愚昧ぐまい)” の例文
鶴輔からなった今の鶴枝も、しかし、けっして愚昧ぐまいでもない。第一、楽に時代と一緒に歩いているところに、先代同様の怜悧れいりを感じる。
随筆 寄席風俗 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「なあに、俺は大丈夫だ! 怒りを心に持っている。そのうちに愚昧ぐまいの連中を、一人残らず吹き飛ばしてみせる。まずそれまで辛抱さ」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
准后の廉子やすこにしろ、かしこすぎるくらいな女性だ。文観の宗旨しゅうしがたんなる邪教や愚昧ぐまいな説法にすぎぬなら、それにたばかられるはずはない。
ただ一日でも口笛を吹かれずに寛容されるとは、だらけ切った時代というのほかはなく、愚昧ぐまいきわまる批評界というのほかはないのだ。
愚昧ぐまい化することだけはできぬわい。俺は貴様の弟子の外光派につばをひっかける。俺は今度会ったら医者に抗議を申し込んでやる
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
一人は禿頭にして肥満すること豚児の如く愚昧ぐまいの相を漂わし、その友人は黒髪明眸めいぼうの美少年なりき、と。黒髪明眸なる友人こそ即ち余である。
風博士 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
現代の教育はいかほど日本人を新しく狡猾こうかつにしようとつとめても今だに一部の愚昧ぐまいなる民の心を奪う事が出来ないのであった。
この男の愚昧ぐまいさの必然性が——「何故に彼が常にかくも、他人の目からは愚かと見えるような行動に出ねばならないのか、」
狼疾記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
吾輩の水彩画のごときはかかない方がましであると同じように、愚昧ぐまいなる通人よりも山出しの大野暮おおやぼの方がはるかに上等だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大衆は永久に愚昧ぐまいであり、政治家は永久に悪魔的であり、政治は本質的に非合理性を持つということはできないのである。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
ジャン・ヴァルジャンはマリユスに対してひそかに戦いを始めたが、マリユスはその情熱と若年との崇高な愚昧ぐまいさでそれを少しも察しなかった。
ジャン・ヴァルジャンは片田舎かたいなか愚昧ぐまいなる一青年であった。彼は一片のパンを盗んだために、ついに十九年間の牢獄生活を送らねばならなかった。
レ・ミゼラブル:01 序 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
抜きたがるような人間は野蛮で愚昧ぐまいときまっているので、そこがまた始末に困るのだが、力で負けると次には卑劣な報復をしたがるものですからな
いさましい話 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
十四郎はまったく過去の記憶をうしなっていて、あの明敏な青年技師は、一介の農夫にも劣る愚昧ぐまいな存在になってしまった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
かくいさぎよきものの、いかなれば愚昧ぐまい六四貪酷どんこうの人にのみつどふべきやうなし。今夜こよひ此のいきどほりを吐きて年来としごろのこころやりをなし侍る事のうれしさよといふ。
老生もとより愚昧ぐまいいえども教えて責を負わざる無反省の教師にては無之これなく、昨夕、老骨奮起一番して弓の道場を訪れ申候。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ただ文三のみは、愚昧ぐまいながらも、まだお勢よりは少しは智識も有り、経験も有れば、若しお勢の眼を覚ます者が必要なら、文三を措いてたれがなろう?
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
どうか菽麦しゅくばくすら弁ぜぬ程、愚昧ぐまいにして下さいますな。どうか又雲気さえ察する程、聡明そうめいにもして下さいますな。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
連歌の単調かくの如し。如何に愚昧ぐまいなる足利時代の文学者といへども、半人一人のこれに不満なる者なからんや。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
社会民衆の恣意しいに任せて安堵あんどしているのも間違っている。民衆は賢明なところもあるが愚昧ぐまいなところもある。
外来語所感 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
彼女はそういうと、彼らのそばをはなれた。こういう人事を尽すということも花桐には愚昧ぐまいの極みに思われた。
花桐 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
決して貴方のお言葉を疑うわけではないのですが……どうか哀れな愚昧ぐまいな夫を救ってやるとお思いになって
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
「どうぞ、それを日本国へ持ち帰ることはやめて下さい。かかる愚昧ぐまいなことを書いたものが、わが英国にあったということが知れては、わが国の恥辱であるから」
妖怪学一斑 (新字新仮名) / 井上円了(著)
よし自家相伝のこころはないまでも、日本刀剣づくりの大道から観て、どうして己が苦心になる方策をおのれのみのものとして死の暗界に抱き去るような愚昧ぐまいを犯そう!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
わたくし愚昧ぐまいでございまして、それゆえ申上げますことも前後あとさきに相成ります事でございまして、何かとお疑ぐりを受けますことに相成りましたが、なか/\何う致しまして
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
忍びたる不忠ふちう不義ふぎ曲者くせものなり又汝等が兄喜内は善惡ぜんあく邪正じやしやうわかちなくしたしきを愛しうときをにくまことに國をみだすの奸臣かんしんなる故我うち取て立退たちのきしを汝等は愚昧ぐまいなれば是をさとらず我を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ねがわくは先輩諸氏愚昧ぐまい小生のごときをも清き諸氏の集会の中に諸氏の同朋どうぼうとして許したまえ。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
彼等かれら自分じぶん田畑たはたいそがしいときにもおはれる食料しよくれうもとめため比較的ひかくてき收入みいりのいゝ日傭ひようく。百姓ひやくしやうといへば什麽どんな愚昧ぐまいでもすべての作物さくもつ耕作かうさくする季節きせつらないことはない。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
単なる形の似よりから凡ての現われと同じものと見るのは、はなはだしき愚昧ぐまいな見断である。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私はそれを、人間の知力にとつて自明の公理と見てゐたのだ。私は唯、それを他人の前にわざわざ表明する大仕掛な仕草に愚昧ぐまいと虚偽とを見、それへの羞恥感に堪へられなかつたまでだ。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
緑の樹蔭こかげに掩はれた村、肥えて嬉々きゝとして戯れてゐる牧獣や家禽かきんの群、薫ばしい草花に包まれた家屋、清潔に斉然きちんと整理された納屋や倉、……よみがへつた農業! 愚昧ぐまいな怠慢な奴隷達から開放された
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
愚昧ぐまい饒舌しゃべると間違います。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その顔貌がんぼうは接近してる主人たちのとおりに仕上げられる。愚昧ぐまいな者の飼ってる猫は、怜悧な者の飼ってる猫と同じ眼つきではない。
愚昧ぐまいなる周囲から道徳的破産を宣せらるるの恥辱、すべてを巻き込まんとする虚偽粉飾の生温い空気、その他あらゆるものに彼の霊肉はさいなまれた。
じたい、禅家では、怨霊などというものは、嬰児あかごの熱病ほどにも見ておらん。愚昧ぐまい迷妄な沙汰とわらっておる。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
傲慢ごうまんと丁重と、憤激と愚昧ぐまいとその混合、真実の苦情と虚偽の感情とのその混淆こんこう暴戻ぼうれいの快感をむさぼる悪人らしいその破廉恥、醜い魂のその厚顔なる赤裸
そうして、愚昧ぐまいな原住民の驚嘆を前に、到る処に小ピラミッドやドルメンや環状石籬せきりを築き、瘴厲しょうれいな自然の中に己が強い意志と慾望との印を打建てたのであろう。
もちろん愚昧ぐまいというものではない、——いっそ愚昧であるほうがよい、という種類の、したがって一藩の主君としては、もっとも好ましからぬ性格のようであった。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
独裁政や専制政は大衆の無知と愚昧ぐまいを土台にして成り立つが、民主主義は正にこのような人間の向上性を前提とし、大衆の向上と政治の合理化を信ずるところに成り立つ。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
五「今日こんにちかみの御名代として罷出まかりでましたが、性来せいらい愚昧ぐまいでございまして、申上げる事もついにお気に障り、お腹立に相成ったるかは存じませんが、ひとえに御容赦の程を願います」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
愚昧ぐまいな二人の青道心を、いくらかでも悟りの方へ近づけてやろうという、しかも芸者買という最も誤解され易い手段を用いて敢て後輩を導くという、容易ならぬことである。
勉強記 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
可愛さあまって憎さが百倍とは、このことであろうか、などと一文の金もなき謂わば賤民、人相よく、ひとりで呟いてひとりで微笑んでいた。私は、この世の愚昧ぐまいの民を愛する。
二十世紀旗手 (新字新仮名) / 太宰治(著)
アウエルバツハの穴蔵に愚昧ぐまいの学生をはしらせたる、メフイストフエレエスの哄笑なり。
LOS CAPRICHOS (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
豪慢ごうまんなる、俗悪なる態度は、ちょうど、娘を芸者にして、愚昧ぐまいなる習慣に安んじ、罪悪に沈倫ちんりんしながら、しかもおだやかにその日を送っている貧民窟ひんみんくつへ、正義道徳、自由なぞを商売にとて
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「そんな静かな暮しに何ごとが起るものぞ。わしの考えるところによると、その阿闍利こそ大徳の聖といってもよいくらいだ。名に走らず、愚昧ぐまいに突き入らず、わしは会うて話したいくらいじゃ。」
あじゃり (新字新仮名) / 室生犀星(著)
後の八代将軍吉宗たる源六郎もちろん愚昧ぐまいではない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
音楽を愛していたが、たまらないほどの愚昧ぐまいさで音楽のことを語っていた。その感激の露骨な卑しさは、子供の感情の純潔さをひどく傷つけた。
「バルーさんに尋ねなかったからこんなことになるんだ!」——その愚昧ぐまいな態度を検事は陪審員らに注意した。
「——はやく、奪ってこい」愚昧ぐまいな若君だが、こんな懸け引きは上手である。七郎は、いくら主人の子でもと、ちょっと小憎く思ったが、泣く子と地頭だった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
曾ては国をおもって夙夜しゅくや寝ることのなかった者が、やがてはいたずらに肥え太って身じろぎも重く、壮年にして早くも後世の安楽をたのむという愚昧ぐまいなことになってしまう
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)