麺麭パン)” の例文
自分はぐずついてすこぶる曖昧あいまい挨拶あいさつをした。その時み込んだ麺麭パン一片いっぺんが、いかにも水気がないように、ぱさぱさと感ぜられた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その嬌声を副食物おかずにして、僕は押入から出してきた電気麺麭パン焼器でこんがりと焦げた薄いトーストを作っては喰べ、作っては喰べした。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昔はつるぎをもて戰鬪いくさをする習ひなりしに、今はかの慈悲深き父が誰にもいなみ給はぬ麺麭パンをばこゝかしこより奪ひて戰ふ 一二七—一二九
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
プローシカ! もうサモワールはいらないぞ! それで麺麭パンはマヴラのとこへ返して来な、分ったな? 前のところへしまっとくだぞ。
カザンで麺麭パン焼の弟子になって、主人と喧嘩をして、其の細君にひどい復讐をして、とうとう此処まで落ち延びた次第を包まず物語った。
かんかん虫 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
んな話をして居る内に小林は絵をき休めてモデルを帰した。其れから近所で麺麭パン塩豚ジヤンポンとを買つて来て午飯ひるめしを食ひ初めた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
『さうか、だけど屹度きつとくづおなぐらゐはいつてたにちがひない』帽子屋ばうしや不平ふへいたら/″\で、『麺麭パン庖丁ナイフ其中そのなかんだナ』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
夫人はそれからバケツに水を波々とむで来て、馬の鼻先につきつける。馬は人間と同じやうに麺麭パンと水とだけでは生きられるものではない。
椰子の葉を叩くスコールの如く、麺麭パンの樹に鳴く蝉時雨せみしぐれの如く、環礁の外に荒れ狂う怒濤の如く、ありとあらゆる罵詈雑言ばりぞうごんが夫の上に降り注いだ。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
眼の前に並んでいる四種の料理……「豆スープ」と「黒麺麭パン」と「ハムエッグス」と「珈琲コーヒー」をあつらえたのか……一つも頭の中に残っていなかった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼等は船暈ふなよいでへとへとになっている上に、あてがわれた食糧は、まる四日間にすっかり食い尽してしまって、今は、石のように堅くなった麺麭パンの皮や
食事は路すがら麺麭パンと冷し肉ぐらいを買って来るのですから、唯だ瓦斯ガス珈琲コーヒーを煮るだけで簡単に済まされるのです。
それが終ると、ソオセエジを串焼きにして麺麭パンにはさんで食べたりしながら、その焚火のまわりで踊ったりなんかして遊ぶんだわ。素敵だわよ。……
晩夏 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
麺麭パンがほしいなら麺麭がほしいとおっしゃればいいでしょう。そんなひねくれたいいかたをするのはおよしなさい」
だいこん (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
麺麭パン屋の仕事場のような温気のなかを饒舌と昂奮と美装とが共通の興味のために集合し、練り歩き、揺れ動いていた。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
麺麭パンを厚く切りそれに牛酪バタとジヤムとを塗つて、半々はんはんぐらゐの珈琲コーヒーを一わん飲ませた。その狭い台所兼食堂の卓の近くに、カナリヤが一羽飼つてある。
日本媼 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
先方むこうじゃあ巴里パリイで、麺麭パンを食ってバイブルを読んでいた時に、こっちじゃあ、雪の朝、ふるえてるのを戸外おもてへ突出されて、横笛の稽古けいこをさせられたんだ。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
多紀氏の墳墓は滝野川城官寺たきのがわじょうかんじにありますので、そこへ調べに行く時には、いつも麺麭パンを持参で、私の家へ寄っては、お茶を下さいといったものでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
巴里出発の日には、岸本は朝早く旅館を出て、行きつけの珈琲店コーヒーてんで最終の小さな朝飯をやった。麺麭パンと、珈琲とで。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かど麺麭パン屋は面白いほどよく賣れるわね。千圓も資本があればあのくらゐな店は出せるんですつて。私もあゝいふ商賣を初めて見たいと思ふんですがね。
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
病弱と老衰と空腹と——空腹と云えば、老人は、今日で三日というものは麺麭パンきれさえ食ってはいない。老人の腹の中にあるものは道々飲んだ水ばかりだ。
死の航海 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼女は商売柄、「日々の麺麭パン」という僕の旧作がっている雑誌を見つけ出してきて読んだようだが、云うことがいい。「わたし、おじさんを声援するわ。」
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
小間使の花が靜かに襖を明けて、いつも云付けてある通り、竹細工の食卓テイブルに白いきれを敷き其の上に洋食の皿、食器、葡萄酒、麺麭パンまでを一ツ々々竝べて居る。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
一餐の時に一品、即ち麺麭パンなら麺麭、野菜なら野菜と云ふのが定めです。勿論精進です。牛乳でも脂肪を
修道院の秋 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
あたしは夢中で、片手でサミイの拳銃を握りながら、其処にあった麺麭パン切りナイフに手を掛けました。途端にサミイが引き金を引いて、この左の手へ当ったのです——
アリゾナの女虎 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
麺麭パンは家で焼かせているし、野菜はこの向うに農場があって、そこでセロリーでもパセリでもアスパラガスでも作らせているから、ちっとも不自由しないということ。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
即ち、債権者は債務者の門前に座を占めて居催促をなし、債務が弁済されるか、担保が提供されるまでは、一塊の麺麭パン、一杯の水をも口にしないで、餓死を待つのである。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
『働かざるものは食うべからず』『彼等麺麭パンを得る能わざるに、菓子を食うは罪悪なり』
民衆芸術の精神 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ソーダの瓶と菓子麺麭パンの籠とが縞のエプロンの上で日の光を受け止めている。短い秋を見限ってテラスの真ん中の丸暖炉と、角隅を囲う硝子屏風はもう季節の冬に対しての武装だ。
巴里のキャフェ (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
廉太 僕は、うちへ麺麭パンを取りに帰らうかと思つたんです。然し、見つかると可笑しいから、この人に来て貰つたんです。店先には、まだ、箱一杯、食パンが残つてゐたさうです。
ジャレ付くのが可愛いような犬ではなかったが、二葉亭はホクホクしながら、「こらこら、畳の上が泥になる、」と細い眼をしてしかりつけ、庭先きへ追出しては麺麭パンを投げてやった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
園遊に用うる酒 その御馳走は小麦の焼麺麭パン、小麦粉の油揚、乾乳、乾葡萄、乾桃、乾肉の類で、その家の下僕がその食物と敷物および野辺で茶を沸かす道具などを持って行くです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
缶詰類と麺麭パンを買込んで、じいやは手柄顔をして帰って来た。方々で聞いた話を、又みんなに聞かせながら、たった今人にせがんでもらって来た一本の巻烟草まきたばこを、さもおしそうにふかした。
九月一日 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
日本麺麭パン 三七・三一 五・五一 〇・二〇 五五・一六 一・〇九 〇・七三
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「漬物を廃止せよ」とか「麺麭パン食にしてしまえ」という議論も真面目に論ぜられたのだそうであるが、石黒子爵が頑張って今日の皇軍特有の兵食が出来たという緒言にまず興味をひかれた。
兎の耳 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
一日内牛乳と林檎と麺麭パンとチョコレートで暮した。夕食は高梨の家で喰べた。いわしの焼いたのと、つみ入れの汁物と、乾物とで茶漬を喰べた。久し振りでうまかった。食後の葡萄もうまかった。
これはおまつさんと云って、器量きりょうは到底お君さんの敵ではない。まず白麺麭パンと黒麺麭ほどの相違がある。だから一つカッフェに勤めていても、お君さんとお松さんとでは、祝儀の収入が非常に違う。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
朝光あさかげにあかき芙蓉をほめてゐてすがすがし妻と麺麭パンもぎり食ふ
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
おれたちは要求する 一握のめしを! 麺麭パンを!
手をさし延べよう! (新字新仮名) / 陀田勘助(著)
ちぢかめて、麺麭パンの黄を薄い硝子にせかける
麺麭パンに関係した経験は、切実かも知れないが、要するに劣等だよ。麺麭を離れ水を離れた贅沢ぜいたくな経験をしなくっちゃ人間の甲斐かいはない。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
島の中央にタロ芋田が整然と作られ、その周囲を蛸樹たこやレモンや麺麭パン樹やウカルなどの雑木の防風木が取巻いている。
ロオランスの出るジユリヤンの画室アトリエの前にある珈琲店カフエエで皆𤍠い珈琲カフエエ麺麭パンとを取つてやす朝飯あさめしを腰も掛けずにすませた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
また夢のようだけれども、今見れば麺麭パン屋になった、ちょうどその硝子がらす窓のあるあたりへ、幕を絞って——暑くなると夜店の中へ、見世みせものの小屋がかかった。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あいちやんはふべき言葉ことばもなく、いくらかのおちや麺麭パン牛酪バターとをして、福鼠ふくねずみはう振向ふりむき、『何故なぜみん井戸ゐどそこんでゐたの?』とかへしました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「俺が今喰った……その四皿の料理はスープとハムエッグスと黒麺麭パン珈琲コーヒーだったナ……ウイスキー入りの……」
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
何かの主任を勤めて、午飯ひるめしには麺麭パンを三きれと巻煙草を一本かす事にめてゐる男が横つちよから口を出した。
「創作」とか、「葡萄酒」とか。後の言葉は麺麭パンを主の肉にえ葡萄酒を主の血に代えるという宗教上の儀式の言葉から意味だけを借りて来たのであった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「なりたい。」そう、フェミストクリュスは、麺麭パンをむしゃむしゃやりながら、首を左右にゆすぶって答えた。
と云いかけてふと口をつぐんだ。そして一度押しのけた皿をまた手許へひきよせ、麺麭パンを小さく切ってからナイフを閉めて、それから手の甲で口を押拭いながら
生さぬ児 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)