微笑ほゝゑみ)” の例文
短く伸びた髯をひねつて、さも疑のない勝利を向うに見てゐるやうな、凝り固つた微笑ほゝゑみを浮べて、相手の様子を眺めてゐたのである。
クサンチス (新字旧仮名) / アルベール・サマン(著)
ベアトリーチェはたゞ少時しばし我をかくあらしめし後、火の中にさへ人をさいはひならしむる微笑ほゝゑみをもて我を照らしていひけるは 一六—一八
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「さうさな」と楊庵は云つて、顔には横着らしい微笑ほゝゑみが見えた。「小父さんは金を上げなくつても、回向をして下さるかも知れない。」
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
しよう。わしが生命いのちよりもいとしく思ふその清々すが/\しい微笑ほゝゑみを消さずに、お前の唇のうへを通るものなら、それこそ、どんな話でも聴かう……
職業(教訓劇) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
父はくな/\と膝を折り、幾年の監禁にめつけられた痛々しい頬に、ニヤリと佗しげな微笑ほゝゑみをのせて、しよんぼりとみよ子の前に坐つた。
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
鳶尾草いちはつの花、清淨しやうじやう無垢むくかひなの上にいて見える脈管みやくくわんの薄い水色、肌身はだみ微笑ほゝゑみ、新しい大空おほぞらの清らかさ、朝空あさぞらのふとうつつた細流いさゝがは
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
省吾は少許すこし顔をあかくして、やがて自分の席へもどつた。参観人は互に顔を見合せ乍ら、意味の無い微笑ほゝゑみ交換とりかはして居たのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
家搜索やさがし致さんが此儀は御承知なりやと云ひければ和尚をしやう微笑ほゝゑみ夫は御勝手次第に家搜やさがしでも何でも致されよと一かう平氣へいきなり掃部然らばとて本堂を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
けれども話す人も聞く人も、たゞ静かに安らかにぢっと微笑ほゝゑみをつゞけてゐるばかりであって、彼等は少しも動かなかった。
晩餐 (新字新仮名) / 素木しづ(著)
十町足らずの歩行に君の疲勞は非常であつたのですが、八幡宮に參詣して杉の樹立の間を湖の前に下りた頃は、寂しげな微笑ほゝゑみが君の唇に上りました。
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
それから此上もなく光沢つやのある真珠の歯が、紅い微笑ほゝゑみの中にきらめいて、唇のゆがむ毎に、小さなゑくぼが、繻子のやうな薔薇色のうつくしい頬に現れる。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
このときも、彼は私の口にした素氣そつけない返答には心を留めないで、彼特有のある微笑ほゝゑみを浮べて私を見た。而もそれは滅多めつたにしか表はさないものであつた。
よく彼れのうなじに手をまいて、近々と彼れの顏の前で他人には見せない蠱惑に滿ちた微笑ほゝゑみをほゝゑんだ、さう云ふ記憶は現在の事のやうに鮮かに殘つてゐた。
実験室 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
さればといつて、別に話すでもなく、細めた洋燈ランプの光に、互ひの顏を見てはをとなしく微笑ほゝゑみ交換かはしてゐた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼女かのぢよ若々わか/\しくむねをどきつかせながら、いそいでつくゑうへ手紙てがみつてふうつた。彼女かのぢよかほはみる/\よろこびにかゞやいた。ゆがみかげんにむすんだ口許くちもと微笑ほゝゑみうかんでゐる。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
皓齒しらはえて、口許くちもと婀娜あだたる微笑ほゝゑみ。……かないとこゝろまると、さらりと屈託くつたくけたさま
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
をんなは怒つたり、ねたり、泣いたり、声を立てて笑ふすべはよく知つてゐたが、あのジヨコンダの口もとに見るやうな底の知れない深味のある微笑ほゝゑみの味ひはわからうともしなかつた。
人聲俄かに聞えて平常たゞならぬに、ねふれる樣なりし美人はふと耳かたぶけぬ、出火か、鬪諍いさかひか、よもや老夫婦がと微笑ほゝゑみはもらせど、いぶかしき思ひに襟を正して猶聞とらんと耳をすませば
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
太い曲つた煙管きせるを左の手に持ち、少し耳が遠いらしく、顔を前に出して物を言つたり聞いたりせられる度に、右のに垂れた眼鏡の紐がゆるやかに揺れた。翁は終始しゆし偉大な微笑ほゝゑみもつて語られた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
峻厳さうなる微笑ほゝゑみの、お屋敷町の奥さんれん
私も同感の微笑ほゝゑみを送つた。
東京に生れて (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
微笑ほゝゑみつくる嬉れしさを
ふるさと (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
われ微笑ほゝゑみにたへやらず
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
うすくれなゐの微笑ほゝゑみ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
一の微笑ほゝゑみの光をもて我をしたがへつゝ淑女曰ふ。身をめぐらしてしかして聽け、わが目の中にのみ天堂あるにあらざればなり。 一九—二一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
其調子がいかにも皮肉に聞えたので、準教員は傍に居る尋常一年の教師と顔を見合せて、思はず互に微笑ほゝゑみもらした。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
髮に微笑ほゝゑみを含んで清い小川をがはの岸に寄りかかる少女子をとめご金雀花えにしだ、金髮の金雀花えにしだ色白いろじろ金雀花えにしだ清淨しやうじやう金雀花えにしだ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
私は、この四邊あたりの人氣者になつたやうな氣がした。何時でも表へ出ると、あちらからもこちらからも、あたゝかい挨拶の聲をかけられ、親しげな微笑ほゝゑみで迎へられた。
敏捷に怜悧れいりにすきもなく動いてる、黒みがちの睫のながい子供の瞳をぢっと見てゐると、どうしたらいゝだらうといふやうに、やがて顔一ぱいな微笑ほゝゑみを持って
晩餐 (新字新仮名) / 素木しづ(著)
なさざれば其方をつと有ると思ふかやをつとはやなきなり因て我にしたがふべしと云ひければお梅は不審いぶかり何故なにゆゑをつとなしと云ひ給ふととふに粂之進は微笑ほゝゑみ其方が夫喜八は火附盜賊を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
妹の自分にさへ分つてをるのに、兄に分らぬはずがあらうか……とみよ子はなほも微笑ほゝゑみをつゞけてゐる。
父の帰宅 (新字旧仮名) / 小寺菊子(著)
其間も彼女は、溢るゝ許りの愛情の微笑ほゝゑみをもらして、わしをぢつと見戍みまもつてゐるのである。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
桃色の微笑ほゝゑみ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
かのあこがるゝ微笑ほゝゑみがかゝる戀人の接吻くちづけをうけしを讀むにいたれる時、いつにいたるも我とはなるゝことなきこの者 一三三—一三五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
をしへよサア平左衞門どうぢや/\と急立せきたてければ平左衞門は微笑ほゝゑみながら夫のことは物のかずたらずと申を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ゆきした、堅い心も突きとほす執念しふねん深い愛、石に立つ矢、どんなに暗い鐵柵てつさくあみなかへもはひ微笑ほゝゑみ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
時としてはのつつましさうに物言ふ声を、時としては彼の口唇くちびるにあらはれる若々しい微笑ほゝゑみを——あゝ、あゝ、記憶ほど漠然ぼんやりしたものは無い。今、思ひ出す。今、消えて了ふ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
そは我をしてわが目にてわが恩惠めぐみわが天堂の底を認むと思はしむるほどの微笑ほゝゑみその目のうちに燃えゐたればなり 三四—三六
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
嗚呼、ものりし鳶色とびいろの「」の微笑ほゝゑみおほきやかに
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
またこの目には左右に等閑なほざりの壁ありき、聖なる微笑ほゝゑみ昔の網をもてかくこれを己の許に引きたればなり 四—六
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
物靜かなる死の如く、微笑ほゝゑみ作るかはたれに
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)