黄八丈きはちじょう)” の例文
「エート、下着は何時いつものアレにしてト、それから上着は何衣どれにしようかしら、やッぱり何時もの黄八丈きはちじょうにして置こうかしら……」
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
女権拡張の説をもち、十七、八の花の盛りの令嬢が、島田髷しまだまげで、黄八丈きはちじょうの振袖で演壇にたって自由党の箱入り娘とよばれた。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
と云って、あの帯は昔の呉絽ごろうだとか、あの小袖こそで黄八丈きはちじょうだとか、出て来る人形の着物にばかり眼をつけて、さっきからしきりに垂涎すいぜんしている。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
衣物きもの黄八丈きはちじょうの襟付で、帯は黒襦子くろじゅすに紫縮緬ちりめんの絞りの腹合せ。今までの石持染小袖こくもちそめこそでの田舎づくりと違って、ズッと江戸向きのこしらえであった。
丹那山の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
処へ参ったのは業平文治で、姿なり黒出くろで黄八丈きはちじょうにお納戸献上なんどけんじょうの帯をしめ蝋色鞘ろいろざや脇差わきざしをさし、さらしの手拭を持って、ガラリッと障子を開けますと
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
男の下着の黄八丈きはちじょうにでも織るものと見えて、おばあさんたちが風通しのいいところへ乾している糸の好ましい金茶であるのもお民の目についた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
小腋こわきには同じように三味線の袋に入れたのを抱え、身なりもおつい黄八丈きはちじょう大振袖おおふりそでで、ちがうのは頭に一文字の菅笠すげがさをいただいていることでありました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして八月の炎天にもかかわらず、わが空想のその乙女おとめ襟附えりつき黄八丈きはちじょうに赤い匹田絞ひったしぼりの帯を締めているのであった。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
外へ出る時は黄八丈きはちじょう羽織はおりを着せたり、縮緬ちりめんの着物を買うために、わざわざ越後屋えちごやまで引っ張って行ったりした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
忠之の両のこぶし黄八丈きはちじょうの膝の上でピリピリとおののいた。庭先に立並んでいた側女たちがハッと顔を見合わせた。
名君忠之 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いくら八丈島の黄八丈きはちじょうは美しく、小千谷おぢやちぢみは美しいといっても、沖縄ほど多様な多彩な趣きは示しません。誠に圧倒的な仕事であると申さねばなりません。
沖縄の思い出 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
小肥こぶとりに肥った、そのくせどこか神経質らしい歌麿うたまろは、黄八丈きはちじょうあわせの袖口を、この腕のところまでまくり上げると、五十を越した人とは思われない伝法でんぽうな調子で
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
私は何かしらゾッとして、前のガラスに映る人の姿を見た。そこには、今の菩薩像と影を重ねて、黄八丈きはちじょうの様ながらあわせを着た、品のいい丸髷まるまげ姿の女が立っていた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
けさほどもはでな黄八丈きはちじょうに、黒繻子くろじゅすの昼夜帯、銀足の玉かんざしを伊達だてにさして、何を急いでおるのか、あたふたと駕籠を気張って出かけましたようでござります
右門捕物帖:30 闇男 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
何でも古い黄八丈きはちじょうの一つ身にくるんだまま、の切れた女の草履ぞうりを枕に、捨ててあったと云う事です。
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
つづいてまた一本の脚が、すこしブルブルふるえながら現われた。それから黄八丈きはちじょうまがいの丹前たんぜんが——。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして後から三斎へ、その好意の礼にという意味か、黄八丈きはちじょう反物たんものを送った。三斎はその黄八丈を着ると、老後にも、思い出して、よくその話をしては笑ったという。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おとといこの家を出たときの通りでした。黄八丈きはちじょうの着物をきて藤色の頭巾ずきんをかぶって……」
半七捕物帳:02 石灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
通りすがった二人づれ——つい黄八丈きはちじょうを着て、黒繻子くろじゅす鹿と麻の葉の帯、稽古けいこ帰りか、袱紗包ふくさづつみを胸に抱くようにした娘たちが、朱骨の銀扇で、白い顔をかくすようにして行く、女形おやま
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
私の胸倉をつかんだまま行って、落しを開けて黄八丈きはちじょうの財布に入れた、百二十両の小判を取出し、憎らしいじゃありませんか、悠々と勘定までして自分の懐に入れ、それから元の部屋に帰ると
私はお父様と一緒に家の車に乗り、書生さんたちはそこらで拾って乗ります。男ばかりだからと、黄八丈きはちじょう著物きもの繻子しゅすはかまでした。お母様たちと出る時は、友禅のお被布ひふなどを著せられます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
黄八丈きはちじょうがすり、あいみじん、麻の葉、鳴海しぼり。かつて実物を見たことがなくても、それでも、模様が、ありありと眼に浮ぶから不思議である。これをこそ、伝統のちからというのであろう。
古典竜頭蛇尾 (新字新仮名) / 太宰治(著)
其の時店先へ立止りました武士さむらいは、ドッシリした羅紗らしゃ脊割羽織せわりばおりちゃくし、仙台平せんだいひらはかま黒手くろて黄八丈きはちじょう小袖こそで、四分一ごしらえの大小、寒いから黒縮緬の頭巾をかぶ
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
まずネ、お下着が格子縞の黄八丈きはちじょうで、お上着はパッとした宜引縞いいしまの糸織で、おぐし何時いつものイボジリ捲きでしたがネ、お掻頭かんざし此間こないだ出雲屋いずもやからお取んなすったこんな
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
或る晩もその用で内幸町まで行って留守をったのでやむを得ずまた電車で引き返すと、偶然向う側に黄八丈きはちじょう袢天はんてんで赤ん坊をおぶった婦人が乗り合せているのに気がついた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
真直まっすぐ往来おうらいの両側には、意気な格子戸こうしど板塀いたべいつづき、すりがらすの軒燈けんとうさてはまた霜よけした松の枝越し、二階の欄干てすり黄八丈きはちじょう手拭地てぬぐいじ浴衣ゆかたをかさねた褞袍どてらを干した家もある。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
森数樹もりかずき兄と一緒であった。昭和九年九月一日、奥羽おうう地方民藝調査の折、秋田を訪うた。だがこの古い町に期待したほどの品物はなかった。黄八丈きはちじょうはあるが、本場のにはどうしても劣る。
思い出す職人 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
斉広なりひろがいつものように、殿中でんちゅうの一間で煙草をくゆらせていると、西王母せいおうぼを描いた金襖きんぶすまが、静にいて、黒手くろで黄八丈きはちじょうに、黒の紋附もんつきの羽織を着た坊主が一人、うやうやしく、彼の前へ這って出た。
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女の好みで旅行にさえ持って出る、部屋着の派手な黄八丈きはちじょうの羽織を着て、ウェーヴがくずれて、恰好のよい頭の形のままに、少しネットリとなった洋髪の下から、なめらかな頸筋くびすじが覗いていた。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
黒の十徳じっとくに、黄八丈きはちじょうの着付け、紫綸子りんずの厚いしとねの上に坐って、左手ゆんでたなそこに、処女の血のように真赤に透き通る、わたり五分程の、きらめく珠玉たまを乗せて、明るい灯火にかざすように、ためつ、すがめつ
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
えりの掛った黄八丈きはちじょう、妙に地味な繻子しゅすの帯を狭く締めて、髪形もひどく世帯染みてますが、美しさはかえって一入ひとしおで、土産物みやげものの小風呂敷を、後ろの方へ慎ましく隠して、平次の前へ心持俯向うつむいた姿は
ほかのところのよせぎれが、ちりめんだの、つむぎだの、黄八丈きはちじょうだののりっぱなきれで、ここだけがメリンスなのねえ。でも、これは爆発で色がかわったのではなくて、もともと、これはこんな色なのよ
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼女が次の年に「白薔薇しろばら」を書いたなかに、赤襟、唐人髷の美しいお嬢さまが、九段くだんの坂の上をもの思いつつ歩く姿を、人の目につく黄八丈きはちじょうの、一ツ小袖に藤色紋縮緬ちりめん被布ひふをかさね——とあるのは
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
文金ぶんきん高髷たかまげ唐土手もろこしで黄八丈きはちじょう小袖こそでで、黒縮緬くろちりめんに小さい紋の付いた羽織を着た、人品じんぴんのいゝこしらえで、美くしいと世間の評判娘、年は十八だが、世間知らずのうぶな娘が