かい)” の例文
さらには、管鎗くだやりを持ったげん小七だの、野太刀やかいを振りかぶる小二、小五などの三兄弟のほか、この浮巣島の漁民十数人も加わって
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つい、彼のすぐ眼の前で、かいをあやつっている男は、まるで鏡の中を覗いたように、中野五郎ソックリ、寸分の違いもない男なのだ——。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それがもう一重ひとえ、セメンだるに封じてあったと言えば、甚しいのは、小さなかいが添って、箱船に乗せてあった、などとも申します。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伝馬船は満員で、かいが、やっと漕げた。小笠原おがさわら老人は、岩に流れついたおわんと、ほうきのえの竹を、だいじに持っていた。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
一人はへさきかいをあやつる少女、一人はともにギタを抱く少年、少女は全身に純白の羽毛のきぬを纒い、少年は真紅の羽毛の衣に包まれている。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
かいの一つ一つの動きも虫のそれも光りのひらめきをつくる、そしてもし櫂が水に取り落とされると、ああ、何という美しい反響!
とフランソアとラルサンのこぐかいが、深みどりの水面を破って、白い小さい泡をまき起すあたりに、七色の美しい小魚がたわむれていた。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
舟が棹の立たないところへ来たとすれば、を用うるに越したことはないが、この舟には出立から櫓もかいも備えて置かなかった。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼女の椅子の後には、絳紗かうしやとばりを垂れた窓があつて、その又窓の外には川があるのか、静な水の音やかいの音が、絶えず此処まで聞えて来た。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その傍には彩色を施したかいらしいものの何本かが投げ棄てられてあるのが見えた云々〉ということを、中尉は書いております。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
かいからしたたる水は、ささやかな琶音アルペジオや半音階を奏した。乳色のもやが河のおもに揺れていた。星がふるえていた。鶏が両岸で鳴きかわしていた。
縮れた竿の影や、崩れかけた煉瓦のさかさまに映っている泡の中で、あくたや藁屑が船のかいにひっかかったまま、じっと腐るようにとまっていた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ぎいぎいとかいが鳴る。粗削あらけずりにたいらげたるかし頸筋くびすじを、太い藤蔓ふじづるいて、余る一尺に丸味を持たせたのは、両の手にむんずと握る便りである。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
陸はこまひづめの通れん限り、海はかいが漕ぎ得る限り、どこまでも戦うつもりじゃ、もしわしの言葉に異論があれば、即刻唯今、鎌倉へ引上げい
川えびが脚をかいのように急速に動かして、泳いで行く。蟹が赤いはさみを動かして、何かを喰べている。不意に、異様な形の奴が現れることもある。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
その娘は佐平と同じ廊下の端から、もっとすばしこくもっと巧みに忍び込んだ。頭からずぶ濡れで、手にかいを持っていた。
暴風雨の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
これの水の中に沈澱させる装置をハナおけ、その前に垂れおけの中で攪拌かくはんするかいのような木をハナ起しというなど、いろいろの道具が具わっている。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
沼の面を染めている夕焼けがあせて早い夜が訪れかけるとき、自分は一人でかいを取って漕ぐことがある。自分は櫂を流して、舟を波にゆだねる。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
長さ九尺ぐらゐもあらうかといふ樫製のかいを、左右に二挺結びつけてある、櫂の折れ目に鉄環でツギをあてたのもある。
天竜川 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
男はかく、子供だけは持ち度いものだ——室子は、流れの鴎の翼と同じ律にかいをフェーザーしては蓑吉を待っていた。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いきなりかいで私の身體を遠くの方へ突き流し、それから川へ飛び込んで、遠くの方に居る音さんの身體を引寄せて自分の船へ助け上げるんですもの
のみならず、彼の神経といえば、それこそ五マイル先の落ちかいさえも見遁みのがさぬという、潜望鏡のそれよりも鋭敏ではないか。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
真っ先に立った人影は、秋山要介正勝で、かいで造った獲物をひっさげ、一巡一同を見廻したが、重々しい口調でいい出した。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さいはひに一人ひとりも怪我はしなかつたけれど、借りたボオトの小舷こべりをば散々にこはしてしまつた上にかいを一本折つてしまつた。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
巨勢はぬぎたる夏外套なつがいとうを少女にせて小舟おぶねに乗らせ、われはかい取りて漕出こぎいでぬ。雨は歇みたれど、天なほ曇りたるに、暮色は早く岸のあなたに来ぬ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
さいはひを愛する愛、その義務つとめに缺くるところあればこゝにておぎなはる、怠りておそくせるかいこゝにて再び早めらる 八五—八七
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
承知して、三人は船に乗り込みましたが、私は漕ぐことを知らないので、かいの方は両君にお任せ申して、船のなかへ仰向けに寝転んでしまいました。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ゴンドラの船頭は彼のただ一本のかいを手から滑らせて、まっ黒な闇の中へ失ってしまい、とうてい取戻す見込みもなかったので、したがって、予らは
大胆にもR市の海岸に在る貸ボート屋のかいを二本盗み出し、左右のクラッチの穴へ二本の手拭を通してかいを結び付け、暗夜を便りにS岬の岩角に漕付こぎつ
S岬西洋婦人絞殺事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
A・A橋の下で、ボートに乗って夜の河岸を離れて、ロップは、カルメンの五章を唄いながらかいを水に落した。
飛行機から墜ちるまで (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
弟がかいを握っていた。兄と彼女とが並んで彼の方を向いて掛けていた。艪臍ろべその鳴る音と胴が波を噛む音とにさえぎられて、彼らの会話は弟の耳へは達しなかった。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
が、かいを取って、漕ぎ出そうとすると、肝心な櫓臍ろべそがないことが分かった。おどろいてもう一つの舟に乗り替えてみた。が、その舟も同じだった。あわてた。
船医の立場 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
来たほうを見ると山々が遠くかすんでいて、三千里外の旅を歌って、かいしずくに泣いた詩の境地にいる気もした。
源氏物語:12 須磨 (新字新仮名) / 紫式部(著)
むせぶようなやみのなかを、ギイとの音がしたりして、道路おうらいより高いかと思うような水の上を、金髪娘を乗せたボートがかいをあげて、水をってゆくのだった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
すぐ船頭のかいをとって、久しぶりにこぎはじめる、パランツァの街はゆるく流れる波に揺れて、カムパニヤのマドンナの手にとるばかり岸に近いうしろには
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
もはや希望が無くなった所には、ただ歌だけが残るものである。マルタ島の海では、一つの漕刑船そうけいせんが近づく時、かいの音が聞こえる前にまず歌の声が聞こえた。
いで来るかいの音がしない、というので、多分夜の景であろうが、宇治の急流を前にして、規模の大きいような、寂しいような変な気持を起させる歌である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
水中に插入そうにゅうしたかいの曲がって見える事は述べてあるが、屈折の方則らしいものは見いだされない。また数多あまたの鏡による重複反射の事実にもともかくも触れてある。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
まるで杖をば船頭がかいを使うような具合に自在に使う、あるいはヒョイと雪車に載せられて千仞の谷底に落ちようとする場合にはうまく岩の端へ杖を突き立てて防ぐ。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そして船が巖の間をすれすれに急たんを下る時にも、叫び声一つあげず、じっと船頭の巧みなかいのつかい方に見入り、かつて何かで読んだことのある話を思い出していた。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
片方が小屋のなかからかいさおを持ちだすと、他方が丸木舟の綱をひきよせていた。岸にごつんと当って乗りあげたへさきのわきから、先の男がとびこんだ。水垢みずあかきだした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「北海道では今、群来の二字をてるが、古は漏の字を充てている。にしんのくきる時はいでいる舟のかいでもでも皆かずの子を以てかずの子鍍金めっきをされてしまう位である」
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
女の左右の手に持った二本のかいがちらちらと動いて、ボートは鉛色の水の上を滑りだした。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
生憎あいにく柱損じて如何ともするあたわず、急に犢鼻褌ふんどしを解き、かいを左右のげんに結び、二人極力これをうごかす、忽ちにしてふんどし絶つ。急に帯を解き、これを結び、蒼皇そうこう以て舟をる。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
伝令兵は太い腕で上手にかいいで、沼のような碧海湾を、槍ヶ岳の洞窟へ急いだ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
頭をもたげて見れば、岸近くかいやすめたる舟人あり。熔巖の流るゝこと一分時に三臂長ひちやうなりといへり、(伊太利の尺の名)往きて看給はんとならば、半時間には渡しまゐらせんといふ。
冗戯じょうだん執拗しつこいと直き腹を立てまして、なんでも、江戸のとびの衆を、船から二三人かいで以て叩き落したと云いますからね。あなた方にそんな事も御座いますまいが、どうかそのおツモリで
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
赤地に、スコップ、雁爪がんつめかい、を組みあわせて図案化した組合旗が、ひるがえっている。明治建築の名残りをとどめている「石炭商組合」の事務所は、そこから、一町とは離れていない。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そして毎年まいとし船をどっさり仕立てまして、その船底ふなぞこかわくときもなく、さおかいの乾くまもなもないほどおうかがわせ申しまして、絶えず貢物みつぎものたてまつり天地がほろびますまで無久むきゅうにお仕え申しあげます
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
夜が來て酒倉の暗い中からもとすり歌のかいの音がしんみりと調子てうしをそろへて靜かな空の闇に消えてゆく時分じぶんになれば赤い三日月の差し入る幼兒をさなごの寢部屋の窓に青い眼をした生膽取いきぎもとりの「時」がくる。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)