くぎ)” の例文
村の背後には、川を隔てて高峻な四国山脈が空をくぎっている。前面は、波のような丘陵の起伏と、そのさきの太平洋に面した荒海がある。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
早川の対岸に、空をくぎつて聳えてゐる、連山の輪廓を、ほの/″\とした月魄つきしろが、くつきりと浮き立たせてゐるのであつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
すそが落ちて、畳にさっさばけると、薄色の壁に美しく濡蔦ぬれづたからんで絵模様、水の垂りそうな濡毛ぬれげを、くっきりとひじくぎって、透通るようにくしを入れる。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
左手には溪の向こうを夜空をくぎって爬虫はちゅうの背のような尾根が蜿蜒えんえんっている。黒ぐろとした杉林がパノラマのようにめぐって私の行手を深い闇で包んでしまっている。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
隣室をくぎった垂帳たれまくのふっくりとした襞の凹所くぼみは紫水晶のそれのような微妙な色彩いろあいをつけ出した。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
真只中まっただなかを細い一筋の川——だが近よつて見ると細くはない。大河だ。大雪原の大面積が大河を細くくぎつて見せてゐたのである。いつか私はその岸をとぼ/\と歩いてゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
甲武信こぶしの国境の薄白い山々がくぎっているのを眺めたりしていると、なかなか好いことは好い。
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
片側はしもた屋になり、片側から軒燈が漏れていて、蒼白い彼女の皮膚をいよいよ冴えた蒼白さに射かえして、くっきりと夜のくらみをくぎった上に、むしろ重く空中に浮いてみえたのである。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
突兀とっこつと秋空をくぎる遠山の上を高くかりの列が南へ急ぐのを見ても、しかし、将卒一同だれ一人として甘い懐郷の情などにそそられるものはない。それほどに、彼らの位置は危険きわまるものだったのである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
早川の対岸に、空をくぎってそびえている、連山の輪廓りんかくを、ほの/″\とした月魄つきしろが、くっきりと浮き立たせているのであった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
藍地あゐぢこん立絞たてしぼり浴衣ゆかたたゞ一重ひとへいとばかりのくれなゐせず素膚すはだた。えりをなぞへにふつくりとちゝくぎつて、きぬあをい。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
黄ばんだ葉もなかば落ち切らない上に、何百年間か張りはびこった枝が、小さな森くらいに空をくぎってこんもりと影を作り、その処々ところどころに、尨大ぼうだいまりの様な形に、くずつるのかたまりが宿って居るので
トシオの見たもの (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
表に夫人の打微笑うちほほえむ、目も眉も鮮麗あざやかに、人丈ひとたけやみの中に描かれて、黒髪の輪郭が、細く円髷まげくぎってあかるい。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
峰から峰へ渡る幾百羽と云う小鳥の群が、きいろい翼をひらめかしながら、九郎助の頭の上を、ほがらかに鳴きながら通っている。行手には榛名はるなが、空をくぎって蒼々とそびえていた。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
右手の方の空にゃあ半月のように雪空をくぎって電燈が映ってるし、今度こうという、その遠方の都の冬の処を、夢にでも見ているのじゃあるまいかと思った。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……そらくぎつたみね姿すがたは、山懷やまふところくらつて、がけ樹立こだちくろなかに、をりから晃々きら/\ほしかゞやく。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
溝石で路をくぎって、二間ばかりの間の軒下の土間に下りた、蔵人は踏留まるがごとくにして、勇ましくと立ったが、秋風は静々と町の一方から家毎やごとひさしを渡って来て
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くてしばらくのあいだといふものは、くつわを鳴らす音、ひづめの音、ものを呼ぶ声、叫ぶ声、雑々ざつざつとして物騒ものさわがしく、此の破家あばらやの庭の如き、ただ其処そこばかりをくぎつて四五本の樹立こだちあり
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ぜんのは背戸せどがずつとひらけて、向うの谷でくぎられるが、其のあいだ僅少わずかばかりでもはたけがあつた。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
驚いて法師が、笠に手を掛け、振返ると、亀甲形きっこうがたに空をくぎった都会みやこを装う、よろいのごとき屋根を貫いて、檜物町の空に𤏋ぱっと立つ、偉大なる彗星ほうきぼしのごとき火の柱が上って、さかしまほとばしる。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
葉山一帯の海岸を屏風びょうぶくぎった、桜山のすそが、見もれぬけもののごとく、わだつみへ躍込んだ、一方は長者園の浜で、逗子ずしから森戸、葉山をかけて、夏向き海水浴の時分ころ人死ひとじにのあるのは
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日は水をくぎって、その板の上ばかり、たとえば温かさを積重ねた心持にふわふわ当る。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この町のにぎやかな店々のかっと明るいはてを、縦筋たてすじに暗くくぎった一条ひとすじみちを隔てて、数百すひゃく燈火ともしび織目おりめから抜出ぬけだしたような薄茫乎うすぼんやりとして灰色のくま暗夜やみただよう、まばらな人立ひとだちを前に控えて
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
広書院の一方を青竹でくぎっただけが、その舞台で、見物席は三十畳ばかりに、さあ十四五人も居ましたか、野分のあとの庭の飛石といった形で、ひっそり、気の抜けたように、わるく寂しい。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
帯の色も、その立姿の、肩と裾を横に、胸高に、ほっそりとくぎって濃い。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)