蒟蒻こんにゃく)” の例文
落語『蒟蒻こんにゃく問答』の八さんでなくとも、鶏をつぶし、裏の池くらいはかいぼりをしたものらしい。俗に生臭坊主ということばがある。
符牒の語源 (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
串にさした三角の蒟蒻こんにゃく里芋の三つ差し、湯煮にしたのをさい箸で挟み出し、小さな瓶に仕込んだ味噌を刷毛はけでたっぷり塗ってくれる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
田舎いなかの祭だから、蒟蒻こんにゃくの色が珍しく黒いと附けたところが俳諧である。その祭を見に出てくる子どもが、どれもこれも疱瘡ほうそうの痕がある。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
なおも並木で五割酒銭さかては天下の法だとゆする、あだもなさけも一日限りの、人情は薄き掛け蒲団ぶとん襟首えりくびさむく、待遇もてなしひややかひらうち蒟蒻こんにゃく黒し。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして、あくる朝、再びその新聞を見ると、八百屋が買物の蒟蒻こんにゃくを包んで呉れた古新聞で、日附は一年半ほども前の出来事です。
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
やがて平次が蒟蒻こんにゃく問答のような事を言うと、与力笹野新三郎はそれが解ったのか解らないのか、心得顔に引揚げてしまいました。
音さんの家の蒟蒻こんにゃくの煮附まであそこの隠居やなんかと一諸に食って見た……どうしてもまだ百姓の心には入れないような気がする
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
背骨が蒟蒻こんにゃくかなんかに化したかと思われるみたいに、ぐったりと鉄板の前に坐るのだったが、声は至って剽軽ひょうきんな朗らかさだった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
このときの料理は、狸汁のようにねぎ蒟蒻こんにゃくを味噌汁のなかへ刻み込み、共に穴熊の肉を入れて炊いたのだが、海狸ビーバーの肉に似ていると思った。
香熊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
夜は、これらの摘草をでて食卓しょくたくに並べた。色は水々しかったが、筋が歯にからんで、ひずるの工合ぐあいなどはまるで蒟蒻こんにゃくのようであった。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
別に人参と蒟蒻こんにゃくあるいは蕪などを湯煮ゆでこぼして醤油と味淋にて味をつけ、やわらかになるまで煮て、冷めたる時南京豆と和えるなり。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
門生はいつも「お前たちは蒟蒻こんにゃくの幽霊のようだ。」とののしられた。蒟蒻の幽霊とは柔弱にして気概なきことをいったのであろう。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
まだ何かしらこだわってやることはないだろうか、もう二三十分蒟蒻こんにゃく問答を続けてやりたいと、そう思いながら彼はわざとぐずぐずしていた。
蘿洞先生 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
蒟蒻こんにゃくおけに、ふなのバケツが並び、どじょうざるに、天秤を立掛けたままの魚屋の裏羽目からは、あなめあなめ空地の尾花がのぞいている……といった形。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日常食としても万人貴賤都鄙とひみな愛好するもの、蒟蒻こんにゃくをつくりあげた作家は、中国人にしても、日本人にしても、驚くべき創作家的料理人である。
味を知るもの鮮し (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「そうだ、酢だとか蒟蒻こんにゃくだとか言っている場合じゃねえ。俺らもはア、すっぽりと諦めて明日は植えっちまアんだ。」
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
円滑えんかつ円滑と云うが、円滑の意味も何もわかりはせんよ。迷亭が金魚麩ならあれはわらくくった蒟蒻こんにゃくだね。ただわるくなめらかでぶるぶるふるえているばかりだ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
丁字風呂ちょうじぶろだの、何風呂だのと、いろいろある。白壁みたいな顔した女どもが唄っていたり、蒟蒻こんにゃくみたいな男が出たり這入はいったりしているのですぐ知れるよ
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じゃすんにしてへびを呑む。翁が十歳ばかりの年の冬に家人から十銭玉を一個握らせられて、蒟蒻こんにゃく買いにられた。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あまりに酒をガブガブ呑んだので、蒟蒻こんにゃくのように酔払って、とうとう床の上に大の字になって睡ってしまう。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
英国などの森や生垣の下に生える毒草アルム・マクラツムはわが邦の蒟蒻こんにゃくや菖蒲とともに天南星科の物だ
しかもそのうたいだすや、扇子で高座を叩き、からだを蒟蒻こんにゃくのようにくねらせ、目をつぶり、口を曲げ、金歯を剥きだし……おどろくべき表情が高座に溢れた。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
食べ物では、今でも、食べたいと思うのは、蒟蒻こんにゃく。今の蒟蒻とは、蒟蒻がちがうらしい。もっと、色の黒い、汚い黒い斑点の入った——それが、実にうまかった。
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「ね、ちょっと! 馬鹿にしてるわね、蒟蒻こんにゃくと人参のお煮つけが、何千カロリーあるってんでしょう!」
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私は木綿もめん厚司あつしに白いひもの前掛をつけさせられ、朝はおかゆに香の物、昼はばんざいといって野菜の煮たものか蒟蒻こんにゃくの水臭いすまし汁、夜はまた香のものにお茶漬だった。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
今村は、全身が蒟蒻こんにゃくのようにふるえるのをおさえることも、かくすこともできなかった。
犠牲者 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
流し場に放り出されたものは、まさしく人間の手首であった。ひじの所から切断した、見るも恐ろしい生腕なまうでであった。それが、白いタイルの上で、蒟蒻こんにゃくの様にいつまでもブルブル震えていた。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
詩を求めずして佐藤の作品を読むものは、猶南瓜かぼちゃを食わんとして蒟蒻こんにゃくを買うが如し。到底満足を得るの機会あるべからず。既に満足を得ず、而して後その南瓜ならざるを云々するは愚も亦甚し。
佐藤春夫氏の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「お蔭で身体の方は益〻よろしいが、口の中の蒟蒻こんにゃくには何うも困るて」
閣下 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
酔いはなかなか醒めないばかりか、かえって深まさって行くとみえて、巻き奉書と綴じ紙を、ねじ込んだがためにふくれ上がっている、懐中のあたりをブルブルブルと、蒟蒻こんにゃくのように顫わせている。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
桟敷下のむしろの上へ胡坐あぐらをかいて、人集ひとだかりの模様には頓着なく、まず酒樽の酒を片口かたくちへうつして、それを茶碗へさして廻り、そこから蒟蒻こんにゃくや油揚や芋の煮しめの経木皮包きょうぎがわづつみを拡げ、ひやでその酒を飲み廻し
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
久之進は蒟蒻こんにゃくのようにぐたぐたとそこへ崩折れてしまった。
粗忽評判記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そこで先ずジャガ芋と薄く切った大根と人参にんじんとを入れるのですが人参が多過ぎると臭くなっていけません。宅ではその外に蒟蒻こんにゃくも入れます。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
蒟蒻こんにゃくを入れると、血のような色になって、「犬の肉ででもあっとじゃろ」と、三人とも安いのでよく、その赤い肉を食った。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
ちり鍋の材料は、大きなほうぼう一尾、槍烏賊やりいか三杯、白菜、根深ねぶか、細切りの蒟蒻こんにゃくなどであったが、これは決して贅を尽くした魚菜とはいえまい。
姫柚子の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
……ある大籬おおまがきの寮が根岸にある、その畠に造ったのを掘たてだというはしりの新芋。これだけはお才が自慢で、すじ、蒟蒻こんにゃくなどと煮込みのおでんをどんぶりへ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「この先の八幡が君の大好物の蒟蒻こんにゃく玉の名産地だそうだよ。今晩の夕飯に宿へ取寄せて貰って沢山食べ給えよ」
扉の彼方へ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
障子にはまだ夕明りが、蒟蒻こんにゃく色に暮れ残っている。せた黒つむぎの羽織、ごわごわな手織のはかま、陽にやけた顔など、粗朴一色の座に、二つの美があった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幸にして医師の診断によればわが病はかかる恐しきものにてはなかりしかど、昼夜ちゅうやたゆひまなく蒟蒻こんにゃくにて腹をあたためよ。肉汁ソップとおも湯のほかは何物もくらふべからず。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
路地の入り口で牛蒡ごぼう蓮根れんこんいも、三ツ葉、蒟蒻こんにゃく紅生姜べにしょうがするめ、鰯など一銭天婦羅てんぷらげて商っている種吉たねきちは借金取の姿が見えると、下向いてにわかに饂飩粉うどんこをこねる真似まねした。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
警官隊の手にとって抱きとられた怪人蠅男の肉塊は、蒟蒻こんにゃくのようにグニャリとしていた。そして口から頤にかけて、赤い糸のようなものがスーッと跡をひいていた。血だ、血だ!
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そのうちにれの雲間から、薄日がさし出した。三人は、神奈川の茶店で、朝食を食べて、着物を乾すことにした。鰊、蒟蒻こんにゃく、味噌汁、焼豆腐で、一人前十八文ずつであった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「あれは元柳橋の芸妓げいしゃじゃありません。酢でも蒟蒻こんにゃくでも喰える女じゃございません」
しかもその身分違いをハッキリさせるために、平民が寄付けないようなドエライ扮装をらしやがる。薄黒いドーナツづら蒟蒻こんにゃく白和しらあえみたいに高価たかいお白粉しろいをゴテゴテと塗りこくる。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
庄太郎は必死の勇をふるって、豚の鼻頭を七日なのか六晩むばんたたいた。けれども、とうとう精根が尽きて、手が蒟蒻こんにゃくのように弱って、しまいに豚にめられてしまった。そうして絶壁の上へ倒れた。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
寒いと見えて粟立った臀の肉が蒟蒻こんにゃくのように顫えていた。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「楠の木が多いですから、蒟蒻こんにゃくの化物が出ると申します」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「僕には蒟蒻こんにゃくばかり」
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういって、始めは遠慮っぽく蒟蒻こんにゃくや、がんもどきのたぐいをつっついていたのであったが、根が好きな酒だ。鼻の先きでプンプン匂わされては
泣虫小僧 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
酒には、麻睡薬ますいやくぜてあったらしい。三名とも、蒟蒻こんにゃくのように正体なく、よだれを垂らして伸びてしまった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)