戸外そと)” の例文
猫の額ほどの菜園の土を掘りながら、今頃はまたおじいさんが読んでいなさるころだと思うと、おらくは出来るだけ長く戸外そとにいた。
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
戸外そとには車を待たして置いていかにもいそがしい大切な用件を身に帯びているといったふうで一時間もたつかたたないうちに帰ってしまった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
皆様みなさんお早う御座います」と挨拶するや、昨日きのうまで戸外そとに並べてあった炭俵が一個ひとつ見えないので「オヤ炭は何処どっかへ片附けたのですか」
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
一箇月ばかりして、彼はまた演説の腹案ふくあんをこしらえる必要が起ったので、平生いつものように散歩しながら思想をまとめるつもりで戸外そとへ出た。
赤い花 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして再び窓ぎわにかけ寄ってガラス戸を押し開いてみた時には、もはや、戸外そとの闇の中には何ものの気はいもありませんでした。
象牙の牌 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
犬ともつかず、何の獣の啼声とも知れない啼声が、戸外そとから鋭く聞こえてきた。昼でもこの辺りでは啼くという、むささびの声であった。
鸚鵡蔵代首伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「ちょいと拝借」と、いって、千フラン札で二十五万法を入れたタヌの手提げサッカ・マンを持ったまま、ひょろりと戸外そとへ飛び出していってしまった。
戸外そとへ出ると、一寸病院の前で足を緩めたが、眞砂町へ來るや否や、早速新らしい足袋を買つて、狹い小路の奧の蕎麥屋へ上つた。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そのののしり合う声々を戸外そとに聞いて、田丸主水正は、ここ作爺さんの住居すまい……たった一間ひとまっきりの家に、四角くなってすわっている。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
誰かの吹く普仏戦争当時の軍歌の口笛に客の足踏みが一せいに揃い、戸外そとには、ちかちかする星とタキシの呶号どごうと、通行の女と女の脚と
昨夜ゆんべおそく、郡書記が通りすがりに、ひよいと見るてえと、空気窓かざまどから豚の鼻づらが戸外そとをのぞいて、ゲエゲエ呻つたちふだよ。
最初から、こういう話と知っていたなら、充分に注意をするのだったし、雨などはいとわず戸外そとへも出たのにと、今になって、後悔された。
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
戸外そとは寒い。空は高く晴れて、どこから露が降るかと思うくらいである。手が着物にさわると、さわった所だけがひやりとする。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はその扉をさも玄関番の給仕でも閉めているかのごとく音立てて閉めて電気を消すと、その一角からそうっと戸外そとへ滑り出た。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
川の空をちりちりと銀のはさみをつかうように、二声ほど千鳥が鳴いたあとは、三味線の声さえ聞えず戸外そと内外うちもしんとなった。
老年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
戸外そとへ寝るのも非常に寒くて困難ですからどうか一夜の宿やどりを願いたいと言ったところが、案外快くそんならばまずこちらにお入りなさい
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
幼心には何がなんだかわからず、大きな鰻をさかせたり、お酒をのんだりしている父と、戸外そとにいることがたよりなかった。
の提灯を持つて土間へ下り、蓑笠するや否や忽ち戸外そとへ出て、物静かに戸を引寄せ、そして飛ぶが如くに行つて仕舞つた。
観画談 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
戸外そと朧夜おぼろよであった。月は薄絹におおわれたように、ものうく空を渡りつつあった。村々は薄靄うすもやかされ夢のように浮いていた。
土竜 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
けれども戸外そとに出た田部井氏は、どうしたことか、裏の窓口へは廻ろうとしないで、生垣の表門へ立って、前の通りをグルグル見廻しはじめた。
寒の夜晴れ (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
食事が済むと、彼は幾許なにがしかの勘定を払って戸外そとへ出た。そして安い旅館ホテルをさがす為に、場末の町へボツ/\と歩をむけた。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
「斯ういう処にいてかせぎに出るのかなあ!」と、私は、きたないような、浅間しいような気がして、暫時しばらく戸外そとに立ったまゝそっと内の様子を見ていた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
此方の曲者も人が来たなと思いましたから怖いゆえ窓から戸外そとへ出ようと思い、這うようにして玄関の方へ出に掛ります。
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
御骨も折れようが御辛抱ごしんぼうなさい、急いで立派な寺なぞ建てないで、と云ってわかれを告げる。戸外そとに紫の蝦夷菊えぞぎくが咲いて居た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そのくせ、内部で鳴っている音が、戸外そとにいる彼等にも判然と聴き取れるので……、今か今かと待つうちにも、よほどの時間が経過してしまった。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その時私は遠く戸外そとに出て遊んでゐた。家の下女が松平神社の前で私を見つける迄には、少しく時間が経つた。下女は
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
それにれて私自身わたくしじしん気持きもちもずっとれやかになり、戸外そと出掛でかけて漫歩そぞろあるきでもしてたいというようなふうになりました。
戸外そとも真暗で寒かった。ふだんなら気味が悪くって、とても夜中よなかにひとりで歩くことなんかできないのだけれども、その晩だけはなんともなかった。
火事とポチ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
今はちょうど、患者さんが眠って見えますので、こうして戸外そとへ出た訳で御座いますが、昨夜、十二時頃、お隣りで、甲高い女の声がきこえました。
好色破邪顕正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
一日々々と戸外そとは春景色になつた。お梅は故郷くにの親達や弟妹が花見に來る時節の近づくのを樂みにして待つてゐた。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
私は何かに打たれたように、フイと席を立って戸外そとへ出ました。まだ明い。内の二階で、波ばかり、青く欄干にかかったようには、暮れてはいません。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中川も同じ心にて「ホントに小山君はどうしたろう」と立って窓より戸外そとのぞくにあだかもこの時大原家を立出たちいでたる小山が此方こなたを望んで来かかれり。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
戸外そとでは風が鎧戸に吹きつけて騒々しい音をたて、また古めかしい風見を、独楽のように、からから𢌞していた。
寡婦 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
「今、あちらの方の山を越えて、この宿へ参った方がございます、その方が、戸外そとで御案内を乞うておりますよ」
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ラエーフスキイは立ち上がると窓に寄って、額をガラスに押しあてた。戸外そとは荒れ狂うめざましい雷雨だった。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
これは火事でも起ったのかと思い、戸口を開けてやみ戸外そとへ一歩踏み出した途端とたんに、脾腹ひばらをドスンと一つきやられて、そのまま何もかも判らなくなりました。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何を考えたか、自分も母家へ取って返して、薄暗い中にうごめく人々を一応見廻すと町の人達に後の事を頼んで、追い立てられるようにサッと戸外そとへ飛出します。
その病のさま一時は性命をさへ危くすべくおもはれぬれど、今は早や恢復に近し。猶戸外そとには出でずとなり。
戸外そとはとつぷり日が暮れて、龍王山の上に秋の夜の星が親しみ易く光つて居る。(明治四四、十、十八)
山遊び (旧字旧仮名) / 木下利玄(著)
靴屋くつやはこれをくと、襯衣シャツのまんまで、戸外そと駈出かけだして、うえかざして、家根やねうえながめました。
わたし戸外そとみゝそばだて、それからすこくびをもたげてしづかな部屋へやなか見廻みまはしながら、自問自答じもんじたふをした。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
弁天山の鐘の音の落ちかゝるように響いて、戸外そとのみぞれをまじえた雨はいつか雪になっていた……
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
なほも起つて來る強風は、私の耳には何か嘆き悲しんでゐるかすかな音を包み消してゐるやうに聽えるのです。家の内からか戸外そとからか最初のうちは分りませんでした。
戸外そとは霜が降って寒いとみえて往来を通る人の下駄の音が冴えて聞える。まだ宵の口には相違ない。私はランプをともそうと思って、手探りに四辺あたりを探したが分らなかった。
老婆 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ルパンはやや暫くの間沈思していたが、突然、戸外そとへ飛びだして、急いで貸自動車タクシーに飛び乗った。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
戸外そとは雪がちらちら降っていて、時々吹雪のような風が窓の戸をガタガタ音をさして、その隙間から、ヒューと寒く流込ながれこむと、申合もうしあわした様に子供だちは、ちいさな肩をみんな縮める
千ヶ寺詣 (新字新仮名) / 北村四海(著)
戸外そとることをとゞめられた、それゆゑマンチュアの急用きふよう其場そのばめられてしまうたわいの。
社宅を辞して戸外そとに出ると夜はけて月の光は真昼のようである。私は長峰の下宿に帰らず、そのまま夢のような大地を踏んで石壇道の雨に洗われて険しい行人坂を下りた。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
車大工というものは、いつも戸外そとで、中庭で、仕事をしなくちゃならない。親切な親方の家じゃ仕事場でするんだが、決してしめ切った所じゃない。広い場所がいるからだ。
そして小さな燗徳利を持つて戸外そとへ出てゆく。オヤ/\二合だけ買ひに行くのと見える。
岬の端 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)