とち)” の例文
張箍はりわ女袴をんなばかま穿いた官女くわんぢよよ、とちよ、三葉形みつばがたぬひを置いて、鳥の羽根はねの飾をした上衣うはぎひきずる官女くわんぢよよ、大柄おほがら權高けんだかで、無益むやく美形びけい
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
「ああ、おいらもそう思って、北国街道ほっこくかいどうから、雪のふるとちとうげをこえて、この京都へきたけれど……まだ鷲のかげさえも見あたらない」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水楢みずならとちなどもあったように思うが、繁り合った葉がそよふく風に揺れて、その間から洩れる日の光がみどりの竪縞を織りなしている。
木曾御岳の話 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
暮れから道路工事の始まっていた電車通りも石やアスファルトにすっかり敷きかえられて、とちの並み木のすがたもなんとなく見直す時だ。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は教会の前を曲って、その裏手のとちの林をき抜けて行った。私はときどき青空を見上げた。いかにもまぶしそうに顔をしかめながら。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
とちの枯木のもとに画架を立てたる青年画家は、静物の硝子杯と皿と水さしと醋ゆき林檎とを描きくづしたる古カンヷスの上に
春の暗示 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼等と自分とは、毎日吸ふ煙草までが違つて居る。彼等の吸ふのは枯れたとちの葉の粉だ、辛くもないが甘くもない、香もない。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
並み木に多いのは篠懸すずかけである。とち三角楓たうかへでも極めて少ない。しかし勿論派出所の巡査はこの木の古典的趣味を知らずにゐる。
都会で (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それはとちの実で、そのままで食ってはすこぶるにがいが、灰汁あくにしばらく漬けておいて、さらにそれを清水にさらして食うのであると説明した。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
尤も東にあるのが船橋の宝性寺ほうしょうじ、日蓮宗で、其草葺の屋根と大きな目じるしのとちの木は、小さく彼の縁から指さゝれる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
啄木鳥きつつき——軽井沢で、ロッヂを叩音ノックした禽。この松原湖のほとりでは、たかとちの樹を叩いてゐる。洞にゐる栗鼠を、呼びだしにかかつてゐるらしい。
独楽 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
取ろうとすると、あの小舟のような形をした虫の舳のようなところについているとちの実いろの眼が急に大きく目立ってわたくしを睨んでいるようです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
松、五葉松、楢、桂の類から、アクダラの樹やとちの樹のやうな樹でも、それが損傷そこなはれずに老いて巨大になれば、それ/″\の美しさをもて人に酬いる。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
われ小暗おぐらきリラの花近く、やさしきとち木蔭こかげけば、見ずや、いかで拒み得べきと、わが魂はさゝやくごとし。
草鞋ばきの足もとからは、とちは橡、山毛欅ぶなは山毛欅、それ/″\の木の匂を放つてゞも居る樣な眞新しい落葉のから/\に乾いたのを踏んで通るのが好きだ。
玉蜀黍とうもろこしの類を常食とし、とちの実を貯えるという風で、熊、猿、零羊かもしかを獲って里へ売りに出て、米を買って帰るくらいが里との交通のおもなものであったという。
「ケット」と「マット」 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
恭一君の家は小さい百姓家でしたが、まはりに、松や椿や柿やとちなどいろんな木がいつぱいありました。
かぶと虫 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
新緑の戸山ヶ原のとちの林の中で、その頃読んだトルストイの「復活」を批評し合つた初夏の日曜の事なども思ひ出した。恋人であると共に、得難い友人であつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
その頃の円山公園は、祇園神社のすぐ北側が鬱蒼とした森で、小径がついていて、あの名高いとちの近くに牡丹畑があり、そこに料亭があって牡丹畑というのでした。
明治懐顧 (新字新仮名) / 上村松園(著)
橋は一方少し坂になっている処からとちけやきぶななどの巨樹の繁茂している急峻な山の中腹に向ってけられてあるのだ。橋の下は水流は静かであるが、如何いかにも深そうだ。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
やがて、凄愴せいそうな自然力におののいているとちの樹林が現われ、その間に、二本の棺駐門の柱が見えた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
しかし例のとち転ばしの濁み声が前触れで、次の日は飛雪紛々、四周白尽。ただし寒気ゆるみ、室に椿象くさがめが這い廻る。ついに午後、みぞれまじりの雨となり、木々の枝珠をつらぬく。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
南北はとちの葉のやうな大きな掌面てのひらで押へつけるやうにして、急に雀右衛門の気に入りさうな台辞せりふ出鱈目でたらめに幾つか附け足すので、一旦曇つた女形の眼は急にまた明るくなつて来る。
とちの木の並んだ狸穴まみあなの通りを歩いたとき、夕暮のせまった街に人影はなかった。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
とち 三二・〇〇 八・五〇 二・三〇 五二・〇〇 四・〇〇 一・二〇
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
屋敷の入り口から玄関まではとちの並み木がつづいています。その両わきはりんご畑でちょうどりんごが赤く熟していました。書斎にはローマで買って来たという大理石の半身像が幾つもある。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
寺の地面うちだけでも、松、杉、かえで銀杏いちょうなどの外に、しいかし、榎、むくとちほおえんじゅなどの大木にまじって、桜、梅、桃、すもも、ゆすらうめ、栗、枇杷びわ、柿などの、季節季節の花樹や果樹があった。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
山の中にとちの木いっぽんあったずおん。
雀こ (新字新仮名) / 太宰治(著)
巴里の街のとちの葉は
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
貴公きこうよりまえに、北庄城ほくしょうじょうへさぐりにはいっていた拙者せっしゃでござる。また、とちとうげでごあいさつして通ったのもすなわち拙者で」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前には田なども作ってあり、対岸の尾沼谷にはとちの大木が多い。山頂は雲に掩われているが、日にてらされた谷の緑は燃えるように鮮かであった。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その翌朝は、きりがひどく巻いていた。私はレエンコートをひっかけて、まだ釘づけにされている教会の前を通り、その裏のとちの林の中を横切って行った。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
左右にすぎとちの林のもれを見て、その長い石段を登って行くだけでも、なんとなくおとなうものの心を澄ませる。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
恭一君の家は小さい百姓家ひゃくしょうやでしたが、まわりに、松や椿つばきかきとちなどいろんな木がいっぱいありました。
小さい太郎の悲しみ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
新緑の戸山ヶ原のとちの林の中で、その頃読んだトルストイの『復活』を批評し合った初夏の日曜の事なども思い出した。恋人であると共に、得難い友人であった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
東京市はしきりに西洋都市の外観にならわんと欲して近頃この種の楓またはとちたぐいを各区の路傍に植付けたが、その最も不調和なるは赤坂あかさか国坂くにざかの往来に越す処はあるまい。
のみならず足をすべらして転がつたことも度たびです。が、大きいとちの木が一本、太ぶとと枝を張つた下へ来ると、幸ひにも放牧の牛が一匹、河童の往く先へ立ち塞がりました。
河童 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「これがとち、あれが桂、あくダラ、沢胡桃さわぐるみ、アサヒ、ハナ、ウリノ木、……」
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
と、有り合はせのならとちと桐としきみと柿と椎と松と杉とと桑とを詠み込んで見せたものだ。すると、大名はぜんまい仕掛の玩具おもちやでも見せられたやうに首をひねつて感心してしまつたといふことだ。
器用な言葉の洒落 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
六本のとちや栗の大木に取り囲まれた小屋のようなものが低くみえた。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
都大路いまだゆらげるとちの葉に日向雨こそふりいでにけれ
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
とちの葉陰の舞踏ぶたふの庭のワットオぶりの花籠よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
なみのあらい北の海、吹雪ふぶきのすさぶとちとうげ、それから盲目めしいになってまで、京都の空へ向かっても、おいらは、クロよ、クロよとんでいた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いずれかといえば発育盛りの若木が多く、とちならの類・山榛やまはんのき・桂・樺・シデ・ぶなかえでなどは一抱以上もあるものがないでもないが、大木は割合に少ない方であろう。
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
案内者は足を止めて、忌々しさうに舌打ちをしながら、路ばたのとちの大木を見上げた。
槍ヶ岳紀行 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私たちはそのとちの林を通り抜けて、いつか小さな美しい流れに沿い出していた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「これがとち、あれが桂、あくダラ、澤胡桃さはぐるみ、アサヒ、ハナ、ウリノ木……。」
みなかみ紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
と、有り合はせのならとちと桐としきみと柿と椎と松と杉とと桑とを詠み込んで見せたものだ。すると、大名はぜんまい仕掛しかけ玩具おもちやでも見せられたやうに首をひねつて感心してしまつたといふことだ。
終日室内には瓦斯燈ガスとうを點ずる暗い日の續くのに自分はこの長閑のどかな日本の冬の日影を見ると、靜な公園のとちの葉が眞白な石像の肩に散りかゝる巴里パリーの十一月、咽び泣く噴水のほとりの冷い腰掛けに
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
酸敗えかかつたとちの葉の繊維せんゐ蛞蝓なめくじ銀線ぎんせんを曳き
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)