悲哀かなしみ)” の例文
新しい言葉を学ぶことによって、岸本は心の悲哀かなしみを忘れようと志した。同宿の留学生が天文台の近くに住む語学の教師を彼に紹介した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういう人々は、墓詣りということが普通ただの習慣となってしまっているらしい。『時』が彼等の悲哀かなしみを磨り減らしたのであろう。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
けれども僕は里子のことを思うと、うらみいかりも消えて、たゞ限りなき悲哀かなしみに沈み、この悲哀の底には愛と絶望が戦うて居るのです。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
余は一個の浮浪ふろう書生しょせい、筆一本あれば、住居は天幕てんまくでもむ自由の身である。それでさえねぐらはなれた小鳥の悲哀かなしみは、其時ヒシと身にみた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
底深い群青色ぐんじやういろの、表ほのかにいぶりて弓形に張り渡したる眞晝の空、其處には力の滿ち極まつた靜寂しじま光輝かがやきがあり、悲哀かなしみがある。
新らしい悲哀かなしみ驚異おどろき、まだ固い真青な柿の実はキラキラと厚い葉の簇から銀と緑を射返し、あの華奢な白猫のゐたあたりには
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
つい今迄その感情の満足をはからなかつた男だけに、言ふ許りなき不安が、『男は死ぬまで孤独ひとりぼつちだ!』といふかれ悲哀かなしみと共に、胸の中に乱れた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
大人になって、偉い人になって、遊びに行くと誓った私はお屋敷の子の悲哀かなしみを抱いておきてられいましめられわずかに過ぎし日を顧みて慰むのみである。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「すべて歓楽の裏一重には悲哀かなしみがあるとか申しますが、その悲哀が偶然ゆくりなくあなたを襲うたのでござりましょうよ! おや、夜鶯ようぐいすが啼いております」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
貢さんは何時いつも聞く阿母さんの話だけれど、今日はつめたい沼の水のそこの底で聞かされた様な気がして、小供心に頼り無い沈んだ悲哀かなしみ充満いつぱいに成つた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
と、私は気が狂ってしまうかと思ったほどはげしい悲哀かなしみにとらわれてしまった。私は自分というものから脱れるためにはどうしたら好いかと考えてみた。
一枚の図をひく時には一心の誠をそれに注ぎ、五尺の身体こそ犬鳴きとり歌い権兵衛が家に吉慶よろこびあれば木工右衛門もくえもんがところに悲哀かなしみある俗世にりもすれ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ロレ 諸天善神しょてんぜんじんねがはくはこの神聖しんせいなるしきませられませい、ゆめ後日ごじつ悲哀かなしみくださしまして御譴責ごけんせきあそばされますな。
私は小さき胸にはりさけるような悲哀かなしみを押しかくして、ひそかに薄命な母をいたんだ、私は今茲ことし十八歳だけれども、私の顔を見た者は誰でも二十五六歳だろうという。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
それに依って得た歓楽よろこびは、必ずしも大きくはありませんでしたが、その後に来た悲哀かなしみは、凄惨せいさんと言っても足りないくらい、実に想像を絶して、大きくやって来ました。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
清三は時々その幼い弟のことを思い起こすことがある。死んだ時の悲哀かなしみ——それよりも、今生きていてくれたなら、話相手になって、どんなにうれしかったろうと思う。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
すべての欲望のぞみの中の一つの欲望のぞみ——あの静かなところにいては、ロアンのように赤いあの赤い唇から何の声も出すことは出来ないのか? この世に、王の悲哀かなしみのごとき悲哀かなしみはない。
ウスナの家 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
唯乳母が居て、地獄、極楽、つるぎの山、三途の川、賽の河原や地蔵様の話を始終聞かしてくれた。四五歳よついつつの彼は身にしみてその話を聞いた。そうして子供心にやるせない悲哀かなしみを感じた。
地蔵尊 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
女は美人に生れると、悲哀かなしみが多い、「芸術」が必要な所以ゆゑんだ。醜女に生れると絶念あきらめなければならぬ、「哲学」が無くてはならぬ訳である。哲学は蛇と共に女の一番嫌ひな物である。
自然また大きな悲哀かなしみもやつてないのだ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
と娘らしい悲哀かなしみが憤怒に代っていったが
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
悲哀かなしみ!遂に吾れをころす………。
かの日 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
蒼白あをざめた鏡は悲哀かなしみへやを見つめて
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
幾何いかばかりの悲哀かなしみでありませうか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
悲哀かなしみ悲哀かなしみのままの姿で
愛の詩集:03 愛の詩集 (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
新しい住居で今一度おうということを約して置いて、やがて民助はそこそこに谷中の方へ戻って行った。強い悲哀かなしみが岸本の心に残った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
長男の浩一は、過る日露の役に第五聨隊に従つて、黒溝台こくこうだいの悪戦に壮烈な戦死を遂げた。——これが静子の悲哀かなしみである。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
もしはかないものでないならば、たとい人はどんな境遇におちるとも自分が今感ずるような深い深い悲哀かなしみは感じないはずだ。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
まだ残っている頬擦りや接吻くちづけあたたかさ柔かさもすべて涙の中に溶けて行って私に残るものは悲哀かなしみばかりかと思われる。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
如何に頑固な先生の加担者かとうどでも、如何程にがり切ったあなたの敵対者てきたいしゃでも、堪え難いあなたの苦痛と断腸だんちょう悲哀かなしみとは、其幾分を感ぜずに居られません。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
多くの人達は獣人族のために奴隷にされてコキ使われよう! かりにも一国の主たる者が、どうして平然としていられよう。ここだ、王者の悲哀かなしみは!
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ピータ はて、樂人がくじんさん、何故なぜうて、いま乃公おれこゝろなかでは「わしこゝろ悲哀かなしみに……」がはじまってゐる最中さいちゅうぢゃ。
混雑また混雑、群衆また群衆、行く人送る人の心は皆そらになって、天井に響く物音が更に旅客の胸に反響した。悲哀かなしみ喜悦よろこびと好奇心とが停車場の到る処に巴渦うずを巻いていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ああ、あまりにすぐれた、痛みを覚えるほどの美しさ! わが愛の愛デヤドラ、わが悲哀かなしみの中のかなしみ、わが歎きのなかのなげき! この悲しみのために、わしは老いてしまうた。
ウスナの家 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
ああ、しかし、自分は、大きな歓楽よろこびも、また、大きな悲哀かなしみもない無名の漫画家。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
上川原野かみかはげんやを南方へ下つて行く。水田が黄ばむで居る。田や畑の其處此處に燒け殘りの黒い木の株が立つて居るのを見ると、開け行く北海道にまだ死に切れぬアイヌの悲哀かなしみが身にしみる樣だ。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
一枚の図をひく時には一心の誠を其に注ぎ、五尺の身体こそ犬鳴き鶏歌ひ權兵衞が家に吉慶よろこびあれば木工右衞門もくゑもんが所に悲哀かなしみある俗世に在りもすれ、精神こゝろは紛たる因縁にられで必死とばかり勤め励めば
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
何時いつ何時いつもわが悲哀かなしみ背景バツクには銀色ぎんいろ密境みつきやうぞ住む。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
其の悲哀かなしみは時を打つ振子ふりこのやうに
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
年わかき悲哀かなしみとそのきほひは
かの日の歌【四】 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
こんなおまんの心づかいも、吉左衛門の悲哀かなしみを柔らげた。吉左衛門は床の上にすわったまま、まくらを引きよせて、それをひざの上に載せながら
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
の音をゆるやかにきしらせながら大船の伝馬てんまをこいで行く男は、澄んだ声で船歌を流す。僕はこの時、少年こどもごころにも言い知られぬ悲哀かなしみを感じた。
少年の悲哀 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
崖にす日光は日に日に弱って油を焦がすようだった蝉の音も次第に消えて行くと夏もやがて暮れ初めて草土手を吹く風はいとど堪えがたく悲哀かなしみを誘う。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
そこはかとなき若い悲哀かなしみ——手頼たよりなさが、消えみ明るみする螢の光と共に胸に往来して、ひとにとも自分にとも解らぬ、一種の同情が、おのづ呼吸いきを深くした。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ロミオ アーメン、アーメン! 如何どん悲哀かなしみようとも、ひめかほうれしさのその刹那せつなにはかへられない。
田や畑の其処そこ此処ここけ残りの黒い木のかぶが立って居るのを見ると、ひらけ行く北海道にまだ死に切れぬアイヌの悲哀かなしみが身にしみる様だ。下富良野しもふらので青い十勝岳とかちだけを仰ぐ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「心の悲哀かなしみが顔へ出て、今でもお前は悲しそうだ。一層悲しくなるがいい。だがお前は美しい。美しい顔へ悲哀がまとい、二重の美しさとなっている。それが私には煩悩ぼんのうの種だ」
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いかに大きな悲哀かなしみがあとでやって来てもいい、荒っぽい大きな歓楽よろこびが欲しいと内心あせってはいても、自分の現在のよろこびたるや、お客とむだ事を言い合い、お客の酒を飲む事だけでした。
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それはただあなたのお心の悲哀かなしみでございましたろう。
ウスナの家 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
ちついた悲哀かなしみ断片だんぺんがしみじみと降りしきる。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)