風鈴ふうりん)” の例文
古ぼけた葭戸よしどを立てた縁側のそとには小庭こにわがあるのやらないのやら分らぬほどなやみの中に軒の風鈴ふうりんさびしく鳴り虫がしずかに鳴いている。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すだれの上の風鈴ふうりんが、今しがたまで、ウンスン遊びの連中に濁されていた部屋の空気を払って、涼しいそよ風に入れかえております。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僕はかう云ふ間にも、夏の西日のさしこんだ、狭苦しい店を忘れることは出来ぬ。軒先には硝子がらす風鈴ふうりんが一つ、だらりと短尺をぶら下げてゐる。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
上方かみがたでは昔から夜なきうどんの名があったが、江戸は夜そば売りで、俗に風鈴ふうりんそばとか夜鷹よたかそばとか呼んでいたのである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その声はあまり高くはありませんでしたが、風鈴ふうりんが風にそよぐようにすずしい声で、波のうえをながれてゆきます。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
ゆめからゆめ辿たどりながら、さらゆめ世界せかいをさまよつづけていた菊之丞はまむらやは、ふと、なつ軒端のきばにつりのこされていた風鈴ふうりんおとに、おもけてあたりを見廻みまわした。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
僕は新らしいにおいのする蚊帳かやを座敷いっぱいに釣って、軒に鳴る風鈴ふうりんの音を楽しんで寝た。よいには町へ出て草花のはちかかえながら格子こうしを開ける事もあった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんなとき、私は憂鬱ゆううつな心を抱いて、街上の撒水うちみずが淡い灯を映したよいの街々を、かすかな風鈴ふうりんの音をききながら、よくふらふらと逍遙さまよいあるいたものであった。
郷愁 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
風鈴ふうりん短冊たんざくが先日の風に飛ばされたので、先帝の「星のとぶ影のみ見えて夏の夜も更け行く空はさびしかりけり」の歌を書いて下げた。西行さいぎょうでもみそうな歌だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
夏の日などそこを通ると、垣に目の覚めるようなあかい薔薇ばらが咲いていることもあれば、新しい青簾あおすだれが縁側にかけてあって、風鈴ふうりんが涼しげに鳴っていることもある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
けてのきばに風鈴ふうりんのおとさびしや、明日あす此音このおといかにこひしく、此軒こののきばのこと部屋へやのこと、取分とりわけては甚樣じんさまのこと、父君ちヽぎみのこと母君はヽぎみのこと、平常つねまでならぬ姉妹しまいのこと
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
暫しありて清二郎は湯にとて降りてきたらず、雨はあがりしその翌日あくるひの夕暮、荻江おぎえが家の窓の下に風鈴ふうりんと共にだんまりの小花、文子の口より今朝聞きし座敷の様子いぶかしく
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
風鈴ふうりんや何かと一緒に、上から隣の老爺おやじ禿頭はげあたまのよく見える黒板塀くろいたべいで仕切られた、じめじめした狭い庭、水口を開けると、すぐ向うの家の茶の間の話し声が、手に取るように聞える台所などが
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
家の内は物音一つ聞えずにひっそりしている。窓の吊葱つりしのぶに下げた風鈴ふうりんが折々かすかに鳴るだけである。かような奥深い静寂が前に挙げたような状態で一疋のやんまに具体化されているのである。
表の河沿いの道路に面した格子窓には風鈴ふうりんが吊されて夜風に涼しい音を立てていたように思う。この平凡な団欒だんらんの光景が焼付いたように自分の頭に沁み込んでいるのはどういう訳かと考えてみる。
重兵衛さんの一家 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ガラスのすだれを売る店では、ガラス玉のすれる音や風鈴ふうりんの音が涼しい音を呼び、櫛屋くしやの中では丁稚でっちが居眠っていました。道頓堀川の岸へ下って行く階段の下の青いペンキ塗の建物は共同便所でした。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
風鈴ふうりんがねぼけたやうにちりりん と、そのときれました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
風車かざぐるまに、はたに、風鈴ふうりんなんかですね。」
新しい町 (新字新仮名) / 小川未明(著)
風鈴ふうりんに大きな月のかかりけり
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
古ぼけた葭戸よしどを立てた縁側えんがはそとには小庭こにはがあるのやら無いのやらわからぬほどなやみの中にのき風鈴ふうりんさびしく鳴り虫がしづかに鳴いてゐる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
この門は色としては、古い心持を起す以外に、特別なあやをいっこう具えていなかった。木も瓦も土もほぼ一色ひといろに映る中に、風鈴ふうりんだけが器用に緑を吹いていただけである。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三味線しゃみせん掛けの赤いきれだの、鏡台に向いてもろはだをおしいでいる女たちだの、ちんとした長火鉢だの、女竹めだけのうえの風鈴ふうりんだのを、いつのまにか、好ましい気持になって、のぞいて歩いた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひろ園生そのふめに四季しきいろをたゝかはし、みやびやかなる居間ゐまめに起居きゝよ自由じゆうあり、かぜのきばの風鈴ふうりんつゆのしたゝる釣忍艸つりしのぶ、いづれをかしからぬもきを、なにをくるしんでか
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
草も木も軒の風鈴ふうりんも目に見えぬ魂が入って動くように思われる。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
大家の軒の風鈴ふうりんの鳴る音がかすかに聞こえる。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
軒の風鈴ふうりんをさえ定かには鳴らし得ぬ微風そよかぜ——河に近い下町の人家の屋根を越して唯ゆるく大きく流動している夜気のそよぎは
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あおい御紋の印籠なぞは、夜鷹蕎麦屋には、風鈴ふうりんの代りにもならないやね。願い下げだよ、これは。……だが、見れやあいい若い者のくせに、幼な子を抱いて、この霜夜に、どうしたってえことだ。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
竹格子たけごうしの窓には朝顔の鉢が置いてあったり、風鈴ふうりんの吊されたところもあったほどで、向三軒両鄰むこうさんげんりょうどなり、長屋の人たちはいずれも東京の場末に生れ育って
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
虫籠、絵団扇えうちわ蚊帳かや青簾あおすだれ風鈴ふうりん葭簀よしず、燈籠、盆景ぼんけいのような洒々しゃしゃたる器物や装飾品が何処の国に見られよう。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
宿の妻が虫籠や風鈴ふうりんつるすのもやはり便所の戸口近くである。草双紙の表紙や見返しの意匠なぞには、便所の戸と掛手拭かけてぬぐいと手水鉢とが、如何に多く使用されているか分らない。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
とぎれとぎれの風鈴ふうりんの音——自分はまだ何処へも行こうという心持にはならずにいる。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼が殊更ことさらに、この薄暗い妾宅をなつかしく思うのは、風鈴ふうりん凉しき夏のゆうべよりも、虫のゆる夜長よりも、かえって底冷そこびえのする曇った冬の日の、どうやら雪にでもなりそうな暮方くれがた近く
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
風鈴ふうりんしきりに動いて座敷の岐阜提灯ぎふぢょうちんがつくと、門外の往来おうらいには花やかな軽い下駄げたの音、女の子の笑う声、書生の詩吟やハーモニカが聞こえ、何処どこか遠い処で花火のようなひびきもします。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)