おり)” の例文
血も涙も無い優勝劣敗掴み取りのタダ中に現在の日本が飛込むのは孩子あかごが猛獣のおりの中にヨチヨチと歩み入るようなものであります。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おりの戸をあけてそっと内部なかにはいると、見かけは鈍重そうな氷原の豹どもも、たちまち牙をきだし、野獣の本性をあらわしてくる。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
おりの中の囚人どもは、おかずの贅沢ばかりをいい、ときには、酒も注文した。ちびちびやりながら、中で、一日、将棋をさしている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そしてし潰されたような厭な気分で、飯を食いに出るほかは、狭いおりのような自分の書斎のなかに、黙って閉じ籠ってばかりいた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
おりの鉄棒につかまって、ものすごい目で機械人間の方をみつめていた、サルの谷博士が、がてんがいかないというふうにたずねた。
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
おう、坂部十郎太さかべじゅうろうたか。たかが稚児ちごどうような伊那丸いなまる六部ろくぶの一人や二人が、おりをやぶったとて、なにをさほどにうろたえることがある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……さて、いよいよあれなる二つのおりを、ピッタリと密着いたし、あいだのとびらをひらきまして、とらと熊とを一つにいたしまする」
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
古木こぼくやうみにくうでのばして、鐵車てつしやおり引握ひきつかみ、力任ちからまかせにくるま引倒ひきたほさんとするのである。猛犬稻妻まうけんいなづま猛然まうぜんとしてそのいた。
どうかした拍子におりを破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊ほうかいさせて人命を危うくし財産を滅ぼす。
天災と国防 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
御主人は時々振り返りながら、この家にいるのは琉球人りゅうきゅうじんだとか、あのおりにはいのこが飼ってあるとか、いろいろ教えて下さいました。
俊寛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それは、大八車が一つ、この宿屋の店前みせさきについていて、そこに穀物類が片荷ばかり積み載せてあるその真中に、四角な鉄のおりが一つある。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
戸板を舁き捨て、素早く逃げ出した五郎蔵の二人の乾児こぶんであった。二人の走って行く様は、おりから解放された獣かのように軽快であった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
午前の一時ごろ、暗夜ではあったが、雨と台風との中の屋根を伝って、彼のおりと向かい合ってる軒窓の前を、二つの影が通るのが見えた。
一方、又、景岡にとっては、この放心したような、自由な姿体を持った裸の群れを、彼のおりの中に置いて、どんなに狂喜したことでしょう。
足の裏 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
それから外へ出て、熊の仔のおりのところへいった。あれからまもなく、弥六が檻を作って、その中へ熊の仔は入れられていた。
月の松山 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
名高い狒々ひひのいた近辺に、母と子との猿を一しょに入れてあるおりがあって、その前には例の輪切わぎりにした薩摩さつまいも芋が置いてある。
牛鍋 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
水禽の大鉄傘を過ぎて、おっとせいの水槽のまえを通り、小山のように巨大なひぐまの、おりのまえにさしかかったころ、佐竹は語りはじめた。
ダス・ゲマイネ (新字新仮名) / 太宰治(著)
成経 重盛しげもり懇願こんがんしたからです。しかし結果は残酷ざんこくないたずらと同じになりました。ちょうど中をへだてた一つのおりに親子のけものをつなぐように。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それは奥ゆき六歩ばかりのちっぽけなおりで、方々壁から離れてぶら下っている埃まみれの黄色い壁紙のために、いかにもみすぼらしく見えた。
ひき雌雄しゆうとらがううとうなりながら、一つおりのなかで荒れ狂っているような思い出が、千穂子の躯を熱く煮えたぎらせた。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
敬二郎は固い決心をもって胸をふるわせながら、正勝の来るのを待った。彼は顔を伏せて、露台の上をこつこつとおりの中のくまのように歩き回った。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
その動物性は、幾世紀もの文明によって馴養じゅんようされ、おりの中のみじめな獅子ししほどに愚鈍にされてはいるが、それでもやはり餌食えじきにあこがれている。
つやつやした、まるまる肥った食用豚は、おりのなかでのんびりと、ほしいままにえさを食べながら、ぶうぶういっていた。
ちょうど野獣のおりの番人が野獣を挑発するように森の空気をかきたて、ついにすべての谷の茂みや丘の中腹からうなり声を引き出したのであった。
黒橇くろそりや、荷馬車や、徒歩の労働者が、きゅうにおりから放たれた家畜のように、自由に嬉々として、氷上をすべり、ひんぱんに対岸から対岸へ往き来した。
国境 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
その日の午後、二階の居間に閉じこもった父は、うしたのであろう。平素いつもに似ず、おりに入れられたくまのように、部屋中を絶間なしに歩き廻っていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ちっぽけなおりの中で変に神経を鋭くして生きたくなったり死にたくなったり怒ったりしてみたところで仕様もない。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
よく見ると、近所の動物園のおりの中にゐるとらさんが、つめをとんがらかして、お鼻の先にくひついてゐました。お猫さんは、びつくりして目がさめました。
お鼻をかじられたお猫さん (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
社会の耳目をそばだたせたおりに——無気力無抵抗につくりあげられた因習のからを切り裂いて、多くの女性を桎梏しっこくおりから引出そうとしたけなげなあなたを
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
母親の親戚は町にあるというが、来て顧みてくれる者もなかった。気狂きちがいは、時々、おりを破って外に逃げ出した。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
一日例のごとくきこし召し過ぎ、例の打擲ちょうちゃくがうるさいからおりの戸を開けて六脚の豕を出してその跡に治まり返る。
両側に積み上げられたむさくるしい獣のおり……湿め湿めとした細長い土間……高い光も届かぬ天井……そして戸を
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
「人間はね、相手が狐だと解ると、手袋を売ってくれないんだよ、それどころか、つかまえておりの中へ入れちゃうんだよ、人間ってほんとにこわいものなんだよ」
手袋を買いに (新字新仮名) / 新美南吉(著)
諏訪すわ神社の縁日に虎の見世物が出て、非常な人気を博したことはついその十日ほど前のことであった。孫四郎の絵ではその虎のおりが街頭に引き出されている。
「あれ一枚で、細帯一つ締めていないんだから、大丈夫ですよ。まあ猛獣がおりへ入れられたようなもんです」
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
その隣のおりの金網の中には嬉戯きぎする小猿が幾匹となく、頓狂とんきょうに、その桃色の眼のまわりを動かすのである。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
私は虎のおりの前に行って、たたずんだ。スティイムの通っている檻の中で私から一米と隔たらない距離に、虎は前肢を行儀よく揃えて横たわり、眼を細くしていた。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
まるで獅子のおりへ、じぶんから飛びこんだも同然で……こりゃア丹波、あわてるなといっても、無理です。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そんな赤ん坊用の大小のベットはおよそ四五十もあつたでせうが、それがみんな四方にかなり高い鉄の手すりの附いた、まるでおりのやうな恰好かっこうのベットなのでした。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
そして不思議な偶然の機会から殆ど命掛けの勇気を出して恋愛の自由をち得たと同時に、久しく私の個性を監禁していた旧式な家庭のおりからも脱することが出来た。
鏡心灯語 抄 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
好運を信じて、一度難を逃れた獅子ししおりへまたはいり込んだのだが、今度は、生きては出なかった。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
すると、象は、おりよりも高く立ち上る。そしておそろしく、どえらい、太古時代そのままの姿で、彼はひと声うなりを発する。あたりの空気は水晶のようにひびがはいる。
その絶望的な瞳には、形容しようもない狂暴な復讐心が燃えるようでもあり、運命にしいたげられて、反抗することのできないおりの中の猛獣のあきらめがあるようでもあります。
実は私も動物園の熊のようにあの鉄の格子こうしおりの中に入って山の上へ上げられた一人であります。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兵達は、皆のろのろと大儀たいぎそうに立ち上った。疲労がそうさせるのか、皆一様な単純な表情であった。考える力を喪失した、言わば動物園のおりのけもののようであった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
ただただ焦れたかぶるのみにて御座候ござそろ、されば、若き身をとじこめ候おりより、今日ようやくのがれいだし、古い乳母のもとをたより、その者の手にて、小石川伝通院でんずういん裏の
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
大小無数の水禽すいきんのさざめき、蛇のように、長いくびをくねらして小さなえさをさがしてはついばんでいる駝鳥だちょうおりの外には人間どもが、樹陰こかげのベンチの上に長々と寝そべったり
動物園の一夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
ここの舎房はふるいままので、鉄格子の、岩乗な舎房であった。まだ牢の感じの残っているものだった。おりであった。そこにいて私は、そんな異様が心にくるでもなかったのだ。
その人 (新字新仮名) / 小山清(著)
頑丈な金網をその周囲に高々と張りめぐらしている屋上運動場は、それだけで動物園の大きいおりを連想させた。そこだけが日没まで彼らにとって唯一の遊び場所になっていた。
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
この闘牛トウロスをいよいよ最後の運命地、市内の闘牛場へ運び入れるのがまた大変なさわぎだ。どこまでも猛獣という観念を尊重し、巌畳がんじょうおりへ入れて特別仕立ての貨車で輸送する。