殿しんがり)” の例文
しかしてそが最終の殿しんがりをなした者を誰かと問えば、それは実に幸田先生であろう。先生は震災の後まで向嶋の旧居を守っておられた。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この時信玄は殿しんがりとして、最後に宝蔵から出て来たが、再び鍵を手に取って宝蔵の戸を閉じようとした。するとにわかに不安になった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
梅に始まって桃、桜と花の眺め多きが中に、藤と躑躅と牡丹とは春の殿しんがりをなし、江戸ッ児にはなお遊ぶべき時と処とに乏しくない。
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
真柄父子殿しんがりして退かんとする所に、徳川勢の中より匂坂さきさか式部同じく五郎次郎同じく六郎五郎、郎党の山田宗六主従四人真柄にけ向う。
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
行列の殿しんがりをおさえて行く峰丹波ガッシリしたからだをそこで立ちどまらせて、穴埋めの役割の連中へ、そう最後の命令をくだした。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
立会役に代った藩士のひとりが、すすきの葉を二本ちぎってくじにして二人に引かせた。短いほうが先揚さきあげ、長い方が殿しんがり。——七が先に当った。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三輛の馬車は相隔つる一町ばかり、余の馬車は殿しんがりに居たので前に進む馬車の一高一低、凸凹でこぼこ多き道を走つて行く様がく見える。
空知川の岸辺 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
若い者の取落したのか、下の帯一筋あったを幸に、それにて牛乳鑵を背負せおい、三箇のバケツを左手にかかえ右手に牛の鼻綱はなづなを取って殿しんがりした。
水害雑録 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
が草深い雑木の根を、縦に貫く一列は、殿しんがりの尾の、ずんぐり、ぶつりとした大赤楝蛇おおやまかがしうねるようで、あのヘルメットが鎌首によく似ている。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
八五郎を殿しんがりに、お照を中に挟んで、六丁目から神田へ引揚げるその日の平次は、晩秋の薄寒い夕映えの中に、本当に満ち足りた心持でした。
殿しんがりは狗で、大きい頭をゆさぶりながら附いて行く。主人は二度目の散歩で気が落ち着いたと見えて、部屋に帰つて、書き掛けた手紙を書いた。
そのときまだ年若き宮女一人、殿しんがりめきてゆたかに歩みくるを、それかあらぬかと打仰うちあおげば、これなんわがイイダ姫なりける。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それとも殿しんがりを承って、この見も知らぬ一行について行った方がいいかと迷いましたが、よしよし、やっぱり先へやって、やり過した方がいい。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私たちより後れてしまって、今では殿しんがりとなっているディックは、熱が上り続けているので、一人でべちゃくちゃと祈ったり罵ったりしていた。
むしろ鋤簾そのものに曳きずられるようにしてやってくるのを殿しんがりに、丘を下りて掘割に沿い、自分の作り田へ着いた。
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
先頭の許生員の話声は、殿しんがりの童伊にはっきりと聞きとれなかったが、彼は彼自身で爽やかな気持に浸ることも出来た。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
また殿しんがりで敵に向いなさるなら、鹿毛かげか、葦毛あしげか、月毛か、栗毛か、馬の太くたくましきにった大将を打ち取りなされよ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
この不幸ふこうなからすだけは、みんなから、ややもするとおくれがちでした。けれど、殿しんがりうけたまわったからすは、このよわ仲間なかまを、後方こうほうのこすことはしなかった。
からす (新字新仮名) / 小川未明(著)
末席ばっせきの寺島君は十ばかり否定を連発したが、後が出なかった。この男は毎学期きまって殿しんがりを承わるくらいだから、会話は特に不調法だった。皆大笑いをした。
首席と末席 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
捜しかたがた、サーカス団の殿しんがりとして最後まで残つてゐたらしいが、もう出発しないと次の町の興業に間に合はぬので、一人を捜査役に残して出発するのである
おスミの持参金 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
獅子のごときたてがみで肩を覆える老猴ども前に立ち、頃合ころあいの岩ごとに上って前途を見定む、また隊側に斥候たるあり、隊後に殿しんがりするあり、いずれも用意極めて周到
先ず山賀兵藤次やまがのひょうどうじ秀遠が五百余艘で先陣、二陣は松浦まつら党の三百余艘、殿しんがりに平家の公達、二百余艘が続いた。
ムシュー・ドファルジュはランプを持って真先に行き、ロリー氏はその小さな行列の殿しんがりになった。
自分は好んで殿しんがりやくをつとめたわけではないが、つい馬がいうことをきかなかったので。——
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
彼女は、長羅を身辺に引き寄せる手段として、かぶとの上から人目を奪うくれない染衣しめごろもまとっていた。一団の殿しんがりには背に投げ槍と食糧とをにないつけられた数十疋の野牛の群がつらなった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
これは不動山と殿しんがりの二人が同じ力士の小柳平助を斬り殺して自首した一件で、その噂の消えないうちに、又もや万力の事件が出来しゅったいしたので、いよいよその噂が高くなったのでした
半七捕物帳:67 薄雲の碁盤 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かくて召使い二人が行列の殿しんがりをつとめ、我々が往来を縦隊で進んで行くと土地の人々は総出で我々の進軍を見物した。我々は寺院へ通じる美しい並木路を登り、そこで左の谷へ入った。
山羊は二頭づゝの列をなして洞より出で、山の上に登りゆけり。殿しんがりには一人の童子あり。尖りたる帽を紐もて結び、褐色かちいろの短き外套を纏ひ、足には汚れたるくつしたはきて、わらぢくゝり付けたり。
晃平を殿しんがりとして、一行が揃う、こう霧がひどくては、方角も何も解らない、晃平は荷を卸して、路を捜索に出たが、無益に戻って来た、岩の間を点接して、トウヤクリンドウ、ミヤマキンバイ
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
殿しんがり艦のシクラメンでは、ジャックという水兵がちょうど当番であったので、命令一下、藍色灯を片手にぶらさげるが早いか、ましらのように梯子づたいに檣の上へとんとんとかけ上ったものである。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
関翁は始終しじゅう一行いっこう殿しんがりとして、股引ももひき草鞋わらじしりひきからげてつえをおともにてく/\やって来る。足場の悪い所なぞ、思わず見かえると、あと見るな/\と手をふって、一本橋にも人手をらず、堅固けんごに歩いて来る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
兄貴は黒い鍔広つばびろの中折帽をかぶって、殿しんがりをしていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
村端れへ出ると、殿しんがりになつて歩いて来た校長は
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ほかの女客二人とともに殿しんがりとなつた。
(新字旧仮名) / 岸田国士(著)
八五郎を殿しんがりに、お照を中に挾んで、六丁目から神田へ引揚げるその日の平次は、晩秋の薄寒い夕映えの中に、本當に滿ち足りた心持でした。
小高い所から飛び下りて、片手かぶりの大刀を、そのまま梨割なしわりにふるって落してきたのは、殿しんがりをしろと孫兵衛にいわれていた、天堂一角。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殿しんがりなり勤めまする、いずれにしても猶予は禁物——との陣触れを、七兵衛と呼応して促すものにちがいありませんから、駒井も決心しました。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
浮世絵の人物画も山水画と共に一勇斎国芳を殿しんがりとしてここにその終決を告げたり(国貞〈三世豊国〉の死は国芳におくるる事三年乃ち元治元年なり)
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しづんでふ。はたせるかな殿しんがり痩按摩やせあんまで、くちをきくときもやぐ、つゑかいに、なゝめににぎつて、さかの二三ひくところに、伸上のびあがるらしく仰向あをむいてた。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
殿しんがり致しとうございます」こう晴信は云ったものである。すると信虎はカラカラと笑い、嘲けるようにこう云った。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
次が安斎、殿しんがりが僕と、三台の車が続いて、飛ぶように駈ける。掛声をして、提灯ちょうちんを振り廻して、御成道おなりみちを上野へ向けて行く。両側の店は大抵戸を締めている。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彦次郎左近大夫二人は、一町毎に鉄砲の者十人、射手五六人ずつ伏せて、二人代る代るに殿しんがりして退こうとするが、秀吉先手の兵が忽ちに慕い寄るので、鉄砲を放ついとまもない。
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
山腹を過ぎ、道もひらけて来たので、殿しんがりの童伊も前へ寄って出た。驢馬は横に一列をつくった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
ほど近いお上屋敷へ青山因幡いなば殿しんがりが繰り込んでしまうと、知らぬが仏でいい気なもの
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
殿しんがりには巡洋艦を旗艦とする別の駆逐戦隊がしっかり護衛していた。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
多吉と松子は殿しんがりになつた。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「まだ定めの刻限には相成らぬに、人もなげなる今の広言、身不肖ながら殿しんがりとして春日重蔵これにあるからは、勝ち呼ばわりは早うござるぞ」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この幻怪な少年に抑留されたために、柳田平治は殿しんがりとなって、通ろうとしたお松の船室への行方を見失ってしまいました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
平次を先に、お夏を中に挟んで、ガラッ八が殿しんがりを勤め、丸屋の、不安と疑懼ぎくとを包む空気の中へ入って行きました。
でホーキン氏を先頭に、ジョン少年、大和日出夫、小豆島紋太夫が殿しんがりとなり、坑道を先へ辿ることにした。