“有(あら)” の例文
アントニウスの眼の前には毎夜のやうに裸の美人が映つて、聖者を誘惑しようとして有(あら)ゆる戯(ふざ)けた姿をして踊り狂つてゐたといふ事だ。
「この店さえ出来あがれば、少し資本を拵(こしら)えて、夏の末には己が新趣向の広告をまいて、有(あら)ゆる中学の制服を取ろうと思っている」
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それから有(あら)ゆる苦しみをしてとうとうそれ以上の学校へは入ることが出来なかったが、そのうち独力で或る一つの発明をして
奧(おく)へ通じたれば天忠聞て大膳と有(あら)ば我甥(わがをひ)なり遠慮に及ばず直に居間(ゐま)へ通すべしとの事なれば取次の侍案内に及べば大膳は吉兵衞(きちべゑ)左京(さきやう)の兩人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
吾々の此の日常生活というものに対して些(さ)の疑(うたがい)をも挾(さしはさ)まず、有(あら)ゆる感覚、有ゆる思想を働かして自我の充実を求めて行く生活、そして何を見
絶望より生ずる文芸 (新字新仮名) / 小川未明(著)
独り立山連峰のみは日本アルプスに於ける万年雪の一大宝庫たる名を擅(ほしいまま)にす可き有(あら)ゆる条件を具(そな)えて、崢嶸(そうこう)たる峰巒を飾るに、白雪燦然たる四個の大カールと
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
私は掏賊(すり)だ、はじめから敵に対しては、機謀権略、反間苦肉、有(あら)ゆる辣手段(らつしゅだん)を弄して差支えないと信じた。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
町奉行所へ訴(うっ)たえ出たる事ありと、或る老人の話しなるが、それか有(あら)ぬか兎(と)に角(かく)、食物を与えざるも泣(なく)こと無く、加之(しかのみならず)子供が肥太(こえふと)りて、無事に成長せしは、珍と云うべし。
枯尾花 (新字新仮名) / 関根黙庵(著)
「有(あら)ゆる日本人はなにもかも捨てて、この新しい潮の方向を不動にするための、努力と責任を負わなければならない、為すべき事はその一つだ、そこから凡てが創(はじ)まるんだ」
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それでも喬木(けうぼく)の梢(こずゑ)の上(うへ)に火(ひ)は壓迫(あつぱく)に苦(くるし)んで居(ゐ)るやうに稀(まれ)に立(た)ち騰(のぼ)つては又(また)壓(おし)つけられた。徒勞(むだ)である喞筒(ポンプ)へ群集(ぐんしふ)は水(みづ)を汲(く)むのに近所(きんじよ)の有(あら)ゆる井戸(ゐど)は皆(みな)釣瓶(つるべ)が屆(とゞ)かなくなつた。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
悲鳴、叱呼(しっこ)、絶叫、怒罵と、衝突、破砕(はさい)、弾ける響、災の吼(うな)る音。有(あら)ゆる騒音の佃煮(つくだに)。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
馬爪(ばづ)のさし櫛(ぐし)も世(よ)にある人(ひと)の本甲(ほんかう)ほどには嬉(うれ)しがりし物(もの)なれども、見(み)る人毎(ひとごと)に賞(ほ)めそやして、これほどの容貌(きりよう)を埋(うも)れ木(ぎ)とは可(あたら)惜しいもの、出(で)て居(い)る人(ひと)で有(あら)うなら恐(おそ)らく島原(しまばら)切(き)つての美人(びじん)
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
『だつて君。』と信吾は委細呑込んだと言つた様な顔をして、『その人にだつて家庭(うち)の事情てな事が有(あら)アな。一年や二年中学の教師をした所で、画才が全然(すつかり)滅びるツて事も無からうさ。』
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
四辺(あたり)にはただ涼気が占めてゐるばかりである。さう思へばあの蜩、今頃は必ず鳴くものにして居た蜩も、今日は鳴いては居ない。蝉の声が絶えると共に、有(あら)ゆる声が此所を去つてしまつた。
秋の第一日 (新字旧仮名) / 窪田空穂(著)
そして彼等の、存在として孕んでいる、凡そ有(あら)ゆるどうにもならない矛盾の全てを、爆発的な乱痴気騒ぎ、爆発的な大立廻りに由って、ソックリそのまま昇天させてしまおうと企らむのだ。
FARCE に就て (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
彼(イエス)はヤコブの家を窮(かぎり)なく支配すべく又その国終ること有(あら)ざるべし
一匹(ぴき)の犬(いぬ)は吠(ほ)えながら彼(かれ)を追(お)ふ。後(うしろ)の方(はう)では農夫(のうふ)が叫(さけ)ぶ。イワン、デミトリチは兩耳(りやうみゝ)がガンとして、世界中(せかいぢゆう)の有(あら)ゆる壓制(あつせい)が、今(いま)彼(かれ)の直(す)ぐ背後(うしろ)に迫(せま)つて、自分(じぶん)を追駈(おひか)けて來(き)たかのやうに思(おも)はれた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
寔(まこと)に愛の潔(いさぎよ)き哉(かな)、この時は宮が胸の中にも例の汚れたる希望(のぞみ)は跡を絶ちて彼の美き目は他に見るべきもののあらざらんやうに、その力を貫一の寐顔に鍾(あつ)めて、富も貴きも、乃至(ないし)有(あら)ゆる利慾の念は
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
能(よく)も女の手一ツにて斯樣(かやう)に御育養(そだて)有れしぞ併(しか)し其後は御亭主(ていしゆ)も定めてお出來成(なさ)れたで有(あら)うに今日は何(いづ)れへかお出かけにやと言へばお光は形(かたち)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ノーノー、今に科学者がすべてを征服するの時が来ります、宗教の時代は過ぎました、有(あら)ゆる宗教は皆迷信を要素とするのに科学の勝利のみが着々と現実の文明を形成(かたちづく)る。
山道 (新字新仮名) / 中里介山(著)
氏は須磨子を愛し、須磨子を自分の芸術として仕上げ、完成させるためには、有(あら)ゆる努力をした。聰明な氏は自分の天分が学者であり、批評家であるに適してゐた事を知らない筈はなかつた。
有(あら)ゆる荷物が生き物のように赤い舌を吐いていた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
見る事ぞ病氣でさへなき物ならば此邊迄も見送(みおく)り遣(やら)んに無念(むねん)の事を仕てけりと前後不覺(ぜんごふかく)に泣沈み正體(しやうたい)更(さら)に有(あら)ざれば其有樣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)