硝子戸ガラスど)” の例文
おせいのゐないベッドに横になり、富岡は、んやり、雨の音を聴いてゐた。窓は白く煙り、水滴が汚れた硝子戸ガラスどを洗ひ流してゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
私は門のところにためらひ、芝生しばふの上にためらつた。鋪石道を往きかへりした。硝子戸ガラスど鎧戸よろひどしまつてゐて内部を見ることは出來なかつた。
「うち、手術室の隣の部屋で待ってましてん。———そんなら、そこが硝子戸ガラスどになってたよってに、手術してるとこが見えるねんわ」
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると旦那様の御居間に電灯が点いています上に、窓の硝子戸ガラスどが、一応閉っちゃいますが、いつものように掛金がかかって居りません。
地獄の使者 (新字新仮名) / 海野十三(著)
翌朝よくあさ眼がめると硝子戸ガラスどに日が射している。たちまち文鳥にをやらなければならないなと思った。けれども起きるのが退儀たいぎであった。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一方に白塗のピアノがえ附けてあって、その傍に Liberty の薄絹を張った硝子戸ガラスどがある。隣の室に通じているのであろう。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
長い夏の夕暮は、何時までも薄明りをただよはせて、硝子戸ガラスどをあけはなした広いヴエランダは、まだ容易に、暮れさうなけはひもない。
手巾 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そういう雨の日を、たかちゃんも遊びに来ず、私はよく一人で硝子戸ガラスどに顔をくっつけて、つまらなそうに雲のたたずまいをながめていた。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
硝子戸ガラスどいッぱいに、海の色である洋館の応接は、さながら貴賓室ともいうべき、すべてが重厚な色と匂いをもって装飾されていた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
病舎は硝子戸ガラスどで金網の外から密閉された。部屋には炭酸瓦斯ガスが溜り出した。再び体温表が乱れて来た。患者の食慾が減り始めた。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
今日は親爺が親戚の法事に行きて留守といふをさいわいしきりに新宿ののろけ最中、がらりと店の硝子戸ガラスど引きあけざま、兄さんといふ嬌声きょうせい
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
後部の運転台のところに立って閑子は子供のようにひろげた手のひらを硝子戸ガラスどに押しあててうなずいた。さびしい女の顔である。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
その花のさかり、青葉のさかりは、荒れ朽ちた軒端のきばの感じに混って奥の部屋の縁先にある古い硝子戸ガラスどに迫って来るかのように映っていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
入口の左手が一間の欞子窓れんじまどになっていて、自由に手の入るだけの荒い出格子でごうしの奥に硝子戸ガラスどが立っていて、下の方だけ硝子ガラスをはめてある。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
一家の平穏のためにはどんな些細ささいな邪魔でも嫌悪けんをしたい本能から気の引きしまるのを感じながら、彼女は玄関の厚い硝子戸ガラスどをゆつくり開けた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
そこの硝子戸ガラスどはあいているが、いつものコックの姿は見えず、二人の女給が高声に話しながら、流し台によりかかってタバコを吸っていた。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
白木綿しろもめんの、古ぼけたカーテンのすき間から、硝子戸ガラスどごしに、大きな星がまたたいているのが、はっきり次郎の眼に映った。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
小夜子はそう言って、挨拶あいさつすると、今夜は少しお寒いからと、窓の硝子戸ガラスどを閉めたりして、また入口の処にぴったり坐ったが、表情がかたかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
店の入口には硝子戸ガラスどが締っていて、三坪ばかりの土間には卓子テーブルが二つ置かれており、若い青年がそれにりかかって帳簿かなんかを調べていた。
花びらのような大きい牡丹雪ぼたんゆきが、ふわりふわり降りはじめていたのだ。私は、障子をあけ、お母さまと並んで坐り、硝子戸ガラスど越しに伊豆の雪を眺めた。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
東向きのひじかけ窓は硝子戸ガラスどになっているので、居ながらにして往来の電車路の一部が見える。窓にむかって読書、ときどきに往来の雪げしきを眺める。
雪の一日 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
山奥の谷郷たにさと村駐在所の国道に面したホコリだらけの硝子戸ガラスどをケタタマシクゆすぶりながら、一人の青年が叫んだ。
巡査辞職 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かなり建てつけがよくなっていると思われるような硝子戸ガラスどの隙からもこの種の粉雪は平気で舞い込むのである。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
暗く暗く暮れて行く海のおもてに、白い大きいなみがしらが、後から/\走っていた。瑠璃子は硝子戸ガラスどの裡から、不安なまゆをひそめながら、海の上を見詰めていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
入口の硝子戸ガラスどを開けておくみはのぞいて見た。雨ではないけれど真つ暗い夜である。店の少い通とて、もうどこにもすつかり戸を入れてゐて、人の往き来もない。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
内地の何処どこにでもあるようなこの陳列所の硝子戸ガラスどの中に、こんなものを見つけることは、砂原で青草を見るようなものであった。欠かさずに行く市場へとまた足を運んだ。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
硝子戸ガラスどの外には、しいがときどきっています。小鳥がいています。夕方の赤い日が空にさしています。そして風は、いきをついてはさーッさーッといています……。
風ばか (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
硝子戸ガラスどに顔をくっつけていると、硝子が曇っちゃって、あたいの心と同じ色になっちゃった。
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
硝子戸ガラスどの店頭の一方に篠竹の小藪こやぶをあしらひ、こけ石燈籠いしどうろうのもとにはつくばひがあつて
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
硝子戸ガラスどを越して、荷船が一ぱい入って向うの岸は見えない。そのあゆび板の上に、さき程の娘は、もう水揚げ帳を持って、万年筆の先で荷夫たちを指揮している姿が眺められた。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
兎角とかくは胸迫りて最後の会合すらいなみ候心、お察し被下度候、新橋にての別離、硝子戸ガラスどの前に立ち候毎に、茶色の帽子うつり候ようの心地致し、今なおまざまざと御姿見るのに候
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
三階に着くより静緒は西北にしきたの窓に寄り行きて、効々かひがひしく緑色のとばりを絞り硝子戸ガラスど繰揚くりあげて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「ばあ!」彼女は、硝子戸ガラスどの中から、二人に笑って見せた。「いらっしゃい、どうぞ。」
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
街路とおり一つ距てて母屋と向きあったみせは、四けん室口まぐち硝子戸ガラスどが入り、酒味噌酢などを商うかたわらで、海苔のりの問屋もやっていた。それはもう三時近かった。肆には二三人の客があった。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
赤いペンキで「○○理髪店」と書いてある硝子戸ガラスどに顔をくっつけて中をのぞくと、彼と同年ぐらいの、白い仕事着をた男が、読んでいる将棋しょうぎの本ごしに億劫おっくうそうにこっちをみたが
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
彼が荒々しく硝子戸ガラスどを明けると、仄暗い茶の間の鏡の前に、彼女が身動みじろきもしないで坐つてゐた。彼は黙つてその傍を通り抜け書斎の真中へ仰向に身を投げだした。彼はぢつと眼を見開いた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
硝子戸ガラスど越に見るヘリオット通りロウはまだ夜のままで、所々に街灯がぼうっとにじんで見える。やがて車のきしる音がし、窓の前をすれすれに、市場行の野菜車の馬が、白い息を吐き吐き通って行く。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
陽光がいつかえんからひいていた。福子は立って行って、硝子戸ガラスどをしめた。
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
誰かにさからうように、深くも考えずに木之助はそこの硝子戸ガラスどをあけた。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
アーサー少年は、まゆをくもらして、そっと硝子戸ガラスどの外をすかし見た。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
外では風が出たと見えて、硝子戸ガラスどに当る音がした。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
硝子戸ガラスどにおでんの湯気の消えてゆく
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
車夫は五六歩行き過ぎてから、大廻しに楫棒かじぼうを店の前へおろした。さすがに慎太郎にもなつかしい、分厚な硝子戸ガラスどの立った店の前へ。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その儘硝子戸ガラスどに顔を押しあてるようにして、何か化け物じみて見える数本の真白な棕梠しゅろごしに、ぼんやりと暮方の雪景色を眺めていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
自分はあによめの方を片づけて、すぐ母の方に行った。厚い窓掛を片寄せて、手探てさぐりに探って見ると、案外にも立派に硝子戸ガラスどまっていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
裏口の垣根の側には二株ばかりのはぎの根があった。毎年花をもつ頃になると岸本の家ではそれを大きなはちに移して二階の硝子戸ガラスどの側に置いた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ゆき子は、薬臭い部屋の空気に圧迫されて、立つて、硝子戸ガラスどを少し開けた。つめたい風がすつと流れこんでいゝ気持ちだつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
私は次第々々に門の外へ出る事をいとい恐れるようになりました。ああ私はやはり縁側の硝子戸ガラスどから、独りしずかに移り行く秋の日光ひかげを眺めていましょう。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
人気ひとけないのを見すまして、だんだんと事務室の方へ……。やがて硝子戸ガラスどしに、三吉少年が後向うしろむきになって、地図を案じているのが、ハッキリ解った。
地中魔 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ふと眼覚めて、二つ三つ軽く咳をしたら、ぐっと来た。こんどは便所まで走って行くひまも無かった。硝子戸ガラスどをあけて、はだしで庭へ飛び降りて吐いた。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)