尾鰭おひれ)” の例文
「片言もってごくさだむべきものは、それゆうか」などという孔子の推奨すいしょうの辞までが、大袈裟おおげさ尾鰭おひれをつけてあまねく知れわたっていたのである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かの茂八が尾鰭おひれをそえて大袈裟に吹聴ふいちょうしたとみえて、柳原の清水山には怪獣が棲んでいるという噂がたちまち近所にひろまった。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
どのように間違うた尾鰭おひれが付いて、どのような片手落の御沙汰が大公儀から下ろうやら知れぬ。それが主君とのの御癇癖に触れる。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
貴殿の態度は俎上そじょうの鯉、尾鰭おひれをたたんで静まったというもの。勇士でなければとても出来ない。……なんと方々そうではないか
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アメリカの金融界で通用しない小切手は、ディズニーのものだけである、ということになると、話は面白いが、これは私のつけた尾鰭おひれである。
ディズニーの人と作品 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
このおおいなる鯉が、尾鰭おひれいた、波の引返ひっかえすのが棄てた棹をさらった。棹はひとりでに底知れずの方へツラツラと流れてく。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鰥夫やもめ暮しのどんなわびしいときでも、苦しいときでも、柳の葉に尾鰭おひれの生えたようなあの小魚は、妙にわしに食いもの以上の馴染なじみになってしまった
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「知らなかったな」功兵衛は立ちあがってたしなめるように云った、「噂は聞き止めにするほうがいい、口から口へ伝わると尾鰭おひれが付くからな」
醜聞 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自分なども五十年来書物から人間から自然からこそこそ盗み集めた種に少しばかり尾鰭おひれをつけて全部自分で発明したか
随筆難 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして今にも物見高い世間がこんなことを知ったならば、どんな尾鰭おひれを付けて取沙汰せぬとも限らなかったであろう。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
その電車には、変なことに、黄金仮面の外には、乗客は勿論、運転手も車掌ものっていなかったという尾鰭おひれがついた。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さざ波は足もとへ寄って来るにつれ、だんだん一匹のふなになった。鮒は水の澄んだ中に悠々と尾鰭おひれを動かしていた。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そうこうするうちに、この稀有な事件の取沙汰は都の内外に拡がって行ったが、よくあるためしで、いつかそれにはあられもない尾鰭おひれがつけられていた。
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
上半身は、それは美しい女体であるけれども、腰から下は暗い群青ぐんじょう色に照り輝いて、細っそりとまとまった足首の先には、やはり伝説どおりの尾鰭おひれがあった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
こんな事がわかると、世の中は面白がって尾鰭おひれを付けます。それに、立役者の関子が、竹屋デパートで、マネキンをやって居ると判ったからたまりません。
悪魔の顔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「本当であったところが要するに作り話ですよ。文学者なんて奴は、尾鰭おひれをつけることがうまいですからね」
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それから段々話し込んで、うそ尾鰭おひれを付けて、賭をしているのだから、拳銃の打方を教えてくれと頼んだ。そして店の主人と一しょに、裏の陰気な中庭へ出た。
サラリーマンとしては文字通りに日が浅い。しかし得意の度合どあいはそれに反比例をたもっていた。もう一人前だと思うと、何となく尾鰭おひれがついたような心持がする。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
程経てこの船が海へ乗り出した時分に、帆柱が押立てられて、帆がキリキリと捲き上げられると、船はにわかに勢いを得て、さながら尾鰭おひれを添えたようであります。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そうしてその千フランの紙幣は、いろいろな尾鰭おひれをつけられて、ヴィーニュ・サン・マルセル街のお上さんたちの間に、びっくりした盛んなうわさをまきちらした。
そして笑談じょうだんのように、軽い、好い拳銃を買いたいと云った。それから段々話し込んで、うそ尾鰭おひれを付けて、かけをしているのだから、拳銃の打方を教えてくれと頼んだ。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
噂は、こうして尾鰭おひれをつけ、それが生徒たちのざわめきに輪をかけることになって来たのだった。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
貞阿もこの冬はじめて奈良にしばらく腰を落着けて、鶴姫のうわさが色々とあらぬ尾鰭おひれをつけて人の口ののぼっているのに一驚を喫したが、工合ぐあいの悪いことには今夜の話相手は
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
噂はすべて、ひろがるほど尾鰭おひれがつくが、その晩の博労の一人が、後に人に語っていうには
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
後の、近所の噂は尾鰭おひれが付いて、テンヤワンヤだ。足袋屋の主人あるじは、其長屋の家主なので、一応調べの上、留め置かれた。辰公の参考人として取調べられたのは申すまでも無い。
越後獅子 (新字新仮名) / 羽志主水(著)
そしてもちろんランジェー夫人の軽佻けいちょうさは、そういう嫌疑けんぎに豊富な材料を与えるものだった。ジャックリーヌはそれへさらに尾鰭おひれをつけた。彼女は父のほうへ接近したかった。
その途端に、金魚のように紅と白との尾鰭おひれを動かした幻影が鼻の先を通りすぎるのが感ぜられた。僕は「袴の無い若い職業婦人」のらんへ、一本のブルブルふるえた棒を横にひいた。
階段 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「あれで、もう四、五年たって、尾鰭おひれがついたら、芸人としては、日本一の男になろう」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
実は当時のゴシップ好きの連中が尾鰭おひれをつけていろいろ面白そうに喧伝けんでんしたのが因であって、本人はむしろ無口な、非社交的な非論理的な、一途いちずな性格で押し通していたらしかった。
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
「もっと、ジャンジャン鳴らしましょうか」というのに、コン吉もその尾鰭おひれにつき
気のきいた小咄こばなしをしていた時、食卓のはしの方で赤い短い頬鬚ほおひげをはやした男が、ここへ来る途中で見知らない一人の気違いに出逢ったことを、尾鰭おひれをつけて話しているのに気がついた。
京わらんべが尾鰭おひれをつけて云い触らすことだから、真偽の程は知れないけれども、父は逃走の途中食物に窮して路傍の草や稲穂を食い、その上岩窟などに籠って腹を冷やしたせいか
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
けっしてそうではない。』とおじいさんはあくまで真面目まじめに、『人間界にんげんかいつたわる、あの竜宮りゅうぐう物語ものがたり実際じっさいこちらの世界せかいおこった事実じじつが、幾分いくぶん尾鰭おひれをつけて面白おもしろおかしくなっているまでじゃ。 ...
また尾鰭おひれについて出しゃばり、浪花節を下品だとけなしてから、子供の頃より好きだった歌舞伎かぶきを熱心にめると、しとやかに坐っていたおくさんが、さも感にえたと言わぬばかりに
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
それを単なる昔話の列に押並おしならべて、空想豊かなる好事家こうずかが、勝手な尾鰭おひれ附添つきそえたかのごとく解することは、少なくとも私が集めてみたいくつかの旁証ぼうしょうが、断じてこれを許さないのである。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうした感傷的な調子の尾鰭おひれが、何時いつの間にか非常に多くなってしまった。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
みい! 尾鰭おひれも眼も生々と致して、いかさま鮮魚らしゅう見ゆるが、奇怪なことに、この通り口からどす黒い血を吐き垂らしておるわ。それに贈り主がちと気がかりじゃ。まてまて、何ぞ工夫を
母は引取って、「ホラ、私が伊東へ来る前に、実のことで裁判所から調べに来たろう——私はあれが気に成って気に成って仕方が無かった。田舎いなかのことだもの、お前、尾鰭おひれを付けて言い触らすさ」
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
なにほど尾鰭おひれを動かさうとしても、すこしも動きませんでした。
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
そいつも御金蔵破りの同類で、白昼大胆にも御玄関先きから忍び込もうとしたのだなぞと、尾鰭おひれを添えて云い触らす者もある。
此のおおいなる鯉が、尾鰭おひれいた、波の引返ひっかえすのがてたさおさらつた。棹はひとりでに底知れずの方へツラ/\と流れて行く。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「ここで怒ったってしようがない。舟仙がいやならまた金魚の尾鰭おひれでも切ってやるさ、またそろそろ伸びているころだぞ」
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
実はこうこうと尾鰭おひれを付けて報告すると、同役笹野新三郎の若さと人気を苦々しがっている堀江又五郎は
春さきの小川の淀みの淵を覗いていると、いくつもふなが泳ぎ流れて来て、新茶のような青い水の中に尾鰭おひれひらめかしては、杭根くいねこけんで、また流れ去って行く。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その中を尾鰭おひれを打ってその大鯉が苦しみもがいてもがいて、とうとうもがきじにをしてしまいました。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
貞阿もこの冬はじめて奈良にしばらく腰を落着けて、鶴姫のうわさが色々とあらぬ尾鰭おひれをつけて人の口ののぼつてゐるのに一驚を喫したが、工合ぐあいの悪いことには今夜の話相手は
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
そう冒頭まえおきをして葉子は倉地と押し並んでそろそろ歩きながら、女将おかみの仕打ちから、女中のふしだらまで尾鰭おひれをつけて讒訴いいつけて、早く双鶴館そうかくかんに移って行きたいとせがみにせがんだ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
魚の形さながらにして金色の花びらとも見まがうこまかきうろこすきまなく並び、尾鰭おひれは黄色くすきとおりて大いなる銀杏いちょうの葉の如く、その声は雲雀笛ひばりぶえの歌に似て澄みてさわやかなり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
こうなると話にも尾鰭おひれがついて、やれあすこの稚児ちごにも竜がいて歌を詠んだの、やれここの巫女かんなぎにも竜が現れて託宣たくせんをしたのと、まるでその猿沢の池の竜が今にもあの水の上へ
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
伝写本から活字の近刊書にいたるまで、同じ史料の並列へいれつだ、この書にあってあの書にないというような掘り出しの記事は絶対にない。あれば俗説の尾鰭おひれか編者の史眼の混濁こんだくである。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)