蟷螂かまきり)” の例文
病みあがりの蟷螂かまきりのやうなあの痩せこけた老耄おいぼれ親父にうまうまかたられてしまつたぞと、親友を侮辱したのも偽りのない事実であつた。
仕打は蟷螂かまきりのやうな顔のつぽけな俳優やくしやだなと思つた。俳優やくしやはまた蟋蟀こほろぎのやうな色の黒い仕打だなと思つた。仕打はとうと切り出した。
そのあとを、馬鍬にとりついて行く男の上半身シヤツ一枚の蟷螂かまきりみたいな痩せぎすな恰好はたしかに秀治にちがいなかつた。
押しかけ女房 (新字新仮名) / 伊藤永之介(著)
孟坦もうたんという韓福かんふくの一部将はすこぶる猛気の高い勇者だったが、これも関羽のまえに立っては、斧にむかう蟷螂かまきりのようなものにしか見えなかった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「こうれ、うめえものろえまあ」といつてけてると一すんばかりの蟷螂かまきりをのもたげてちよろちよろとあるした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「どうだ、螇蚸ばった蟷螂かまきり、」といいながら、お雪と島野をかわがわる、笑顔でみまわしても豪傑だからにらむがごとし。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一体鶴見には偏好性があって、虫類では蜥蜴が第一、それから守宮やもり蟷螂かまきりという順序である。静岡に住んでいた間は、それらの三者に殊に親しさを感じていた。
蟷螂かまきりや、けら、百足むかで、蜂、蜘蛛等がおびたゞしく居りました。土蜘蛛と申しまして木の根や垣根などに巣の袋をかけて置きましたが、鉱毒地には、只今一切居りませぬ。
政治の破産者・田中正造 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
この蟷螂かまきり少からず神経性だと見える。その利鎌を今度はた振り右と左でくうかえす、そのつかを両膝にしかと立てると、張り肱の、何かピリピリした凄い蟀谷こめかみになる。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
旧七月盆の魂祭の後先あとさきに、盛んに飛びまわる色々の蜻蛉とんぼ、又はホトケノウマなどと称して、稲穂の上を渡りあるく蟷螂かまきりの類、是は先祖様が乗って来られると
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
金博士が、醤に負けないような大きな声を出し、おこった蟷螂かまきりのような恰好かっこうで、拳固げんこで天をつきあげた。
季節は違うけれども、蟷螂かまきりなども花のほとりに身をひそめて、得意の斧を揮うものらしい。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
夏のなかばから秋の始めへかけてやる遊戯としてはもっとも上乗のものだ。その方法を云うとまず庭へ出て、一匹の蟷螂かまきりをさがし出す。時候がいいと一匹や二匹見付け出すのは雑作ぞうさもない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
というので、驚いてみると、膝頭をはすに二寸ばかり斬られていた。そして、籠をおろしてみると、籠の中の朝顔に三寸位もある蟷螂かまきりが止まっていたが、斧も羽根も血だらけになっていた。
堀切橋の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
せぎすな、悪く申しますと、蟷螂かまきりを思わせる様な御仁でございましたが、お商売がら、と申すのでございましょうが、とても、お話がお上手で御座いまして、お弟子さんのお相手にも
かの女の愛には何か相手からいのちの分量を吸取る磁力のようなものがあった。子孫の種を取った後に雌は雄を食ってしまい、それが愛の完成であるあの蟷螂かまきりの精のようなものであった。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
伸子の診察を終って入って来た乙骨おとぼね医師は、五十をよほど越えた老人で、ヒョロリと瘠せこけて蟷螂かまきりのような顔をしているが、ギロギロ光る眼と、一種気骨めいた禿げ方とが印象的である。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一時ひとしきり夏のさかりには影をかくした蝶が再びひら/\ととびめぐる。蟷螂かまきり母指おやゆびほどの大きさになり、人の跫音をきゝつけ、逃るどころか、却て刃向ふやうな姿勢を取るのも、この時節である。
虫の声 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
蟷螂かまきりが蜂をひをるいたましさはじめて見たり佐賀さがの山べに
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
虫類で、彼の嫌いなものは、蛇、蟷螂かまきり蠑螈いもり蛞蝓なめくじ尺蠖しゃくとり
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と広瀬君はもう蟷螂かまきりのような態度になった。
妻の秘密筥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ちょうど巨大な蟷螂かまきりのようだった。
恋愛を知らない蟷螂かまきり
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
「知らねえと思ふ人間ふとに何故聞かつしやるだ。」と百姓は蟷螂かまきりのやうにくれた顔をあげた。「これはあ、索靖さくせいといふえれえ方の書だつぺ。」
「そのくせ、体はもう、蟷螂かまきりみてえに、折ればポキリと折れそうに痩せこけてやがる。気ばかり強いが、馬にでも踏まれたら、それっりだぞ」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤い縮れ毛をふりみだした蟷螂かまきりのやうな痩せこけた女が女王のやうに思ひあがつてゐることは、概念だけでも醜悪だ。
老嫗面 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「へゝえ、畜生奴ちきしよめこんでもおこつてらあ」かね博勞ばくらうはちよいと蟷螂かまきりをつゝいてひときようがつてわらつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
柳のしずくも青い尾をく。ふと行燈に蟷螂かまきりでも留ったとする……まなこをぎょろりと、頬被ほおかぶりで、血染のおのを。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いくら駄弁家の寄合でもそう長くは続かんものと見えて、談話の火の手は大分だいぶ下火になった。吾輩も彼等の変化なき雑談を終日聞かねばならぬ義務もないから、失敬して庭へ蟷螂かまきりを探しに出た。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一時ひとしきり夏のさかりには影をかくした蝶が再びひらひらととびめぐる。蟷螂かまきりが母指ほどの大きさになり、人の跫音あしおとをききつけ、逃るどころか、かえって刃向うような姿勢を取るのも、この時節である。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
痩形の、小柄の、巾着切りか刑事見たいな、眼が迫って険しい、青いしゃっつらの、四十前後の、それは鼻っぱしの恐ろしい番頭君が、蟷螂かまきりさながらの敷居際の構えで、ヤッと片手の利鎌とがまを振り立てた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
蟷螂かまきりめす
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
藪医者といふと、蝸牛かたつむりや、蟷螂かまきりと同じやうに草ぶかい片田舎にばかり住んでゐるやうに思ふ人があるかも知れないが、実際は都にも多いやうだ。
いい捨てると、婆は、怪訝けげんな顔しているその女の歩みを追い越して、跛行びっこ蟷螂かまきりが急ぐように、先へ駈け去ってしまった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その男は痩せて陰惨で蟷螂かまきりのやうに神経質で、そのために丁度日陰の杭のやうに黒ずんでゐたが、其の胴体の一部のやうに大きな折鞄を抱き込んでゐたので
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「そんだつてた、さゝえだにくつゝいてたところからたんだ」與吉よきち蟷螂かまきりいぢりながらいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
既にその時もあれじゃ、植木屋の庭へこの藁草履を入れて掻廻かきまわすと、果せるかな、螇蚸ばった蟷螂かまきり
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
塗りづくゑ今朝ひえびえしペン軸に蟷螂かまきりの眼はたたかれにけり
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
蟷螂かまきり
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
じゃくとして弾音たまおと一つしない。これが戦場かと疑われるほどである。蟷螂かまきりひとつ枯草へすべり落ちた音すらカサリと耳につく。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
キツチナー将軍が首相のアスキスと婦人選挙権と兵役強制法の事を論じてゐると、其処そこへ婦人の訪問客はうもんかくが来て、将軍を調弄からかふ。将軍が蟷螂かまきりのやうにむつとした顔をして
さうしたら——(この痩せた、蟷螂かまきりのやうな老婦人はいつたい何を思ひつくのだ!)
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
お秋さんは餘計にはいはぬ。何處までもうとましいのである。唯かういふことがあるのだ。此山蔭では蛙を「あんご」といふことや、蟷螂かまきりを「けんだんぼう」といふのだといふことやである。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
雨落あまおち敷詰しきつめたこいしにはこけえて、蛞蝓なめくぢふ、けてじと/\する、うち細君さいくん元結もとゆひをこゝにてると、三七さんしち二十一日にじふいちにちにしてくわして足卷あしまきづける蟷螂かまきりはら寄生蟲きせいちうとなるといつて塾生じゆくせいのゝしつた。
怪談女の輪 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
塗りづくゑ今朝ひえびえしペン軸に蟷螂かまきりの眼はたたかれにけり
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
取っていたひには、一生涯、あんな蟷螂かまきりみたいな細ッこい浪人に、びくびくしていなけりゃならないじゃありませんか
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「まだ四五字だと強情を張るのか。貴様のやうな馬鹿者はとても手におへん。いぬと同じだ。いや、猫だ。蟷螂かまきりだ。もうこれからは一切構ひつけぬから、勝手にするがいい。」
国民皆堕落だらく、優柔淫奔いんぽんになっとるから、夜分なあ、暗い中へ足を突込つッこんで見い。あっちからも、こっちからも、ばさばさと遁出にげだすわ、二疋ずつの、まるでもって螇蚸ばった蟷螂かまきりが草の中から飛ぶようじゃ。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
立雲たちぐもしくかがやく日のさなか蟷螂かまきりが番ひめすをす
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
見れば、彼方を、脚の折れた蟷螂かまきりのように、その男はよろよろ逃げてゆくのだ。城太郎は、それを見て、自分の狼狽からうかびあがった。足をふんがけて、脇差をひき抜いた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)