守宮やもり)” の例文
その狭い庭には、馬陸やすでという虫が密生していたし、守宮やもりも葉蔭に這っていた。それから、夜は灯を慕ってやって来る虫で大変だった。
吾亦紅 (新字新仮名) / 原民喜(著)
その街角へ現われて街灯の下へ辿たどりつくと、まるで自分がうるんだ灯にすがりついた守宮やもりででもあるような頓狂とんきょうな淋しさが湧いてきた。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
遠くの街燈のほのかな光線が、守宮やもりのように二階の窓の雨戸にへばりついた黒い背広に黒いソフト帽の人物を、朦朧と映し出している。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
なお、蛇や蜥蜴や守宮やもりの類もよいけれど、金網の中では惨めだし、或る程度の放し飼いをするには、逃亡を防ぐこと困難だろう。
夢の図 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
身を寄せて中をうかがうと、中は暗かった。立て切った門の上に、軒燈がむなしく標札を照らしていた。軒燈の硝子ガラス守宮やもりの影が斜めに映った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はじめて心付くと、厠の戸で冷く握って、今まで握緊にぎりしめていた、左のこぶしに、細い尻尾のひらひらと動くのは、一ぴき守宮やもりである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
岩壁の一寸ちょっとした窪みに手足を托して、危く淵の上を横にへずったり、又は守宮やもりのように壁にへばり付いて、飛沫を顔に浴びながら、瀑を超えたりする。
北岳と朝日岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
二人は守宮やもりのように塀に吸付すいつきました。向島——と言っても諏訪神社の裏手、寺島の百姓家にまじって、寮造りのと構えへお秋は案内して来たのです。
十字架観音 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
頭上の屋根裏につて居る名物の守宮やもりがクク、ククと日本の雨蛙の様に鳴くのはクラリネツトを聞くおもむきがあつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
今一つマダガスカル島の話には野猪と守宮やもりと競争したという、ある日野猪が食を求めに出懸ける途上小川側で守宮に行き逢い、何と変な歩きぶりな奴だ
それも捕手のすきを待っていた者でしょうか、黒髪堂の床柱ゆかばしらに、守宮やもりのように貼りついていた男が、かれを見るや
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一体鶴見には偏好性があって、虫類では蜥蜴が第一、それから守宮やもり蟷螂かまきりという順序である。静岡に住んでいた間は、それらの三者に殊に親しさを感じていた。
夕がたになると無数の蜘蛛くもがひばの枝から枝へ、また軒から瓦へといそがしく巣をかける。守宮やもりがでる。
妹の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
下人は、守宮やもりのように足音をぬすんで、やっと急な梯子を、一番上の段まで這うようにして上りつめた。
羅生門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あくる日、かの怪しい奴らの来たらしい跡をさがしてみると、東の古い階段の下に、粟粒あわつぶほどの小さい穴があって、その穴から守宮やもりが出這入りしているのを発見した。
人びとに不気味な火照ほてりを覚えさせ、隙間に塗りたくった粘土は、薄いところから段々乾燥して色が変り、小さな無数の不規則な亀裂が守宮やもりのように裂けあがって行った。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
何事にも神経質な勝田さんは、天井から守宮やもりが落ちてくるのを怖れて、いつもヴェランダにあるモスキトー・ハウスの中へ入って、そこで私を相手に雑談をするのでした。
消えた霊媒女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
、これより益〻め入れましょう! さそりも入れる守宮やもりも入れる、やがてはまむしも入れましょう
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
万惣まんそうの果物をかぞえる声が、荷揚げの唄のように何ともいえず、哀しくひびいてくるのを背にしながら、守宮やもりのように板戸にりかかって聞いている時、いつも世の中は、時雨ふる日の、さびしく
随筆 寄席風俗 (新字新仮名) / 正岡容(著)
アカシヤの葉に包まれた瓦斯燈には守宮やもりが両手を拡げて止っていた。火の消えたアーチの門。油に濡れた油屋の鉄格子。トンネルのような露路の中には、家ごとの取手の環が静かに一列に並んでいた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
易という文字は、蜥易せきえき、つまり守宮やもりの意味だと承りました。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
軒端を見あげながら守宮やもりの鳴聲に微笑する阿呆ども
山之口貘詩集 (旧字旧仮名) / 山之口貘(著)
「……ことの起りは守宮やもりなんでございます」
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
守宮やもり吸ひつき、日は赤し
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
一方では一人の書生が、庭園の樹の枝にかけてある提灯の上を、不気味な守宮やもりの様にっている、本物の蠍の死骸を発見して震え上った。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
身を寄せてなかを窺ふと、なかくらかつた。立て切つた門の上に、軒燈がむなしく標札をらしてゐた。軒燈の硝子がらす守宮やもりかげなゝめにうつつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
私の二階の書斎は、二方硝子戸になっているが、その硝子戸の或る場所に、夜になると、一匹の守宮やもりが出て来る。それが丁度、私の真正面に当る。
守宮 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
思ひ込んだら雷が鳴つても放さない守宮やもりの生れ変りだから、狙ひをつけて食ひつかれたら、もはや万事休すである。
探偵の巻 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
……別に鉄槌かなづち、うむ、赤錆あかさび、黒錆、青錆のくぎ、ぞろぞろと……青い蜘蛛くもあか守宮やもり、黒蜥蜴とかげの血を塗ったも知れぬ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ポンとその手をはらうやいなびあがって広間の壁へ、守宮やもりのようにペタリと背なかをりつけてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下人は、守宮やもりのやうに足音をぬすんで、やつときふな梯子を、一番上の段まで這ふやうにして上りつめた。
羅生門 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
と、頬に守宮やもり刺青いれずみをしている一人の乾児が、梁から釣り下げられている典膳お浦ふたりを指さした。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
日本の守宮やもりと違つて人をむ恐れは無いが、飲料が好きなので飲みさした牛乳や珈琲カフエエを天井から落ちて来て吸ふ事が常にあるさうだ。守宮やもりの場末の家にも沢山たくさんつて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
『漢書』に漢武守宮やもりを盆で匿し、東方朔とうぼうさくてしめると、竜にしては角なく蛇にしては足あり、守宮か蜥蜴だろうとてたので、きぬ十疋を賜うたとある。蜥蜴を竜に似て角なきものと見立てたのだ。
根曲り竹に足を托して其処まで攀じ登ろうとしたが、滑り落ちる許りで登れそうにもない。金作が見兼ねて「俺しが先へ登ろう」といきなり守宮やもりの如く壁面に吸い付いて、体をうねらせながら登った。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
蛇体はおろか、守宮やもりいっぴき這い出さぬ。
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
一匹の守宮やもりが杭の頂点にゐる
山之口貘詩集 (旧字旧仮名) / 山之口貘(著)
代助が軒燈けんとうしたて立ちまるたびに、守宮やもりが軒燈の硝子がらすにぴたりと身体からだり付けてゐた。黒い影ははすうつつた儘何時いつでもうごかなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
どんな軽業師も嘗つて企て得なかった離れ業だ。遥か地上の群集には、それが、不気味な金色の一匹の守宮やもりの様に見えた。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
太い針金のような筋が甲に五本分れ出て、細長い先の円い指を吊していた。その指が少し上向き加減にうち開いて、守宮やもりの足の指のように見えた。
(新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その反映が箱崎川の枝河えだがわにまで射し込んで、脚の高い女橋のくいの裏まで仄明ほのあかるく見えたかと思いますと、守宮やもりのように、橋の裏に取ッ付いていた二人の男が
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分のやうな無為の存在は結局一匹の守宮やもりほどもこの世界とは関係を持たないらしい、広々とした建物の中にぢつと坐つてゐると、其処に人間が居るのだか居ないのだか
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
恐気おそれげも無く、一分時の前は炎のごとく真紅まっかに狂ったのが、早や紫色に変って、床に氷ついて、ひるがえった腹の青い守宮やもりつまんで、ぶらりと提げて、鼻紙を取って、薬瓶と一所に
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今夜三井物産の社宅にとまつて前年日本の貴賓の寝られたと云ふ二つの寝台ねだいへ得意になつて横たわつた小林と三浦は、終夜この守宮やもりに鳴かれてい気持がしなかつたとあとで話して居た。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
粗壁あらかべ守宮やもりのように背中を張り付け、正面に、梁から、ダラリと人形芝居の人形のように下がり、尚グルグルと廻っている、典膳とお浦との体の横手から、こわそうに頼母を見詰めた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
劉は、何とも知れないかたまりが、少しづゝ胸から喉へ這ひ上つて来るのを感じ出した。それが或は蚯蚓みゝずのやうに、蠕動ぜんどうしてゐるかと思ふと、或は守宮やもりのやうに、少しづゝ居ざつてゐるやうでもある。
酒虫 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼はがつた。惘然もうぜんとして又あるき出した。少して、再び平岡の小路へ這入つた。夢の様に軒燈の前で立留たちどまつた。守宮やもりはまだ一つ所にうつつてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
墨渋すみしぶを塗った黒塀へ、一人の男、守宮やもりのように貼りついて、じっと、横目でこっちを睨んでいる。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
守宮やもりを発見した時のやうな賑やかな騒しさでは誰も自分の存在を問題にすることがない。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
第一だいいちそのものとはどんなものか、と突懸つゝかゝつてきますと、盲人めくらニヤリともせず、眞實まじめかほをしまして、れば、ればづ、守宮やもりかんむりかぶつたやうな、白犬しろいぬ胴伸どうのびして
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)