いつわ)” の例文
私はもう一度かの僧を呼び止めて、元禄武士に対する彼のいつわらざる意見を問いただして見ようかと思ったが、彼の迷惑を察してやめた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
びず怒らずいつわらず、しかも鷹揚おうように食品定価の差等について説明する、一方ではあっさりとタオルの手落ちを謝しているようであった。
三斜晶系 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「罪ありと我をいるか。何をあかしに、何の罪を数えんとはする。いつわりは天も照覧あれ」とほそき手を抜け出でよと空高く挙げる。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつわりとは思いも寄らねば、その心に任せけるに、さても世には卑怯ひきょうの男もあるものかな、彼はそのまま奔竄ほんざんして、つい行衛ゆくえくらましたり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
われわれ両名は、いつわって、これから子龍の陣へ行き、彼をなだめておりますから、太守には夜陰を待って、急に襲撃して下さい。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幕府の役人が外人をいつわって、将軍は大君で皇帝権を有するものだと信ぜしめたとする英国公使パアクスのような人も出て来た。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
神の愛は平等である。しかるにこれを自己にのみ厚しとするは、これ神をいつわり、神をけがし、神をみすものに非ずして何ぞや。
永久平和の先決問題 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
人民はこれ狼が説法して羊を欺き、猫が弾定に入るといつわって鶏をぬすまんとするに等しと嘲弄し、何の傾聴することかあらん。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
喜び喜べ、わがために人汝らをののしり、また責め、いつわりて各様の悪しきことを言うときには汝らは幸福だ。天国にて汝らの報いは大きいのだ。
いつわりを云うな、そのほうがいくら詐っても、その衣服と扇子が確な証拠だ、それでも家内がくれたと云うなら、家内を伴れてくる、どこにおる」
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
晩香は己れをいつわらず、極めて恭順な態度であったから、私の近親もよくその人となりを諒解し、一年の間には相親しむ様になり、私も大に安心した。
そこでタケフルクマの命は謀つて、皇后樣は既にお隱れになりましたからもはや戰うべきことはないと言わしめて、弓の弦を絶つていつわつて降服しました。
そして、こういう作家の態度は、当時の気流によって、その作家たちの正直さ、人間らしさ、いつわりなさの発露という風にうけとられ、評価されたのである。
今日の文学の展望 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そうして、キリスト教と邪教とをひとしく心に刻するのは正しい議論である、なぜなれば、キリスト教をいつわりよそおったユダは悪漢わるものであったと彼は論じた。
懶惰らんだによりて罰せらるるにあらず、いさめて叱らるることもあり、諫めずして叱らるることもあり、言うも善し言わざるも善し、いつわるも悪し詐らざるも悪し
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
杢「いつわりではありません、藤野屋杢左衞門は帯刀御免でありますが、此の通り手をついてお願い申します」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
わたしはあなたをいつわっておりました。わたしはこれから他の男に嫁入ります。あなたはわたしを忘れてくださいまし。わたしはあなたの所に行ける女ではないのです。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
千人をりていつわりてくだらしめ、燕王を迎えて城に入らしめ、かねて壮士を城上に伏せて、王の入るをうかがいて大鉄板をおとしてこれを撃ち、又別にふくを設けて橋を断たしめんとす。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
むかし洋人はじめて印度インドに航する者あり。王にいいて曰く、臣が国、冬日とうじつあり、水凍結とうけつしてしょうのごとく、鏡のごとく、堅きこと石のごとしと。王おのれいつわるとなしてこれを殺せり。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
わがために人汝らをののしり、まため、いつわりて各様の悪しきことを言うときは汝ら幸福なり。
その日の朝から月のものが来たといつわってあなたに告げてもらい、それからとこの上で私はあなたの眼を観察しようと思いましたけれども、用心深いあなたは、眼鏡を御取りにならず
秘密の相似 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
瀧口が顏は少しく青ざめて、思ひ定めし眼の色たゞならず。父はしばことばなくうつむける我子の顏を凝視みつめ居しが、『時頼、そは正氣しやうきの言葉か』。『小子それがしが一生の願ひ、しんもついつわりならず』
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それは、必然にかこつけや嘘やいつわりを其の中に含み、それが又教師の上に其の影響を及ぼす。此の点でも又其の他の点でも、ボルシエヴイキの最善の努力を無駄な石胎にしてしまつた。
子供の保護 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
だしたのだからネ。僕としても、もし今夜君にめぐり逢わなかったとしたら、君は火葬場で焼かれて骨になっていることとばかり思っているだろうよ。君は何故なぜ、死んだといつわったんだい
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
欧洲人が未開人に対し、火薬といつわってねぎの種を高価に交換したという話もある。
「ケット」と「マット」 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
子、やまいはなはだし。子路(葬るに大夫の礼を備えんと欲し)門人を臣たらしむ。病ひまあるとき、曰く、久しいかな、由のいつわりを行なえる。臣なきに臣有るまねしてわれ誰をか欺かん。天を欺かんか。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
が、到底いつわり難きは、各自に備わる人品であり風韻ふういんである。果実を手がかりとして、樹草の種類を判断せよとは、イエス自身の教うる所である。とげのある葡萄ぶどうや、無花果いちじくはどこにもない。
そうしていま宿へ帰って、君へいつわらぬ報告をしたためているところなのです。
みみずく通信 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いずくんぞそのいつわりにあらざるを知らんや。むしろ智高を失うとも、敢て朝廷をいて功をむさぼらじ』これは道徳的に立派なばかりではない。真理に対する態度としても、望ましいことばでしょう。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
丁度四月五日のことで、私は水天宮の縁日へ行くといつわって家を跳び出し、暗くなった時分に表門から西洋館の玄関へ忍び込み、光子が鍵を盗んで仙吉と一緒にやって来るのを待ち合わせる。
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たとえそれがどんなうそでもいつわりでも、それでもやはり人間のうそや詐りの「組織」を研究するものの研究資料としての標本になりうる。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
周魴は呉でも智ある良将だからいつわりの内通ではないかとも思われる。しかしまたこれが真実だったら、この時節もまた捨て難い。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先刻さっきからの様子を見ると、彼はあくまでも無邪気である。彼は極めて明白に、正直に、自己おのれいつわりなき恋を語っているのである。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼は私の知らないうちに、養家先ようかさきへ手紙を出して、こっちから自分のいつわりを白状してしまったのです。彼は最初からその覚悟でいたのだそうです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
王かの夜喚ぶ者は何物ぞと問うに、募人いつわってあれは化物でござったと申す。それより理髪師を招き身じまいをした。
そして、いつわりに耽つた。詐りの感傷に溺れるあまり、無役な熱狂へまで、些少な建設へまで駆り立てられる懶うさを怖れ、詐りに詐りをかけて草臥くたびれ果てた。
Pierre Philosophale (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
ここに相摸の國においで遊ばされた時に、その國の造がいつわつて言いますには、「この野の中に大きな沼があります。その沼の中に住んでいる神はひどく亂暴な神です」
わが全国の人民数千百年専制の政治にくるしめられ、人々その心に思うところを発露することあたわず、欺きて安全をぬすみ、いつわりて罪をのがれ、欺詐ぎさ術策は人生必需の具となり
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
さては今まであの女を正直に信じていた自分はまんまといつわられていたのだったか。倉地の妻に対しても義理が立たないから、今夜以後葉子とも倉地の妻とも関係をつ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そこがそれ情慾に迷って、思う儘欲しいまゝに貪り、憎いの可愛かあいいの、ねたみだのそねみだの、いつわひがみなどとあだならぬ人を仇にして、末には我から我身を捨てるような事になり
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私が四十代にでもなったらどうかは知らないけれども、今の斯う云う気持はいつわられない。
ひととき (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
御当家木沢左京様、又丹下備前守様御弟御さまほどの方々に対して、臙脂屋虚言うそいつわりは申しませぬ。物の取引に申出を後へ退くようなことは、商人あきゅうどの決してぬことでござりまする。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
七に曰く、偸盗とうとうするなかれ。およそ人の財物をやぶり不公平のことをつつしむ。八に曰く、妄証ぼうしょうするなかれ。およそ人の声名をそしり、ならびに人をいつわるなどを禁ず。九に曰く、他人の妻を願うなかれ。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
許宣はそこで白娘子と近づきになったことから、結婚の約束をするようになったいきさつをくわしく話した。その許宣のことばにはいつわりがないようであるから、韓大尹は捕卒をやって白娘子を捉えさした。
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これ実にいつわらざる社会状態であった。
俗法師考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
以てすれば、われはかんを以てし、彼が暴を行えば、我は仁を行い、彼がいつわりをなせば、我は誠を以てして来た。それを自ら破るのがつらい
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伴天連の教えがいつわりか。ええ、聞えないでくれ、聞えないでくれ。ええ、もうどうしたら好いか。(像を置いて、両手で耳をおさえながら俯伏うつぶす。)
人狼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その婿趙文挙ひどく寡婦を好み、自分の妻を妹といつわり、き入れて同宿せしめ中夜にこれに就くに翀大いに呼んで従わず。趙無理やりその衣を剥げば男子なり。
「どうもうまくかけないものだね。人のを見ると何でもないようだがみずから筆をとって見ると今更いまさらのようにむずかしく感ずる」これは主人の述懐じゅっかいである。なるほどいつわりのない処だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いつわり飾りは申したのではござりませぬ、御覧の如くの野人にござりまする。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)