“せいせい”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
清々27.4%
晴々17.7%
青々8.8%
生々8.0%
萋々6.2%
爽々3.5%
生生3.5%
整々2.7%
済々2.7%
菁々2.7%
声々1.8%
惺々1.8%
清清1.8%
井々0.9%
喘々0.9%
征西0.9%
整斉0.9%
整正0.9%
斉々0.9%
正々0.9%
生棲0.9%
盛世0.9%
精製0.9%
精誠0.9%
霽々0.9%
青青0.9%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
茶を熱く入れてのよいところを御二人へ上げましたら、奥様も乾いた咽喉して、すこしは清々となすったようでした。急に、表の方で
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
鼠色の空はどんよりとして、流るる雲もにもない。なかなか気が晴々しないから、一層海端へ行って見ようと思って、さて、ぶらぶら。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
経費なんかはどうでもなれという気になって、東奔西走しているうちに妙なものだね。到る処の漁村の背後に青々渺茫たる水田が拡がって行った。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もし短いあいだの無事ばかり祈って、その怒りをやたらに抑えてゆくと、土壌は去勢されて、万物を生々と繁茂させる力を失う。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
コルトンの死骸の横っていた共同椅子の辺には、青草が知らず顔に萋々と伸びている。倫敦は軈て芳香高い薔薇の咲く頃となった。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
それでも入らぬよりましと笑って、我慢して入った。夏になってから外で立てた。も近くなったので、水は日毎に新にした。青天井の下の風呂は全く爽々して好い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
先触れのあった日、油江口の岸には、兵船をならべ、軍馬兵旗を整々と立てて、周瑜の着くのを待っていた。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宇都宮弥三郎頼綱が家の子郎党を従えて、済々として武蔵国を通ると、熊谷の入道直実に行き会うた。直実がそれを見て
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
折から野原は一時に青草で満たされ、そうしてその間に緑葉菁々と生い茂るのであるから、人の心も何となく長閑になって野外の散歩を試みずには居られない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ただも養うあり、も存することあり、この心惺々明々として、天理一息の間断なくして、わずかにこれよく昼を知るなり。これすなわちこれ天徳にして、すなわちこれ昼夜の道に通じて知るなり。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
それに、木に登っていると、気が清清して地上にいるよりも、何ともいえない特別な高いような、自由で偉くなったような気がするのであった。
幼年時代 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
渡頭人稀ニ白鷺雙々、舟ヲメテ飛ビ、楼外花尽キ、黄鸝悄々、柳ヲ穿ツテ啼ク。籊々ノ竿、漁翁雨ニ釣リ、井々ノ田、村女烟ニ鋤ス。一檐ノ彩錦斜陽ニ映ズルハ槖駝芍薬ヲ売ルナリ。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
息もできぬほど、みぎ、ひだり、と斬りきざんで来る。それさえ、受け太刀ぎみで喘々いっていると、そこへ
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すなわち、この日魏軍は、神威将軍董禧征西将軍薛則の二手に、おのおの二万騎を付して、ふかく潜んでいたのだった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水流の場合には一般に流線の広がる時に擾乱が起こるが流線が集約する時にはそれが整斉される、あれと似たことがありはしないかとも考えられる。
自然界の縞模様 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
若い細君は軽快な洋装に水色ボンネツトをつけて、宝石の首飾をあたりに見せてゐたが、ふと此方を振向いた顔には、美しい眉と整正な輪廓と大きい黒い眼とがかゞやいた。
(新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
しかも隊伍斉々、士気は高く、馬のいななきもである。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
容儀は堂々たるべく正々たるべしとの家訓は受けておりましても、容貌が美しいとかあでやかであるとか、すべてそうしたことは人の口からも聴かなければ
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
高原地方や山麓の焼土に多く生棲していて、特に夏の日中に飛翔する小虫をえた着眼点にある。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
此の歌などは、万葉としては後期に属するのだが、聖武盛世にあって、歌人等もめたために、人麿調の復活ともなり、かかる歌も作らるるに至った。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そいつは、ちょっと見たところでは、とでってあるみたいだが、ほんとうはイオウとチャン(コールタールなどを精製したときのこるかっのかす)
これらは魔法というべきではなく、神教を精誠によって仰ぐのであるから、魔法としては論ぜざるべきことである。仏教巫徒の「よりまし」「よりき」の事と少し似てはいるであろう。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そんなら断然今晩は来ないとりましたね。ぢや、戸締して了ひませうか、に今晩のやうな気の霽々した、の底から好い心持の事はありませんよ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)