零落おちぶ)” の例文
自分はどうせ捨てる身だけれども、一人で捨てるより道伴みちづれがあってほしい。一人で零落おちぶれるのは二人で零落れるのよりも淋しいもんだ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おっしゃった事がほんとうなら飛立とびたつ程嬉しいが、只今も申す通り、わしは今じゃア零落おちぶれて裏家住うらやずまいして、人力をいやしい身の上
若いし——縹緻きりょうは優れているし——それに世間れていないので、零落おちぶれてもまだ多分に、五百石取の若奥様だった香いがほのかである。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日に日に悲しいことばかり、とうとう人外の夜鷹とまで零落おちぶれましてござりますが、いまだに海賊の名も知らず残念に存じて居りまする
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「私はな、いくら零落おちぶれても、遊び場所などへ出かけて行って、吝々けちけちするのは大嫌いだ。浅井さん、私は大体そういった性分だ。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
人々は気の毒に思った、何事もなし得ないで零落おちぶれて帰ったのを。そして笑った、そして泣いた、そして言葉を尽くして慰めた。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
これが町奉行の大岡越前守とは知る由もない栄三郎、よし零落おちぶれて粗服そふくをまとうとも、面識のない武士には対等に出る。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
政吉 こういっては失礼だが、いくら零落おちぶれてても、門付にまで成らずとも。いやこれは飛んだ出過ぎた云い方。怒らないでください、あやまります。
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
零落おちぶれても気位きぐらいをおとさなかった彼女は、渋沢家では夫人がコレラでなくなって困っているからというので、後の事を引受けることになって連れてゆかれた。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
わたしの一家はその頃零落おちぶれたどん底にゐたらしいが、父も母も、またわたしにはただひとりの同胞きやうだいたる兄も、みな綺麗な事では知合ひの間には評判であつた。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
今日こんにちの人才をほろぼす者は、いはく色、曰く高利貸ぢやらう。この通り零落おちぶれてをる僕が気毒と思ふなら、君の為になやまされてをる人才の多くを一層不敏ふびんと思うて遣れ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その空隙すきをふさぐ幾億兆の群集。——わたしは「ほとけの畠」の、あの目こぼれを啄む、一羽の禽に、どうやらてきてゐる。しかも、零落おちぶれた一羽のからすに。
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
零落おちぶれたる今の身の、袖に涙のかかる時は親族知己さへ見離せしに、お静の慕ひ来りし心頼もしく、さまでに父様を慕へるものの、金之介の為悪しからむやうはなし。
野路の菊 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
誰れあらん小松殿の嫡男として、名門の跡を繼ぐべき御身なるに、天が下に此山ならで身を寄せ給ふ處なきまでに零落おちぶれさせ給ひしは、過世すぐせ如何なる因縁あればにや。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
仏蘭西フランスの小説を読むと零落おちぶれた貴族のいえに生れたものが、僅少わずかの遺産に自分の身だけはどうやらこうやら日常の衣食には事欠かぬ代り、浮世のたのしみ余所よそ人交ひとまじわりもできず
如何にも零落おちぶれた武士にあるような、やさしみと品位とを持った男が一生懸命な心持で、駆け付けて来たありさまが、何とも云えず、美しく勇しく私の胸に映ったのです。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
加賀藩の零落おちぶれた士族の多く住んだ町で、ちょうど彼女の家は前庭のある平屋で、それも古い朽ちはてた屋根石のあいまあいまには、まだ去年の落葉を葺き換えない貧しい家であった。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その所有物もちものは地に蔓延ひろがらず……邪曲よこしまなる者の宗族やから零落おちぶれ、賄賂まいないの家は火にけん
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
「それはそうかも知んねえが、代々、こんなに零落おちぶれたこともあんめえから。」
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
といってラサに住して居るのも面目ないというところからこういう山家に零落おちぶれて、不潔な婦女子などを相手にして居るのだと村人はいいましたが、しかし非常に博学の人でありました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
東京の乞食ならば人の袂にすがって憐みを乞うことも出来ますが、鉱毒のなかった以前を知っており、自分の土地を離れたことのない私共には、零落おちぶれても誰にすがろうすべもないのです。
渡良瀬川 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
「いくら零落おちぶれても、まさか乞食こじき見たいな暮しはしたかありませんよ。」
仮面 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
いくらわたしが零落おちぶれたって、そう見下げなくってもいいじゃないか
熱い涙は思はず知らず流れ落ちて、零落おちぶれた袖を湿ぬらしたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「この節私もあまり景気はよくないがね、まだお神に小遣こづかいをせびるほど零落おちぶれはしないよ。みんなに蜜豆みつまめをおごるくらいの金はあるよ。」
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これはわたくし大事だいじしなでございまして、当時いま零落おちぶれまして、を高くはうといふ人がございますけれども、なか/\手離てばなしませぬで……。
うそだと思うなら、試験して見るがいい。他人ひとを試験するなんて罪な事をしないで、まず吾身わがみで吾身を試験して見るがいい。坑夫にまで零落おちぶれないでも分る事だ。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
零落おちぶれ果てた大男が、この藪原へ参りまして、私の父のもとへなど繁々しげしげ出入りを致しているうち、いつの間にか父を騙着たぶらかし、父に代って私の家のたばねをするようになりました。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かくまでに零落おちぶれてそのなつかしい故郷に帰って来ても、なお大声をあげて自分の帰って来たのを言いふらすことができない、大手を振って自分の生まれた土地を歩くことができない、直ちに兄のうち
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
病犬やみいぬのように蹌々踉々そうそうろうろうとして、わずかの買喰かいぐいにうえをしのぐよりせんすべなく、血を絞る苦しみを忍んで、漸くボストンのカリホルニア座に開演して見たものの、乞食こじきの群れも同様に零落おちぶれた俳優やくしゃたち
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
どう零落おちぶれても、倖せでさえいるならば。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
零落おちぶれては一介の鴉。
希臘十字 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
聞いたところが、今こそ斯様こん零落おちぶれているが、昔は侍の娘だと云って大変こぼしていやした、あんまり気の毒だから、わっちやア別に百文気張って来ました
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
零落おちぶれた家の後添えの腹に三男として産れて、頽廃たいはいした空気のなかに生い立って来た笹村の頭には、家庭とか家族とかいうような観念もおのずから薄かった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
自分は口惜くやしくなった。なぜこんな猿の真似をするように零落おちぶれたのかと思った。倒れそうになる身体からだを、できるだけ前の方にのめらして、梯子にもたれるだけ倚れて考えた。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こうまで下がった商売しようぞ! 先の出世、行く末の安楽、何んでましてやそんなことを思って、私娼じごく夜鷹よたか零落おちぶれよう! ……思っておくれ妾の心を! 好きだからだよ
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
此の重二郎はそれらの為にくまでに零落おちぶれたか、可愛かわいそうにと、娘気むすめぎ可哀かあいそうと云うのも可愛かわいそうと云うので、矢張やはりれたのも同じことでございます。
「ああすっかり零落おちぶれてしまいました。今は京都でお茶の師匠をしているそうですが……」
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
いやみんなそれは約束事でよい人も零落おちぶれる事も有れば、また心掛けの善く無い人でも結構な暮しをして、日々にち/\のことに困らないのは前世の因縁であるから
彼の父親は賭博とばくや女に身上しんしょう入揚いれあげて、その頃から弟の厄介ものであったが、或時身寄を頼って、上州の方へかせぎに行っていたおりにその女に引かかって、それから乞食のように零落おちぶれて
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
なにつてる、当時いま事由ゆゑあつて零落おちぶれておでなさるが、以前もと立派りつぱなおかたで、士族しぞくさんだかなんだかれないんだよ、大事だいじにしておげ、陰徳いんとくになるから。
旦那からすこしばかりの手切をもらって、おかなが知合をたよって、着のみ着のままで千葉の方へ落ちて行くことになった頃には、壮太郎もすっかり零落おちぶれはてていた。月はもう十二月であった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
なにあれは東京の駿河台するがだいあたりの士族で、まだわかえ男だが、お瀧が東京の猿若町で芸者をて居た時分に贔屓に成った人で、今零落おちぶれて此地こっちへ来て居ると云うので
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「ごらんの通りの廃屋あばやらで、……私もすっかり零落おちぶれてしまいましたよ。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
わたくしも元は清水と申して、上州前橋で御用達ごようたしをいたしました者の娘、如何いか零落おちぶ裏店うらだなに入っていましても、人に身を任せて売淫じごく同様な真似をして、お金を取るのは
まア御承知の通りおかみなくなりまして、私も此様こんな処で、お茶を売るまでに零落おちぶれましたが貴方あなたはまア大層お立派におなりなすって、見違いますようで……おや由兵衞さん
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
おれなんぞは是まで苦労をして来たから何んな貧乏に零落おちぶれても困りはしない、又工面が宜く成っても困りはしない、何でも詰らない事をくよ/\思うな、心を広く持ってと
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
多「まア此処こけえかけなよ、子供も掛けな、叔母さん貴方あんたはまア何うして此様こんな零落おちぶれたよ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
誠にこれが芸妓をして私は誠にもう面目ない葭簀張よしずっぱりの茶見世を出して、お茶を売るまでに零落おちぶれました、それから見ればお岩様なぞは此方様こなたさまのお側だから何も御不足はないので
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
町「はい、あなたの御親切はまことにかたじけのうございますが、零落おちぶれ果てたる此の姿、誰方どなたかは存じませぬが、江戸のお侍に会いますのは心苦しゅうございます、何卒どうぞお断り下さいまし」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)