艱難かんなん)” の例文
やっぱり橋や建物の上に移り変りがあったと同じ様に、かの女の上にも艱難かんなんがあり、全盛があり、恋があり、生活があったのだった。
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
どんなに苦しい艱難かんなんな生き方をしなければならぬか、それを考えれば、われわれには、自分ひとりのために生きる時間はないはずだ
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私も艱難かんなんに艱難の続いたような自分の若かった日のことを思い出して、これくらいのしたくは子供らのためにして置きたいと考えた。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
◯人は何故なにゆえ艱難かんなんに会するか、ことに義者が何故艱難に会するか、これヨブ記の提出する問題である。これ実に人生最大問題の一である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
こうして幾日か過ごすうちに、範之丞の体は回復し、多少の元気も出て来たが、重なる艱難かんなんに心がとみに弱まったのは争われなかった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かような艱難かんなんのうちにも、自分の小さな娘がもしそばにいたらどんなにかしあわせであろうものを。彼女は娘を呼び寄せようと思った。
それは、流離の土民の子も、同じように通ってきた錬成の道場だったが、出す素質がなければ艱難かんなんはただ意味なき艱難でしかない。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕がさきに述べた、艱難かんなん誘惑ゆうわくを仮想的に描いて、これに対する方法を定めよとは、まことに子供らしいことはわが輩も承知である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
(五)自信 彼は艱難かんなんの中に人と為り自己の力を以て世に出で、自己の創意を以て文壇に立ちたれば経験は彼に自信セルフ・コンフィデンスを教へたり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
だが、どんな艱難かんなんでも来たれ、障害の上に障害は重なれよ、決して決して倭文子を放すものかと彼は心のうちで、幾度も誓った。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その樫尾大尉の艱難かんなんに鍛い上げた皮膚の色と、鉄石の如き意志を輝かす黒い瞳を正視した瞬間に、私はすべてを察してしまった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あるいはその間に艱難かんなん辛苦など述立てれば大造たいそうのようだが、咽元のどもと通れば熱さ忘れると云うその通りで、艱難辛苦も過ぎて仕舞しまええば何ともない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そして、それと同時に、川上の成功に比して劣らぬ地歩を貞奴もしめたのである。艱難かんなんに堪え得た彼女の体が生みだした成功と名誉である。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しかりといえどもさらに社会的に観察せんか、彼は時勢の児に外ならず。彼が精神上の父は、敵愾てきがい尊王そんのうの気象にして、その母は国歩こくほ艱難かんなんなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
多くの艱難かんなんを経た後になって、何よりもまず力が必要であると、痛ましい告白をなすにいたったのは、じょすべきことではある。
途方にくれた世路艱難かんなんの十字路、右せんか左せんかに迷って、とんがり長屋の王様泰軒先生のところへかつぎこんでくる。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
たとえば艱難かんなんなんじを玉にすとか、富める人の天国に行くは駱駝らくだの針の穴を通るよりかたしとかいうことなどあるがために
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
それで五平を叩っきりそこなうと、すぐその場から、おさらばをきめて、それからはお定まりの、艱難かんなんというやつさ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
わづらはぬ先に不義ふぎ不孝ふかう天罰てんばつならんか此所まで來る道すがら種々の艱難かんなんあひ用の金をさへ失ひし其概略そのあらましを語らんに兩人が岡山をかやま立退たちのきしより陸路くがぢ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
堅く守り同列の方々とは親しく交わり艱難かんなんを互いにたすけ合い心を一にして大君の御為おん励みのほどひとえに祈り上げ候
遺言 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
古いシナ人の言葉で「艱難かんなんなんじを玉にす」といったような言い草があったようであるが、これは進化論以前のものである。
災難雑考 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
艱難かんなんは後から後からと続いた。一番深刻にヘンデルを悩ましたのは、経済的な破綻はたんで、続いてはその巨大な肉体を病床に投げ込んだ重病であった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
艱難かんなんの数時間が過ぎ、やっと汽車弁当にありついたのは、午後の四時頃で、何と言う駅だったかもう忘れた。どんなおかずだったかも覚えていない。
腹のへった話 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
義を見ては死を辞せざる、困苦に堪へ艱難かんなんち、初志を貫きて屈せずたわまざる、一時の私情を制して百歳の事業を成就じょうじゅする、これら皆気育に属す。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
四十歳のかれは、本来の労作の艱難かんなんと浮沈に疲れ果てながら、世界のあらゆる国々の切手のはってある郵便物を、毎日毎日片づけなければならなかった。
人間にんげんだっておなじようにいわれる。なに不足ふそくなくそだつばかりが、そのひとをりっぱな人間にんげんとするものでない。くるしみと艱難かんなんたたかって、人格じんかくみがかれるのです。
さまざまな生い立ち (新字新仮名) / 小川未明(著)
かんじきにてあし自在じざいならず、雪ひざすゆゑ也。これ冬の雪中一ツの艱難かんなんなり。春は雪こほり銕石てつせきのごとくなれば、雪車そり(又雪舟そりの字をも用ふ)を以ておもきす。
艱難かんなんに堪えて強く生きている道産子のように。そしてまた、子馬を吹雪から庇っていたあの道産子のように——。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
その女はかれと一緒に京大阪を流浪して、艱難かんなんのあいだを同棲していたのであるが、今度帰参の問題が起こると共にまず困るのはその女の処置であった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その一方に民の艱難かんなんは申すまでもございません。例の流れ星騒動の年には、大甞会だいじょうえのありました十一月に九ヶ度、十二月には八ヶ度の土倉役どそうやくがかかります。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
したがって艱難かんなんは発明の母ともいうが、男装女子や女装男子を見別つ法も随分あったといわせるほど備え居る。
判然はっきり、それも一言ひとことごとに切なく呼吸いきが切れる様子。ありしがごとき艱難かんなんうちから蘇生よみがえって来た者だということが、ほぼ確かめらるると同時に、吃驚びっくりして
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
神の言を聴いて早わかりがして、「感謝です!」とか「アーメンです!」とか軽々しい感傷にふけっている者は、少しく艱難かんなんにあえばただちに信仰を棄てる。
人格を発現するのは一時の情欲に従うのではなく、最も厳粛なる内面の要求に従うのである。放縦懦弱だじゃくとは正反対であって、かえって艱難かんなん辛苦の事業である。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
爾来じらい諸君はこの農場を貫通する川の沿岸に堀立小屋ほったてごやを営み、あらゆる艱難かんなんと戦って、この土地を開拓し、ついに今日のような美しい農作地を見るに至りました。
小作人への告別 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
艱難かんなん汝を玉にす。——艱難汝を玉にするとすれば、日常生活に、思慮深い男は到底玉になれない筈である。
侏儒の言葉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いかなる艱難かんなんも、よくこれをしのぐのである。ことに川上機関大尉には、まだはたしおわらない大任務があった。それは飛行島の偵察だ。いやそればかりではない。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この後もなおいかなる艱難かんなんが起ってもあくまで進んでその艱難かんなんを切り抜けて、いささか仏法のためにする志望をまっとうしたいものであるという考えを起しました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
漂流でないことは言うまでもなく、いずれ危険も艱難かんなんも伴なわずにはすまなかったろうが、ともかくも距離はそう遠くもなく、且つ現在までの生活境遇と比較して
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
同志の方々はそれぞれ仲間小者、ないし小商人に身を落して、艱難かんなん辛苦しんくをされるのも皆おしゅうのためだ。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
御存知の通り文三は生得しょうとくの親おもい、母親の写真を視て、我が辛苦を艱難かんなんを忍びながら定めない浮世に存生ながらえていたる、自分一個ひとりため而已のみでない事を想出おもいいだ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
くにには妻もあり子もあったが、信心のためにこうして他国の山中をも歩き、今日は那智を参拝して、追々帰国しようというのであるから前途はそう艱難かんなんではなかった。
遍路 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
すなわち子路は(一)において千乗の国にを治めしめる力があると言われているが、(三)においては、その千乗の国が戦争と饑饉の艱難かんなんに逢っている時でさえも
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
いわゆる艱難かんなんなんじを珠にすで、試練によりて浄化されたる魂が、死後において特別の境涯を与えられ、神の恩寵に浴する。苦労なしに真の向上、真の浄化は到底望まれない。
されば印度インドの如き、このたびの大戦に当って幾十万の大兵を送って英国の艱難かんなんに赴かしむるという誠実の表示を為したのであるから、英国の態度もこれよりまさに一変し
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
それからさまざまの艱難かんなんを経て、ある時は相模さがみ大山石尊おおやませきそん参籠さんろうし、そこで二十四の時に真言しんごんに就いて出家をとげ、それより諸国を修行し、或いは諸所の寺々の住職をし
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その有様を見ているうちに、さすがに私も、この弟子たちと一緒に艱難かんなんを冒して布教に歩いて来た、その忍苦困窮の日々を思い出し、不覚にも、目がしらが熱くなって来ました。
駈込み訴え (新字新仮名) / 太宰治(著)
なるほどあなたはあれのちえをやしなってはくださるだろう、だがあれの人格じんかくは作れません。それを作ることのできるのは人生の艱難かんなんばかりです。あれはあなたの子にはなれません。
いかに困苦艱難かんなんを極めたものであったか、そしていくたび猛獣毒蛇の危害のために全班員二十三名が危険にさらされたかということなぞは事新しく言うだけ余計なことであろうから
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
なかなかに艱難かんなんなものが前にも後にも待ち伏せにしているものでございますから、短い間であったためにも、いろいろな、しやわせがおとずれて来たように思われるのであります。
玉章 (新字新仮名) / 室生犀星(著)