数珠じゅず)” の例文
旧字:數珠
仏勤めはするのであるがまだ数珠じゅずは近い几帳きちょうさおに掛けられてあって、経を読んでいる様子は絵にもきたいばかりの姫君であった。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「ただ、秋草が、河原に咲いています。——三位殿は、老花おいばなを咲かせました」範宴は、法衣ころもたもとから数珠じゅずを取りだして、指にかけた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「手に筬胼胝おさだこができている。……比丘尼の手なら撞木擦しゅもくずれか数珠じゅず擦れ、筬胼胝というのはおかしかろう。……どうだ、わかったか」
顎十郎捕物帳:03 都鳥 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
うとうとすると、経帷子きょうかたびら数珠じゅずを手にした死装束の母が、朦朧もうろうと枕許に現れて……全身にビッショリと、汗をかいてしまいました。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
練って行くと見たのは、見直すとそうではない、十四五名の蓑笠がみんな数珠じゅずつなぎになって、手先に引き立てられて行くのです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と老僧四、五百人の手にした数珠じゅずを、床の上に投げあげた。少年は走り廻って拾い集めると、一つの間違いもなく持主に返した。
「とにかく、三浦屋のお職まで張った女が、袈裟を掛けて数珠じゅず爪繰つまぐりながら歩くんだから、象の上に乗っけると、そのまま普賢菩薩ふげんぼさつだ」
柿の花の固いところ、手に取っても崩れぬところ、その他いろいろな点から考えて、数珠じゅずつなぎにするにはふさわしい感じのように思う。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
鶴ほどに長い頸の中から、すいと出る二茎ふたくきに、十字と四方に囲う葉を境に、数珠じゅずく露のたま二穂ふたほずつぐうを作って咲いている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
袈裟や法衣をつけている者の正体はたしかに年る狐に相違なかった。死体の傍には数珠じゅずも落ちていた。小さい折本の観音経も落ちていた。
半七捕物帳:25 狐と僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
榎の葉蔭に、手の青い脈を流れて、すぐ咽喉のどへ通りそうに見えたが、もうとすると、たなそこが薄く、玉の数珠じゅずのように、しずくが切れて皆こぼれる。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ところがそこへ坊さんがお経を手に持って出て来て何か口の内で唱えながらお経と数珠じゅずをヤクの頭に載せて引導を渡すです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
順番が来て庸三がそばへ行くと、不幸者をいたわるような態度にかえって、叮嚀ていねいに水晶のたまころがし、数珠じゅずを繰るのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
豌豆えんどう隠元いんげんは畑に数珠じゅずりでも、もいでて食うひまは無い。如才じょさいない東京場末の煮豆屋にまめやりんを鳴らして来る。飯の代りにきびの餅で済ます日もある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
また或る家では女の子が、ランプの光の下に白くひかる貝殻を散らしておはじきをしていた。また或る店ではこまかいたまに糸を通して数珠じゅずをつくっていた。
おじいさんのランプ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
正面にはたまねぎの数珠じゅずがかかっていて、窓には赤と黄との金蓮花きんれんかが飾ってあった。彼はその広間にはいった。
親たちはたいていズズダマとっていたようだが、私などは寺詣てらまいりの爺媼じじばばの手首にける数珠じゅずと同じものと思って、みなはっきりとジュズダマと呼んでいた。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
死んだ妹のおもかげに立つ撥屋ばちやの店、もんじ焼の道具だの、せがんでたった一度飼ってもらった犬の首輪だのを買った金物屋の店……人形屋だの、数珠じゅず屋だの
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
頭巾ずきんかむり手に数珠じゅずを持ちつえつきながら行く老人としより門跡様もんぜきさまへでもおまいりする有徳うとくな隠居であろう。小猿を背負った猿廻しのあとからはつつみを背負った丁稚でっち小僧が続く。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
尼上の蓮の数珠じゅずを鼠の食いたりけるを見て「よめのこの蓮の玉を食ひけるは、罪失はむとや思ふらむ」
硝子窓の外で、ぎらりと光った数珠じゅずの玉が眼に映ったのと同時に、この出張りの天井の電燈もついた。光った数珠の玉は連翹れんぎょうしなった小枝に溜った氷雨か雫であった。
褐色の求道 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
自分もあのパカチのようなぐりぐり坊主になって袈裟けさを身にまとい、鼻汁をよく啜り上げる正覚禿坊主の前で、毎日毎晩数珠じゅずを首にかけて神妙に禅をくまねばならぬとは。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
私が、戯曲的に考えれば、生母の円明院えんみょういんお藤の方が、手首にかけた水晶の数珠じゅずを、武子さんが見て
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
数珠じゅずと杯を両手の生き仏から怪しい引導を渡されるのもこの月にしばしば聞くうわさの一つです。
しかし、稚市の姿が、視野から外れてしまうと、滝人はかたわらの、大きなきのこに視線をとめ、それから、家族の一人一人についての事が、数珠じゅず繰りに繰り出されていった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「おまえが、これからむかえにいく医者いしゃは、ただいったのでは、とてもきてはくれまい。このたまをやるからとたのんでみるがいい。」といって、くびにかけていた数珠じゅずをはずして
一粒の真珠 (新字新仮名) / 小川未明(著)
例の用心棒連はその押し合いへし合いしている中に数珠じゅずつなぎになってうなだれている。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
壮太は流れおちる汗を横なぐりに拭きながら、数珠じゅずつなぎにされた悪漢の前で喚いた。
謎の頸飾事件 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
頭の中で離れ離れになってなんの連絡もなかったいろいろの場所がちょうど数珠じゅずの玉を糸に連ねるように、電車線路に貫ぬかれてつながり合って来るのがちょっとおもしろかった。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
馬は口でくいしめ、歯をすり合わせながら、目に見えぬその網目を、しきりに噛み破ろうとしていた。歯を鳴らす音が、ここまで聞える。生乾きの掌で数珠じゅずをしごくような音だった。
庭の眺め (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
数珠じゅず瓜繰つまぐる手を株に染めて失敗し、百万円の借金を負い始末に困って自殺した」
むかでの跫音 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
奥さんを失った社長は悉皆すっかりくじけてしまった。糟糠そうこうの妻だったから、大打撃だったに相違ないが、あのガムシャラな人が仏道に志したのだから驚く。会社へ来ていても、数珠じゅずを手放さない。
人生正会員 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
この人は平生ふだんでも手に数珠じゅずを掛けている人であったが、師匠の病床に通って、じっと容態を見ておられたが、やや暫くの後、その場を去り、わきへ私を招き、ただならぬ顔色にて申すには
悪漢共は数珠じゅずつなぎとなって地下室を追い立てられ、上の座敷へ連れ去られた。先に捕縛した見張りの者と合せて十名、あとは自動車の都合をつけて、司令部に連行すればよいのである。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
車室の中の旅人たびびとたちは、みなまっすぐにきもののひだをれ、黒いバイブルをむねにあてたり、水晶すいしょう数珠じゅずをかけたり、どの人もつつましくゆびを組み合わせて、そっちにいのっているのでした。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
襟には水晶の数珠じゅずを掛け、口に法華経普門品ほけきょうふもんぼんを唱えながら馬に揺られたお銀の姿が、栄太と共に江戸町を引き廻された埃りっぽい日の正午下ひるさがり、八丁堀の合点長屋へ切れようとする角の海老床で
お前は一生の間よく私に仕えてくれた……私のまくらもとの数珠じゅずを取ってくれ。(数珠を受け取り手に持ちて)このきりの念珠はわしの形見にお前にあげる。これはわしが法然ほうねん様からいただいたのだよ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
が、彼はこんどはいきなり冷水をぶっかけられたように、ゾッとしはしたが千二百十三、千二百十四と、数珠じゅずをつまぐるように数え続けた。そして身動き一つ、睫毛まつげ一本動かさないで眠りをよそおった。
死屍を食う男 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
一人の尼が轆轤車ろくろぐるまに乗せられ、こっちへ曳かれて来るのである。年の頃は二十一二、切り下げ髪に墨染めの法衣、千切れた金襴の袈裟けさを掛け、手に水晶の数珠じゅずを握り、足には何んにも穿いていない。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
とがった耳と短い尻尾しっぽで、まっしぐらに進んで行く。人間どもが彼に罪をなすりつけたところで、それは彼の知ったことではない。彼はしかつめらしい顔をして、数珠じゅずつなぎのふんを落して行くのである。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「どけ! 糞坊主、この界隈で、知らねえもののねえ、おれ達のすることに、ケチをつけやがると、腰ッ骨を叩き折るぞ! おれさまたちのなさること、九拝三拝、数珠じゅずをつまぐって、拝見していろ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と、おかしげな気合を掛けたり、しまいには数珠じゅずを揉んで
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
そうしてしずかに笠の緒を解いて、たもとから数珠じゅずを出した。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
長身の住職が、数珠じゅずを手に、にこにこと、立っている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
さっき話したトンネルと回転扉の数珠じゅずつなぎだ。
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
名残りの円蓋えんがい数珠じゅずかけばと
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
山吹の花のつぼみ数珠じゅずもら
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そのただならぬ混雑のところへ、また新しい入牢が三人、釘勘の組のものに繩尻なわじりをとられて、数珠じゅずつなぎに門内へはいって来ました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥方も、泣くなく六代の髪をかき撫で、衣服を改めさせて、いよいよ別れというときに、小さい黒木の数珠じゅずを取り出して渡すのであった。
数珠じゅずで自分の額を撫で、こう言いながら、またお銀様の面を見上げました。その時にお銀様は、自分の面をそむけるような形で
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)