく、なぞのように
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
つて、わたしおなじやうでなかつたらうなるんでせう、このなかれがわたしなんでせう!まァ、それはおほきななぞだわ!
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
しかめてみせたりなぞをかけるようにひとりごとをらしたりしてどうせよこうせよとはっきり意志を云い現わすことはなく
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「はて、なぞなぞのようなことは言わぬものじゃ。いかようにすれば頼長は世に頼もしい男とならるるのじゃ。打ち付けに言え、あらわに申せ」
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
宮家経費は、王室費予算中に潤沢な計上を見ているにもかかわらず、何が故に極端な倹約を図っていられるのか、一般に深いなぞとされている。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「ふゝゝゝ。」とおふくろは、くすぐツたいやうに笑出して、「何だか、なぞをかけられてゐるやうですね。」と事もなげにいふ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
絶えず何かに気を配っているところと、底抜けの夢みがちなところがあって、それが彼にとっては一つのなぞのようだった。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
過ぐる年の九月五日の夜、馬籠本陣の土蔵二階であの娘の自害を企てたことは、いまだに村のもののなぞとして残っている。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お庄を傍につけておいて、時々なぞのようなことを言い合っている二人の素振りには、ずうずうしいようなところがあった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
きちちゃんが、去年きょねん芝居しばいんだときだまってとどけておくんなすったお七の衣装いしょう、あたしにろとのなぞでござんしょう」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
彼は、なぞや、難問や、象形文字が好きで、凡人の理解力では超自然とも見えるほどの明敏さで、それらを解き明かす。
ぞべらも、その撞木娘もともに多く美装した娘であるが、これがまたへんに凄い不思議ななぞの味を持っていると思う。
ばけものばなし (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
だがその言葉の意味の中に、何か常識の理解し得ない、或る幽幻な哲理のなぞが、神秘に隠されてゐるやうに思はれた。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
が、時計のなぞを知るためには、——それと同時に瑠璃子夫人の態度の謎を解くためには、ノートを見ることより外に、何の手段も思い浮ばなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「へえ、君がねえ。驚いたもんだな……ハハア、これだね、明智君、さいぜん君がなぞみたいなことを言っていたのは」
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
僕は、可笑おかしくなってひとりで笑った。が、考えてみると、鯨がお腹を上に向けて泳いでいるわけはない。僕は、やっと怪物のなぞを解くことが出来た。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
あの聖堂のなかに何か容易ならぬなぞがひそんでゐるやうな気がしきりにしだして、矢もたてもたまらなくなりました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
印度洋のかの不可思議ふかしぎな色をして千劫せんごう万劫まんごうむ時もなくゆらめくなぞの様な水面すいめん熟々つくづくと見て居れば、引き入れられる様で、吾れ知らず飛び込みたくなる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
いままでは、なぞのようなことばかりで、すっかり戸迷とまどったが、そうとわかると、すこし楽な気持になってきた。
キャラコさん:06 ぬすびと (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
のみならずそのおもざしは、円頂僧衣えんちょうそういの姿に変ってこそおれ、い初いしさ、美しさ、朝程霧の道ではっきり記憶に刻んでおいたあのなぞの娘そっくりでした。
この、不思議な会話を、後日思出したときに、幼いころの、このなぞのようなことばが、やっと解けたのだった。
大杉が果してスパイであった否乎のなぞは大杉自身がかぎを握ってるので、余人の推測は余りアテにならないが
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
なぞの老士得印兼光は、夜泣きの刀の作者関孫六の子孫だったことがわかり、部下の、同じ火事装束の四人はその弟子、六尺ぢかい大男ぞろいの駕籠かきも
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「説明しなくてはならないらしい。あなたがどんななぞのやうな表情をするか私は知らない。私の獨り居にはあなたも這入つてもらふのですよ。わかつた?」
それを聞いて房内にある二、三の、ぼろぼろになった書物の裏表紙などに折れくぎの先か何かで革命歌の一とくさりなどが書きつけてあるなぞが解けたのである。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
此哀れむべき婦人を最後の一滴まで搾取した、三人のごろつき共は、女と共にすっかりなぞになってしまった。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)