さえず)” の例文
石橋を渡る駄馬の蹄の音もした。そして、満腹の雀はたるんだ電線の上で、無用なさえずりを続けながらも尚おいよいよふくれて落ちついた。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
わけて、女院の内では、興味と嫉妬の対象として、さえずりぬかれた。——が、この事件に、誰よりも仰天したのは、烏丸ノ成輔である。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雲雀ひばりが方々の空で鳴いている。多くはこれも自分の畠を持っていて、他処よそへ出て行かぬ時ばかり、最も自由にさえずり得るものらしい。
渓向うの木立のなかでは瑠璃るりが美しくさえずっていた。瑠璃は河鹿と同じくそのころの渓間をいかにも楽しいものに思わせる鳥だった。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
多くは赤んぼ——ジプシイの——を抱いていて、私たちの自動車もたちまち彼らに包囲された。口々にさえずるような一本調子である。
彼はそれらの余震になおもおびやかされながら、しかし次第に、露台のまわりでうるさいくらいさえずりだした小鳥たちの口真似くちまねをしてみたり
恢復期 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
雍家花園ようかかえんえんじゅや柳は、午過ぎの微風にそよぎながら、この平和な二人の上へ、日の光と影とをふり撒いている。文鳥ぶんちょうはほとんどさえずらない。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
畑にはもう刈残された玉蜀黍とうもろこしきびに、ざわざわした秋風が渡って、さえずりかわしてゆく渡鳥の群が、晴きった空を遠く飛んで行った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
庭つづきになった後方うしろの丘陵は、一面の蜜柑畠みかんばたけで、その先の山地に茂った松林や、竹藪の中には、終日鶯と頬白ほおじろとがさえずっていた。
十六、七のころ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
昔は朝になると、この竹林に小鳥が来てさえずるので、それで時刻を知ったのだという説明を、非常におもしろがって聞かれました。
鶏のコーココと云っている声や雀のさえずりが聞えるのに交って、竹の葉がカサカサと乾いた音を立てている。何だか暮のようです。
春琴は常に我が居間の床脇とこわきの窓の所にこの箱をえてき入り天鼓の美しい声がさえずる時は機嫌きげんがよかった故に奉公人共は精々水を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
母屋おもやの縁先で何匹かのカナリヤがやっきにさえずり合っている。庭いっぱいの黄色い日向は彼らが吐きだしているのかと思われる。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
「このうぐいすは千両積んだって売れやしません、なんていい鳴き声でしょうかね、あのさえずり、——心がしんからすうっとするじゃありませんか」
赤ひげ診療譚:06 鶯ばか (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やがて、あたりには、再び次第次第に緑の木洩日こもれびがきらきらと輝き始める。それに従って、思い出したようにまた小鳥が遠近おちこちさえずり始めた。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
小鳥のような子供の声音を真似まねて、形の定まらないそのさえずりを人間の語調に直そうとする、浮き浮きしたおどけたものだった。
陽炎かげろうのたち昇る春の日に、雲雀ひばりさえずりをききつつ、私のいつも思い出すのは、「春の野に菫摘まむと来しわれぞ野をなつかしみ一夜宿にける」
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
私たちの一向いっこうに気のない事は——はれて雀のものがたり——そらで嵐雪らんせつの句は知っていても、今朝もさえずった、と心にめるほどではなかった。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は彼女の顔を見ながらあねさんかぶりが似合うだろうと思い、空に雲雀ひばりさえずる畑の中にいる彼女の働く姿を容易に想い浮かべることができた。
朴歯の下駄 (新字新仮名) / 小山清(著)
夏の夕方から出かけてこの山の頂上にある古寺で、蚊やりをいぶしながら色々とさえずり交わして、夜を更かし、疲れて少し仮寝したかと思うと
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
石盤スレート葺の屋根が、左右の両樋の方へなだれ落ち、雀等が、そこらを何の怖れもなさそうに飛び歩きながら、さえずっていました。
両人ふたりがここに引き越したのは千八百三十四年の六月十日で、引越の途中に下女の持っていたカナリヤがかごの中でさえずったという事まで知れている。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鳥の羽音、さえずる声。風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。くさむらの蔭、林の奥にすだく虫の音。空車からぐるま荷車の林をめぐり、坂を下り、野路のじを横ぎる響。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
夕暮れになると空の雲雀は、今日の逝くのを惜しむかのように、ますます高くさえずり続け、野良から帰る農夫達の、長閑に唄うのも聞こえて来る。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すぐの下には、熱海駅前の雑踏や、小学校のグランドに飛びまわっている子供らの声が、雲雀ひばりさえずるように聞こえる。
謎の女 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
千鳥足でさえずり散らし何の考えもなくただただ斥候の用心深きをたのんで行くものと見ゆ、若猴数疋果を採らんとておくるれば殿士来って追い進ましむ。
しゅん長閑のどかなる、咲く花にさえずる鳥は人工のとても及ばぬものばかりで、富者ふしゃ貧者ひんじゃも共にけて共に喜ぶ権利はことならない
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
お政は始終顔をしかめていて口も碌々ろくろく聞かず、文三もその通り。独りお勢而已のみはソワソワしていて更らに沈着おちつかず、端手はしたなくさえずッて他愛たわいもなく笑う。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
風もないし、小鳥もさえずらないし、寂寞とした、深い杉木立の中に、じっと、生きている墓を、睨みつづけていた月丸は
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
ミーラヤ、ラドナーヤとでもさえずっているのか。相手は逃げて向うの電柱の頂へ止まる。追いかけてその下の電線へ止まる。頂上のはじっとして動かない。
病院風景 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
仰いで大空を蔽う松葉を眺めると、その間に小さな豆のような小禽がさえずりながら虫をあさっている。豆のような小禽とはいうものの枳殻からたちの実ほどはある。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
そこの緑の楽しい影のうちでは、汚れに染まぬ数多の声が静かに人の魂に向かって語っており、小鳥のさえずりで足りないところは昆虫こんちゅうの羽音が補っていた。
野島屋はここらでも古い店で、いろいろの美しい小鳥が籠のなかで頻りにさえずっているのを、侍は眼にもかけないような風で、ずっと店の奥へはいって来た。
半七捕物帳:41 一つ目小僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
樹々が小径の上に枝差し伸べて、枝から枝へは、眼の覚めるほど華美な小鳥が、楽しげに飛んではさえずっている。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
駒鳥の眼、駒鳥のあかい胸は再び輝いて居た。彼はさえずり、歌い、そして妻子を連れて枝から枝へと飛び移った。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
ころは秋。そこここわがままに生えていた木もすでに緑の上衣をがれて、寒いか、風にふるえていると、旅帰りの椋鳥むくどりは慰め顔にも澄ましきッてさえずッている。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
山脈の方の空に薄靄うすもやが立ちこめ、空は曇って来た。すぐ近くで、雲雀ひばりさえずりがきこえた。見ると、薄く曇った中空に、一羽の雲雀は静かに翼をふるわせていた。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
かれはこう考えたとき、あとから来た少女のむれも怖そうに地上を見おろしながら小鳥のようにさえずっていた。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その馬のいななきのような鳴き声は、すべての小鳥たちにとって、もうさえずるのをやめて寝ろと命令する声である。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
それからその近所の山には百草もあればまた極楽世界の三宝をさえず迦陵頻伽かりょうびんが鳥も居る。その美しさと言えば
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
わかったかい? 僕はもう昔の小柴じゃないんだよ。いまはもう、この健康道場に於ける一羽の雲雀なんだ。ピイチクピイチクやかましくさえずって騒いでいるのさ。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
朝から晩までべちゃくちゃさえず葭原雀よしわらすずめの隠れにもなる。五月雨さみだれの夜にコト/\たた水鶏くいなの宿にもなる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
朝の辰刻半いつつはん(九時)そこそこ、桜はようやく満開で、江戸の春はまことに快適そのものでした。便所の格子窓からその花を眺めていると春の小鳥のさえずりも聴えます。
その度毎に、隣の裁縫の師匠の家で、小雀のさえずるような娘達の声が一際やかましくなる。それに促されてお玉もどんな人が通るかと、覚えず気を附けて見ることがある。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼は、雲雀ひばりさえずる麦畑の間を歩きながら、竜一たちと、ほのかな希望を語りあったりするのであった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
学校においては、それを書きあらわす文字と、少しの口語の規則とを教えさえすれば、子女をそれを鳥の自らさえずるように、楽々として読みかつ書くことが出来るのです。
女房の暗雲のような重圧にも拘わらず、外には依然陽が輝き青空には白雲が美しく流れ樹々には小鳥がさえずっていることを、彼は十年この方始めて発見したように思った。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
揚雲雀あげひばりというものは、中空高くさえずりつつ舞っているが、おのれの巣へ降り立とうとする時は、その巣より遥かに離れた地点へ着陸して来て、そこから麦の株や、あぜの間を
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
限界もなき蒼空そうくうを住家となし、自在に飛揚し、自在にさえずり、食を求めてついばみ、時を得て鳴き、いまだ人間の捕らえて、籠裏ろうり蟄居ちっきょせしむるがごときことあるを知らざりき。
妖怪報告 (新字新仮名) / 井上円了(著)
神祗釈教恋無常と人の世の味気なさをさえずっているものは、すなわち私一人でなかったのだった。
随筆 寄席囃子 (新字新仮名) / 正岡容(著)