床几しょうぎ)” の例文
茶店の床几しょうぎ鼠色ねず羽二重はぶたえ襦袢じゅばんえりをしたあら久留米絣くるめがすりの美少年の姿が、ちらりと動く。今日は彼は茶店の卓で酒をんでいるのだ。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二軒茶屋の床几しょうぎへ茶代を置いて、こういいながら、あわてて、後を追ってきた手代てだいふうの男と、そして、三十がらみの商家の御寮人ごりょうにん
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「此処へ来たまえ。」と言って拘留室の前の、小さな床几しょうぎを指さした。私はそこに腰をおろした。ふと気がつくと其処にOも来ていた。
或る少女の死まで (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ある殿との領分巡回りょうぶんめぐりの途中、菊の咲いた百姓家に床几しょうぎを据えると、背戸畑せどばたけの梅の枝に、おおきな瓢箪がつるしてある。梅見うめみと言う時節でない。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
舞台の下手まで来て「あゝ、草臥くたびれた/\」と腰を伸し、空を見上げて「まだ日が高けえや、一服つてかう」と下手の床几しょうぎに腰を掛け
その傍らには店のさきに二脚ほどの床几しょうぎをならべて、駄菓子や果物やパンなどを食わせる休み茶屋のようなこともしているのだ。
水鬼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
床几しょうぎ代りにまた腰をかけて、少し休む。河原の砂に、点々として、爪痕のあるのは、水を飲みに下りた、鹿の足痕であると、猟師はいう。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
成吉思汗ジンギスカン合爾合カルカ姫は中央の篝火の正面に、並んで床几しょうぎに掛ける。猛虎太陽汗タヤンカンは悠然と成吉思汗ジンギスカンの傍に坐る。汪克児オングルは独りでふざけまわる。
らっきょう頭をピリリとさせ、金茶金十郎が紺緞子こんどんすえりの胸元を取って思わず床几しょうぎから立ち上ったのはさもあるべきことです。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
葭簀よしずを立掛けた水茶屋の床几しょうぎにはいたずら磨込すりこんだ真鍮しんちゅう茶釜ちゃがまにばかり梢をもれる初秋の薄日のきらきらと反射するのがいい知れず物淋ものさびしく見えた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ちょうどそこに床几しょうぎがある。われわれは腰をおろして、またぼんやりと見とれる。今日は夕方の光線の工合が実によかった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
ビールやサイダアのビラがある、「ひやむぎ」と書いた貼紙、店は開け放して、長い床几しょうぎが二、三脚、硝子のすだれ、造花の軒飾り、祭りの提灯。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
陣幕の中央に床几しょうぎがある。天草時行が腰かけている。なんの武装もしていない。例によってきたないじじいである。さけたみつ口から歯が見える。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あけた窓、しめた窓、暖炉のすみ、肱掛椅子ひじかけいす普通なみの椅子、床几しょうぎ、腰掛け、羽蒲団はねぶとん、綿蒲団、藁蒲団わらぶとん、何にでもきまった金をかけておくことだ。
白樺板の間仕切りの上に「五日週間ピャチ・ドニエフカ」とはり紙されている。「五ヵ年計画を四年で!」とかいた発電所のポスターがある。粗末な机、粗末な床几しょうぎ
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
又は造物つくりもの床几しょうぎ等を出したり入れたり按配あんばいしたりする加減に注意するので、そんな仕事のない能では、初めからしまいまで唯座っているきりである。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
泉水を廻って築山つきやまのうしろへ出ると光政専用の的場がある。そこに床几しょうぎを置いて光政が掛けていた。側には小姓二名、弓と矢壺をささげて控えている。
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
王を二尺左に離れて、床几しょうぎの上に、ほそき指を組み合せて、ひざより下は長きもすそにかくれてくつのありかさえ定かならず。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、ハンカチを取り出して額の汗をぬぐった。それから再び腰をおろしたが、それは前に坐っていたところでなく、反対側の壁ぎわの床几しょうぎであった。
平次とガラッ八は、そこから少し離れて、虫聴き台の捨石や床几しょうぎに思い思いに腰を掛けて、三河島の浅吉の監視の下にいる十五六人の人数に近づきました。
和流砲術の大家、井上外記げき正継まさつぐ、稲富喜太夫直賢なおかた田付たつけ四郎兵衛景利かげとしの三人がかなえのかたちになって床几しょうぎに掛け、右往左往する組下の働きぶりを監察していた。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そんな時には、今度東京に行ったら、三本足の床几しょうぎを買って来て、ここへ持って来ようなんぞと思っている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
茶店の床几しょうぎにあぐらをかいて、ゆっくりカルピスをすすってみても、私は、やはり三十二歳の下手な小説家に過ぎなかった。少しも、若い情熱が湧いて来ない。
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そしてその左右には与力が向かい合いに床几しょうぎに腰をおろし、一々の者の「踏み方」をきっとにらみ見ていた。
杉の大木の下に床几しょうぎを積み上げたるに落葉やゝ積りて鳥の糞の白き下には小笹おざさ生い茂りて土すべりがちなるなど雑鬧ざっとうの中に幽趣なるはこの公園の特徴なるべし。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
床几しょうぎには一寸ちょっと煙草盆があって、店の方には粔籹おこし捻鉄ねじかね松風まつかぜたぬきくそなどという駄菓子が並べてございます。
人力車で村を通過すると、夜の九時、十時頃まで小さな子供が家の前に置いた床几しょうぎに坐っているのを見る。
その剣を使う間も与えずにクリストフは、床几しょうぎで彼をなぐり倒した。見物人のうちで仲裁しようと思いつく者もなかったほど、万事が素早く行なわれてしまった。
『こちらへてから床几しょうぎこしをかけるのはこれがはじめてじゃが、なかなかるい気持きもちいたさんな……。』
中央の休憩所には寿司すし、しるなどの店があって、赤い毛布の床几しょうぎなど総て公園の茶店式、それでも当時唯一の大百貨店として総てが目新しく、大人も子供も大喜び。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
そこのとりで、ここの胸壁の跡には、打ち捨ててあるかぶとや小銃や鎗や脇差わきざしや、それから床几しょうぎ陣羽織じんばおりなどの間に、目もあてられないような敵味方の戦死者が横たわっている。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「それはもう覚悟の上です」と、床几しょうぎに腰かけた男は、細い、しかし、底力のある声で答えた。
肉腫 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
元来鳩胸胴の鎧を着たら、矢張西洋風に床几しょうぎにでも腰かけた方が似合うであろうに、あぐらをかいているのだから、胴ばかりが変に前へ飛び出して、尚更窮屈そうに見える。
そこにほうり出してあった茶店の床几しょうぎに腰かけて、煙草をふかしながら、この生れて初めての待つ身のつらさを、どうして、つらいどころか、はなはだ甘い気持で味わうのでした。
算盤が恋を語る話 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
門番は男に床几しょうぎを与え、扉の脇ですわらせた。そこで何日も、何年も男はすわっていた。男は、入れてもらおうとさまざまな試みをし、うるさく頼んで門番をうんざりさせた。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
輝元は部下に床几しょうぎ一つを持たせて早朝に出発、途中北の庄(現在安佐郡安古市町)の福島大和守の館に一泊、その翌日、矢賀村の明星院山(現在の二葉山)にまず床几をすえた。
広島という名の由来 (新字新仮名) / 薄田太郎(著)
月桂冠で囲まれて焼きつけられている——低い木の床几しょうぎの間から、いかつい、幅の狭い、切りけずったような、ゴチック式の椅子が一つ、玉座かなんぞのようにそびえ立っていた。
「おかみさん、いつぞやは世話になった」と裾の塵を払いながら、床几しょうぎに腰を掛けた。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
中は土間に、三四脚の長床几しょうぎを置いただけの、ひどく殺風景な、薄暗い店であった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
大久保相模守さがみのかみは板倉伊賀守いがのかみ床几しょうぎを並べて、切支丹きりしたんの宗徒の手入ていれを検視していた。
切支丹転び (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
部厚いかしで出来ている床几しょうぎのような細長い黒黒としたテーブルが一つ置いてある。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
彼の元手もとでは、背の壊れた椅子を切り縮めて拵えた木製の床几しょうぎ一つだけであった。
云ってしまって彼は眼をあげた。そして、向い合せの床几しょうぎに腰かけていた阿賀妻と視線を合せた。とろとろと火が燃えていたのである。赤いほのおで二人の顔はそれぞれ異様なすごみをただよわしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
私が十七、八の頃、夕涼みに四条大橋に行って見ると、橋の下の河の浅瀬には一面に床几しょうぎが並べられ、ぼんぼりがとぼって、その灯かげが静かな河面に映って、それはそれは何とも美しいものでした。
京の夏景色 (新字新仮名) / 上村松園(著)
榛名湖はるなこのふちのあやめに床几しょうぎかな
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
鮓桶すしおけをこれへと樹下に床几しょうぎかな
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
つかつかと奥から跫音あしおとが渡って来た。簀子縁すのこえんから降りて、床几しょうぎを持てとその人はあたりの者にいいつけている。それが家康であった。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清水にはさくってあってね、昼間だったから、けちゃなかったが、床几しょうぎの上に、何とか書いた行燈あんどんの出ていたのを覚えている。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は床几しょうぎを蹴倒すように飛び立って、刀の鯉口を切った。権次も権六も無そりの刀を抜いた。相手も猶予せずに抜き合せた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小西の大軍を左に見て悠々と馬をすすめる大御所道庵、かくて一わたりの模擬戦がそのあたりで行われること宜しくあって、床几しょうぎ場へ納まり
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)