逆上のぼせ)” の例文
一瞬前の逆上のぼせが続いたら、何んなかたちになつて現れたか知れないが兎も角樽野は平穏な己れの姿を再び此処に見出さなかつたらう。
円卓子での話 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「あれが、八の惡い癖だよ。尤も一日に二つも三つも岡惚を拵へる野郎だから、取り逆上のぼせても、心中や夜逃げをする氣遣けえはねえ」
うらめしげに児太郎を見あげると、その真赤な顔は、百万石の主君の寵愛ちょうあいをほしいままにしているだけ、わけても逆上のぼせ気味で美しかった。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
○「うんにゃア、逆上のぼせていやがるなア此奴こいつは余っぽど、そんなに荷厄介するならよ、うっちゃって仕舞やア一番世話なしだぜ、ハヽヽヽヽ」
身分が身分、場所が場所ですから、初めはじっと我慢していたのですが、なにを云うにも年が若いから、斯うなると幾らか逆上のぼせても来ます。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
我れながらひど逆上のぼせて人心のないのにと覚束おぼつかなく、気が狂ひはせぬかと立どまる途端、お力何処へ行くとて肩を打つ人あり。
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あるいはお豆腐と松茸とをお汁にしたり、初茸とお豆腐とのお汁が出来たりするのもそのわけで、人によると松茸によって大層逆上のぼせる人があります。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
「じつは、和泉屋が熱さに逆上のぼせたと見えて、急にひっくりかえってしまったので、あわてて盃洗の水をぶっかけたんですが、それがこの始末……」
顎十郎捕物帳:14 蕃拉布 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
其所に坐つたみのるを見た義男は、その逆上のぼせの殘つた眼の端にこの女が亂れた感情をほのめかしてゐる事に氣が付いた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
仏頂寺は兵馬に向って、この勝負を見ても、歓之助の術に、まだ若いところがあるという暗示を与え、丸山が激賞した逆上のぼせを引下げるつもりらしい。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
千葉から少し山手へ入ったところに逆上のぼせに利く不動滝があり、そこへ詰めて通ったら、きっと頭が軽くなるだろうと親爺はそんなことも言っていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
主君も主君将軍家の城を、焼打ちにしようというのであるから、これが普通の幕臣なら、カッと逆上のぼせるに違いない。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
アルノー夫人は一人で家にいて、ペネローペがあの名高い編み物をしてるときの落ち着きを思わせるような、逆上のぼせ気味の落ち着きで編み物をしていた。
こういう時に見せなければ見せる時は無いと思うかして、芸自慢の人達は我勝にと飛出した。中には、喝采かっさいに夢中に成って、逆上のぼせたような人も有った。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
僕にしてかくのごとき弱点はさらにないという自信がさらにかたければ、もっと大胆に論じたいが、自分でかえりみて折々は逆上のぼせそうになったこともあった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
むかし恋をした女を十年たって考えると、なぜまあ、あれほど逆上のぼせられたものかなあと感心するが、当時はその逆上がもっともで、理の当然で、実に自然で
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただくわつと逆上のぼせて云ふべき臺辭せりふも忘れ、きまるさに俯向うつむいて了つた——その前を六騎のきたない子供らが鼻汁はなを垂らし、黒坊くろんぼのやうなあかつちやけた裸で
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
などに射られて少々逆上のぼせ気味の、長座せばいよ/\のぼせて、木曾殿も都化みやこくわして布衣ほいを誇る身の万一人爵じんしやく崇拝と宗旨変しゆうしかへでもしては大変、最早こゝらが切り上げ時と
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
考えつめてると、かっと逆上のぼせてしまいそうです。いくら夫婦の間だって、こんな恥しい話は出来やしません。それを、あなたは無理に話さしておしまいなさるのです。
人間繁栄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
逆上のぼせ夥多おびただしく鼻血を出すから、手当をして、今ひやしている処だといった。学士がここに来た時には、既にその道をく女に尾行した男というのが明かに分っていた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それには恥しさの籠ることゝも知らないゆえ、じゃアお逆上のぼせなさるのと椽の障子を一枚明ければどんよりと空睡たげな朧月、河浪のもやむせぶ間から、両国橋を行く提灯ちょうちん
油地獄 (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
源氏の上着などをそっと持って来た女房もおそろしがっていた。宮は未来と現在を御悲観あそばしたあまりに逆上のぼせをお覚えになって、翌朝になってもおからだは平常のようでなかった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「炬燵なんか、逆上のぼせるから大っ嫌い。……私はまだ年寄りじゃありませんからね」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
気違いのように逆上のぼせあがって、ほとんど夢中でその女と結婚して、それから一年ほどのあいだは無茶苦茶に嬉しく楽しく暮らしていたのですが、女は心臓病で突然に死んでしまいました。
そしていくら長く仕事を続けましても決して肩が凝るナンテ事はありませんから、按摩あんまは全く私には無用の長物です。逆上のぼせも知らず、頭痛も滅多にしません。また、夏でも昼寝をしません。
その年の四月には咽喉のどれ、七月初旬には日々卅九度の熱となった。山竜堂さんりゅうどう樫村かしむら博士も、青山博士も医療は無効だと断言した。十一月の三日ごろから逆上のぼせのために耳が遠くなってしまった。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
昨日きのふきみ逆上のぼせられたのちわたしはハヾトフとながいこと、きみのことを相談さうだんしましたがね、いやきみ此度こんど本氣ほんきになつて、病氣びやうき療治れうぢたまはんとかんです。わたし友人いうじんとしてなに打明うちあけます。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
カッと取り逆上のぼせたお里は大利根へ身を投げて死んでしまう。
逆上のぼせあがッてめ付けても、此方こなたは一向平気なもので
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「妹のお駒なのだが、どうも逆上のぼせ気味で困ります」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
逆上のぼせの薬が足りないッてことよ。』
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
世間共通ならし逆上のぼせから
殺さぬと云張いひはるかハテ知たことよ身に覺えのなきことは何處迄どこまでも此の段右衞門は覺えなしサといふにお文は夫なら是程たしか證據しようこが有てもしらぬと云か段右衞門アヽ騷々さう/″\しい女ごときが口で云ふ事は證據しようこに成者かおのれは取逆上のぼせ亂心らんしんして居るなたゞしねつ上言うはごと未練みれんいつはりを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
五千両の紛失と、隠居の葬式の行悩みで、家中の者が逆上のぼせている間に、誰かの手が、この少年を後ろから一と突きにやったのでしょう。
いけないと云っても中々かないで逆上のぼせ切ってるのサ、芸者を引きたければはなやかにして箱屋には総羽織そうばおりを出し、赤飯をふかしてやる
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お寺の山で二人立ばなしをしてゐたといふ確かな証人もござります、女も逆上のぼせてゐた男の事なれば義理にせまつて遣つたので御座ろといふもあり
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
新緑の反射は人の頭脳あたま内部なかまでも入って来た。明るい光と、悲哀かなしみとで、お雪はすこし逆上のぼせるような眼付をした。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、それはこういうやからの腐れ合いで、いくら逆上のぼせてもおたがいに目先の見えないところまでは行かない。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ちょうど正月興行が蓋をあけたというのに逆上のぼせるほど見たい芝居もがまんして、うちにちぢこまっている。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あれは牛乳から取ったくの精分で大層消化を助けるそうですが、しかし沢山食べ過ぎると逆上のぼせます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
そこでつぼめて、逆上のぼせるばかりの日射ひざしけつつ、袖屏風そでびょうぶするごとく、あやしいと見た羽目の方へ、袱紗ふくさづつみを頬にかざして、しずかに通る褄はずれ、末濃すそごに藤の咲くかと見えつつ。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「もう大丈夫、背中はあらわない。あまり這入ってると逆上のぼせるから、時々こう立つのさ」
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
終りに述べる僕の実験談は普通に言う逆上のぼせるのとは違うけれども、その性質においては同じであるし、かつ僕に取っては逆上の訓戒くんかいとしてしばしば記憶にのぼる経験であるから
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
逆上のぼせてゐやアがる、兎に角、斯う急ぢや、どうすることも出来ないんだ、あゝ、何といふ落つきのないことだらう、僕の村のローカル・カラー? いや、失敬、ぢや、さよならア!
鏡地獄 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
みのるは逆上のぼせきつた顏をして、夜おそくまで引き留められてゐた。さうして又大學生に連れられてこの家を出た。歸る時一所に出て來た有野文學士と、みのるは暗い路次の外れで挨拶して別れた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
昨日きのうきみ逆上のぼせられたのちわたしはハバトフとながいこと、きみのことを相談そうだんしましたがね、いやきみもこんどは本気ほんきになって、病気びょうき療治りょうじたまわんといかんです。わたし友人ゆうじんとしてなに打明うちあけます。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
おしゅんは伝兵衛おさんは茂兵衛小春は俊雄と相場がまれば望みのごとく浮名は広まりうだけが命の四畳半に差向いの置炬燵おきごたつトント逆上のぼせまするとからかわれてそのころはうれしくたまたまかけちがえば互いの名を
かくれんぼ (新字新仮名) / 斎藤緑雨(著)
五千兩の紛失と、隱居の葬式の行惱みで、家中うちぢうの者が逆上のぼせて居る間に、誰かの手が、この少年を後ろから一突にやつたのでせう。
外「これ/\何だ、何を馬鹿を申す、少々逆上のぼせる様子、只今御酒を戴きましたので、惣衞かれ成代なりかわってお詫をいたします、富彌儀ひど逆上ぎゃくじょうをしてる様子で」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
道益はふるえのでるほど仰天し、箱根の木賀の湯は金創きんそうにも逆上のぼせにも利くというので、供をつけて湯治にやったところ、五日ばかりして、夜遅く一人で帰ってきた。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)