たず)” の例文
走行中に不意に背後から、今何キロか、とたずねても容易に答えられない。しばらくは線路の砂利の色や、遠景の動くさまに見入ってしまう。
しかし私も気にかかるので先代からの古い番頭にたずねて見たり父に問うたりして見たが、皆はっきりしたことは知らないらしかった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
これも後でたずね合せて見ると、母親の術であるらしく、ほんのちょっとした口叱言くちこごとを種に、子供の同情をかんための手段であった。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なになりとたずねてもらいます。研究けんきゅうめとあれば、わしほうでもそのつもりで、差支さしつかえなきかぎなにけてはなすことにしましょう。
わたしがかつて恋をしたことがあるかとおたずねになるのですか。あります。わたしの話はよほど変わっていて、しかも怖ろしい話です。
妻はもっといろんなことをたずねたいような顔つきで、留守にした家のこまごました事柄が絶えず眼さきにちらついているようであった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
「あのう、こんなことをおたずねしては、失礼かもしれませんが、もしや貴方は、……あの繁二郎さんとおっしゃるのではございませんか」
夕靄の中 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「はあ、そうですか。今私がおたずねしたのは生活のことについてでしたが、リーマン博士に一刻も早く逢う件も交渉して置きましょう」
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「よろしい、承知なされたそうな。……念のため貴殿におたずねいたすが、貴殿、源女の歌う不思議な歌を、耳にしたことござるかな?」
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
H21がマドリッドへ着いてまもなく、クルウプ博士という土地在住のドイツ密偵支部代表者がたずねて来て、こんな話をしてゆく。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
その時、わたしが、何をしているんですかとたずねると、半風子しらみ角力すもうをとらせているんだと答えた汚い坊さんがあったじゃありませんか
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仔細しさいたずねている余裕はない。ともかく助け出さなければならぬ。四人の書生が手分けをして、一郎救い出しの作業がはじまった。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
と梶はそのときまた医者にたずね返したのも、彼のそう云う表情には、歓喜の情ともいうべき思わずひらめく美しいものが発したからだった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかし石鹸の残っている気持悪さを思うとたまらない気になった。たずねて見ると釜を壊したのだという。そして濡れたタオルを繰り返した。
泥濘 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
食事中に、お婆さんが一人でいろんなことをたずね、いろんなことを話した。その話で、三人はおおよそ家の様子も想像がついた。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
それがまたなぜだとたずねて見ると、わたしはあの女を好いていない、遊芸を習わせるのもそのためだなぞと、妙な理窟をいい出すのです。
一夕話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あわてて、酔払って、二三の友人から追いたてられるようにして送られてきた彼には、それをたずねている余裕もなかったのだ。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
「お梅さんどうかしたのですか」と驚惶あわただしくたずねた。梅子はなおかしらを垂れたまま運ばす針を凝視みつめて黙っている。この時次の
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
子路は別にそんな問題に興味は無かったが、死そのものよりも師の死生観を知りたい気がちょっとしたので、ある時死についてたずねてみた。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
すみの方へ入って、ボール紙を切刻んだり、穴を明けたり、絵具をさしたりして、夢中になっている彼の傍へ来て、お島は可笑おかしそうにたずねた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は、その方の事は、何もおたずねいたしませんでした。勿論もちろん、そうした事は失礼と、存じていたからでございます。しかし
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
いい気になっていた彦太郎は愕然がくぜんとして、どうしてな、あんた、どうして、組合には反対か、あんた、と意気ごんでたずねた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
それがいつたずねても同じことなので、三度に一度は私ということを知ってわざときらってそういわしているのかも知れないと疑ってみたりした。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
私たちがたずねたいこころは、お三輪もよく知っている。くらがり坂以来、気になるそれが、じじともばばとも判別みわけが着かんじゃないか。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
美奈子が、黙ったまゝ、露台バルコニーの欄干に、長く長くっているときなど、母は心配そうに、やさしくたずねた。が、そんなとき
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「みよーさん、(娘の名)貴嬢あなたは、まあ如何どうして、こんな所へ来なすっただ」とたずぬると、娘はその蒼白あおじろい顔をもたげて、苦しそうな息の下から
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
私はしかし、この行李について何もたずねなかった。それには少しも気づかぬような風を装っていつものように働いていた。
壱岐の島では一人の旅人が、夜通しがやがやと宿の前を海に下って行く足音を聴いた。夜明けてたずねるとそれは山童の山から出てくる晩であった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
これこれの客を見なかったかとたずねる眼目には、この小娘の手答えが甚だ浅く、いつか知ら役者へ話を引戻してしまう。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女は私が三文文士であることを知っているので、男に可愛かわいく見えるにはどうすればよいかということを細々こまごまたずねた。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
氏はそのことをたずねてみようとためらいながら、ついそのままに老人にしたがって、町の名も知らぬ一軒の湯屋へ、遅いそののれんをくぐって入った。
地図にない街 (新字新仮名) / 橋本五郎(著)
ヴィール氏は姉が臨終の間ぎわに何か遺言することはないかとたずねると、ヴィール夫人は無いと言ったそうである。
平次は佐吉に逢って、二言三言、爺やにたずねたような事を繰り返して、ガラッ八と二人遠州屋の裏口から出ました。
梅雨つゆのまだ明け切らない曇った宵である。こんな晩に先生はどこへ行かれたかとたずねると、奥さんは小声で答えた。
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
健三は鳥の子紙に刷った吉田虎吉よしだとらきちという見覚みおぼえのある名刺を受取って、しばらくそれを眺めていた。細君は小さな声で「御会いになりますか」とたずねた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「電話位掛けるはずだが……」浅田は給仕をよんでたずねたが、自宅うちから何にもいって来ないというので、念の為に電話をかけて見ると、妻は不在であった。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
お安がもうすこし気持の広い女だったら、あの夜のことを仔細しさいに語って、そういう女の心はいったいどうしたものなのかと、たずねることもできるだろう。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
佐内坂を登りおわると、人通りが少くなった。時雄はふと振返って、「それでどうしたの?」と突如としてたずねた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「おやッ」といぶかしく、運んでくれた助手にたずねてみようと、表に出てみると、もう自動車は、白いけむりが、かすかなほどはるかの角を曲るところでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
巴里パリーはどこの都ですか」とおたずねになった。すると「佛蘭西フランスの都であります」と光子がうれしそうに答えた。
先生の顔 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
「……うん」龍介は髪結賃はいくらだ、とたずねようと思った。それぐらいなら出してやってもいい気がした。
雪の夜 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
絹袴が無い時には、絹袴の出物は無いかと彼にたずねてみたく思った。瓦斯織の単衣ひとえがほしい時には、瓦斯織の単衣の出物は無いかと彼に訊ねてみたく思った。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
径から谷にむかって、低くれている、狭い、急な段々畑には、背に籠を負い、脚にまっ赤な脚絆をつけた蕃人の娘がたたずんでいて、たずねかけてくることもある。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
「ほどく?」と私はたずねた。が、女は目で微笑するとゆっくりと首を振った。そして頭を蒲団の同じ位置に戻し、またよく光る黒い石の目になって私を眺めた。
愛のごとく (新字新仮名) / 山川方夫(著)
僕は眼を視張ってたずねた。なんとも名状しがたい爽快なあらしが僕の胸のうちには更に新しく火の手を挙げた。
吊籠と月光と (新字新仮名) / 牧野信一(著)
この暑いのにご出頭を願ったのは申すまでもなく、奥田おくださんの事件について、あなたが生前故人を診察なさった関係上、二、三おたずねしたいことがあるからです。
愚人の毒 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「何さ話してるだかね」とたずねた。「——今日はわっしあ偉えものに乗ったで。あの街のでっかい店な、一階で乗ったら、うふふ、すーと飛び上るでねえか……」
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
あの坊さんの梟がいつもの高い処からやさしくたずねました。穂吉は何かおうとしたようでしたが、ただ眼がパチパチしたばかり、お母さんが代って答えました。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
口小言くちこごとをいいながら、みずか格子戸こうしどのところまでってった松江しょうこうは、わざと声音こわねえて、ひくたずねた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「どうしたんですの」と妾はたずねてみました。「今日は貴方あなたの顔はまるで墓穴から抜け出してきた人のようにまっさおよ、すっかりびて、つやがなくなってるわ」
華やかな罪過 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)